生駒山系に連なる金剛・葛城山系の主峰『金剛山』から始めた山登り。その時々で気になる山へ、気の向くままに・・・

盆休みと大峰修行 

なぜか普段は登山をまったくしないのに、
盆休みになると大峯登山をするという人を何人か知っている。
弟なんかもそうだ。
大峰山系のどこを登るのかというと女人禁制の「山上ヶ岳」だ。
登っている本人にすれば「山上ヶ岳」という意識は無いのだろう。
ただ単純に「大峯山に登ってくる」という感じだ。
そのため、これまで自分も大峰山系のあちこちに登山するまでは
「大峯山」って言う山はいったいどこから登れるのか?
なんてトンチンカンな事を言っていたことになる。
「大峯山」なんていう山はどこにも存在しない。
「金剛山」も実は存在しなくて、あれは「葛木岳」なのだ。
地図でもそうなっている。
通称というわけか!?
今年になって足しげく通うようになって、
遠い存在のように思えた大峰山系が金剛山のように親しくなってきた。
しかし、決して金剛山のように甘くはない。
そんなわけでお盆に大峰修行、いかがでしょうか。
って、もう盆休みも終わりですね。


岩場の荒行、霊力体感 大峰山・入峰修行ルポ 古来の山岳信仰脈々と
2010/08/07 産経新聞 大阪朝刊 23ページより引用

 修験道の根本霊場、奈良県天川村の大峰山(山上ケ岳、1719メートル)。
修験道は古来の山岳信仰を源に、平安時代以降に役(えんの)行者(7~8世紀)を開祖として発展した。
平城遷都1300年で脚光を浴びる平城京のきらびやかさを離れ、いまなお女人禁制を守り、
荒行で心身を清める“究極のパワースポット”を体感しようと奈良密教青年会の入峰(にゅうぶ)修行に同行した。
 「ブオッー」。先達の行者が吹く法螺(ほら)貝の音が山林に響き渡る。
先月30日早朝、真言宗寺院の僧侶ら参加者全員が出発を前に遙拝(ようはい)所で読経した。
女人結界門を過ぎると、山林は真っ白な霧に包まれていた。
 過去に遭難者が出たという場所で手を合わせて「お勤め」。
吉野町の妙法寺住職で行者の大塚知明さん(42)がこう語った。
 「山で迷ったときは沢に下るのではなく稜線(りょうせん)に出ること。
人生も迷いやすい下ではなく、見えやすい上を目指しなさい」
 入峰は人生そのもの。
ひたすら急な坂道や階段を上り、稜線の茶屋に到着した。
「この先こそが行場。気を引き締めるように」と先達が注意した。
                   ◇
 険しい岩場を行く。やがて目の前に「鐘掛岩(かねかけいわ)」と呼ばれる巨岩が現れた。
「足跡をたどりなさい」と先達。お勤めの経が雲の中にそそり立つ岩肌に響いた。
 「もうちょっと左」「どこ?」「右に足を掛けた弾みではい上がれ!」。
先達が足場を教えてくれ、何とか頂に登った。さらに難関の「西の覗(のぞき)」。
初めて行を勤める「新客」が綱を掛けて岩場から空中へとつり下げられ、
恐怖感の中で誓いをたてる。「仕事ちゃんとするか?」「する」
                   ◇
 大峰山は役行者が修験道の神・蔵王権現を感得し、大峯山寺が開かれた。
蔵王権現が現出したという伝説の岩は今も残り高山の荒々しいパワーを秘めている。
そんな霊力に魅せられてか平安時代には藤原道長ら貴族も入山したとされる。
 修験道は山岳信仰を源とし、仏教の影響も受け成立。
行者の法螺貝は東大寺二月堂の「お水取り」でも使われ、薬師寺僧侶らも毎年大峰山に入峰している。
 山中には役行者を祭る祠(ほこら)や入峰を重ねた人らが奉納した供養塔が多く並ぶ。
それらを見ていると、霊峰に生まれた敬虔(けいけん)な祈りの連綿たる歴史の重みを感じた。

Check [ 2010/08/14 18:54 ] その他 | TB(0) |   コメント(0)
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ほぼ毎週金剛山をメインで
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飽きっぽいのか色々やってきて
自転車→オフロードバイク→
大型バイク→登山へと変化し、
その間、
テニスやスキーにハマった数年間。
キャンプは今でも細々と。
今は山に全力で年中夢中
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