生駒山系に連なる金剛・葛城山系の主峰『金剛山』から始めた山登り。その時々で気になる山へ、気の向くままに・・・

『山は真剣勝負』 山田哲哉著 東京新聞出版局 

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購入前に批評を見ていると、辛口ぎみということもあって正直、あまり期待はしていなかった。
そんなわけでamazonにて中古で購入。
実際読んでみると、かなり共感できる部分があった。
たとえば・・・

「物見遊山から「一歩上」をめざして」
の頁では、自分を絶えず一歩上に成長させたければ
哲学で言う「弁証法」的な発想を身につけてほしいという部分。
「世界のすべての事物、現象は密接に結びついて関連しあい、相互に作用している」
という考え方。
これは経験がある。
自分には何の関係も無いとその時に思っていたことが、あとでそれが役に立ったり
あの時に経験してなかったら今回のこれは成し得無かったなどどこかで関係していたという体験。
つまり、一つのことから十を知ったり感じ取ったり予想して備えたりするということ。

また、
「何もないツマラナイ山だった」とか「簡単すぎるルートで退屈だった」など
慣れた金剛山でもついつい思いがちな事。
そういう考え方は不幸だというのだ。
「ツマラナイ山」も「簡単なルート」も存在しない。
すべての山もルートもその時々の主張が必ずあるはずで、
そのメッセージに敏感であることが山を楽しめる人だという。
なるほど。

その他に、
「歩く力」無しにどんな技術も役に立たない
の頁では、現代人の、特に若い人の歩行能力の低下の話。
ちょっとした距離に行くのにもクルマで、というご時世。
現代人にとって「歩く」というのが日常の行為ではなく、
野球やテニスなどと同様の、わざわざ気合をいれて行わなければならないスポーツ
になってしまっていると思えるほど日常、歩くことを避ける傾向にあるという。
登山教室に来てクライミング技術や登山技術を学ぼうと言う人が
まず基本となる歩く体力すらロクに無いという。

さらに、単独行の話。
単独行の魅力の反面、仲間がいればちょっとしたアクシデントで済む話が、
簡単に「遭難」になってしまう事に対する備えなど。

と、ここまででまだまだ前段である。
自分のような近場の低山ばかり登っている登山者には関係なさそうな
本格的な山での登山技術等々の事も書かれているが、
なるほどなぁと参考になることは間違いない。
なかなか価値ある一冊だと思う。

その魅力ある目次は以下より。
 
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<目 次>

第一章・・・そもそも登山って.

わが登山事始め よりよい登山を求め鍛え、学び、自ら解答を探す人に
 -手痛い雪山体験、強烈な山ヤとの出会い
 -物見遊山から「一歩上」をめざして

そもそも登山って・・・歩けなくっちゃ、話にならないんだよ!
 -「カモシカ山行」の死滅が意味するもの
 -「歩く力」なしにどんな技術も役に立たない

登山靴と頂上 どのような形態の登山でも いつも高みの一点を見据えたい
 -重野太肚二さんが言いたかったこと
 -たった一足の時代は終わったが..

時代は変われど基本はひとつ 無視できない「山の常識」が崩れ始めている
 -安易なマスコミ風「常識」で遭難を切ろうとする人たち
 -だれかがガツンと言わないとマズイ!

沢登り 登山道から一歩踏み出す 冒険の世界へ
 -太古の姿をとどめる大常木谷の奇跡
 -「イケナイ一歩」の先に待っているもの

ハンテングリが教えてくれたもの ”まだまだ行ける!”失望のあとの熱い想い
 -異国の地で知るさまざまな不条理
 -「もう一度やる」ために乗り越えるべきこと

本チャンに行こうよ!それは登山の奥義、総合力が試される挑戦だ
 -大きな山の困難な課題を楽しむ
 -登る技術だけでは対応できない世界


第二章・・・より豊かな登山のために

富士山雪上訓練は何のため? この厳しいフィールドで”自分はまだまだ半人前”を知る
 -もっとも力を入れるべきは雪上歩行技術
 -どのような雪上訓練にするかその取り組み方が大事

ビーコン・GPS・携帯電話 ハイテク用具とどう付き合うべきなのか?
 -ビーコンは持つべきだが保険ではない
 -自然と戦うのは道具ではなく人間

天候に敏感になろう 安全のためだけでなく山の豊かさと向き合うためにも
 -登山のための気象判断を
 -気象衛星の時代に会えて「天気図」を

登山文化としての食事 山のメシを軽視するのは「ヤバイ登山者」だ
 -食事とは何か ネパールであらためて考えた
 -こんなチマチマ飯が楽しいのだろうか

シェルターとして雪山の楽しみとして 雪洞という選択肢をもっているあなたは強い
 -雪洞を掘ると雪のことがよくわかる
 -雪洞掘りと雪洞暮らしを楽しもう

お金さえ出せば手に入るけど.. 溢れる山道具との賢い付き合い方
 -コンロ、雨具・・・「登山用具四大革命」の話
 -自分の次の一歩を踏み出すための道具として

高峰への夢に襲いかかる病魔 高山病対策の未熟な失敗から高所登山を考える
 -兆候を見逃してあわや「殺人事件」に
 -究極の一点へ そこに待ち構える関門


第三章・・・山仲間のいる風景

新入会員の季節 徒労のような努力のなかに山岳会の明日がある
 -目的に向かって突っ走る若者たち
 -仲間を育ててこそ長い登山人生が輝く

山で仲間が死ぬということ(1) ぼくの人生と登山を変えたある遭難
 -登山は本質的に遭難死をともなう
 -死んだ仲間を忘れない それが生きている者の努め

山で仲間が死ぬということ(2) 仲間が、山岳会が絶えず問いつづけ答えを出すべき課題
 -捜索打ち切りから正念場が始まる
 -遭難が起きたとき 会の力が試される

なんだか「パーティー」が危うい 仲間の温もり、いまいずこ
 -なんとなく背中が寒々 最近のテント生活事情
 -自覚と責任感のない不思議なパーティーが目立つ

やっぱりツアー登山は嫌いだ!ガイドは添乗員ではなく「パーティー」をつかさどる者
 -ツアー添乗員のこのテイタラク
 -心もとないガイドの「品質保証」


第四章・・・「頂上」に待っているもの

登山者に取って山小屋とは 小屋のおやじよ もっと山を語ってほしい
 -心にしみた十文峠小屋の一夜
 -「こんなに不便!」それを楽しむのも山小屋

頑張っている女性たちに喝采 山に行く環境をつくるのは切実な闘いだ
 -年に何回もない いとおしい時間
 -しっかり登りつづけている女性たち

奥多摩の山々の変化から この急激な破壊を座視していていいのだろうか
 -目を覆いたくなるような「開発」の現実
 -山里をめぐる人々の暮らしもまた

森の復活と衰退 奥秩父の和名倉山から山の行く末を考える
 -「風の谷のナウシカ」と重なるこの山の盛衰
 -鹿が食い尽くし壊れていく森

もっと上をめざせば見えてくるもの いま、あえて言う「頂上のある登山」の復権を!
 -登山の完成の場所としての頂上
 -憧れに向かって冒険としての力強い登山を

いつ、いかなるときも山は美しい



Check [ 2010/09/23 18:10 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(5)
神戸垂水からこんばんは。
『れんげ大祭』でお会いした者です。お久しぶりです。
あの日、キバラー様に教えていただいた観音峰へ先日行ってきました。お陰さまで実に気持ちのいい山登りができました。ありがとうございました。
金剛山初心者の小生ですが、これからババ谷ルートを少しずつ探っていきたいと思っています。
また、素敵な情報を提供してくださるのを楽しみにしております。
[ 2010/09/23 21:18 ] [ 編集 ]
お久しぶりです。
7月7日以来ですね。
お顔はまだはっきりと覚えております。
ご丁寧にありがとうございます。
観音峰では好天に恵まれたのでしょうか。
大峰山系では数少ない展望のある所なので
私は気に入っています。
六甲山や金剛山とは違った雰囲気を満喫されたようで
なによりです。
なかなか遠くから金剛山に来られるのは大変だと思いますが
楽しんでください。
私でよければお供させていただきますので。
六甲山もまた教えてください。
[ 2010/09/23 22:14 ] [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[ 2010/09/23 23:20 ] [ 編集 ]
上にコメントいただいた方へ。
メールアドレスの記述がありませんでした。
よろしくお願い致します。
[ 2010/09/24 20:01 ] [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[ 2010/09/24 21:21 ] [ 編集 ]
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プロフィール
こんちくわ。
キバラー
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ほぼ毎週金剛山をメインで
登っています。
飽きっぽいのか色々やってきて
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その間、
テニスやスキーにハマった数年間。
キャンプは今でも細々と。
今は山に全力で年中夢中
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