生駒山系に連なる金剛・葛城山系の主峰『金剛山』から始めた山登り。その時々で気になる山へ、気の向くままに・・・

楠木正成の最期 

健康維持や体力づくりのために回数登山している方には興味の無い話かもしれない。
自分は歴史はさっぱりわからないし感心がない。
だいたい真偽の程も不明確では?と疑ってかかってるほど。

歴史上の人物である楠木正成が金剛山とゆかりがあるということは最近知った。
金剛山が何百年も前に大きな合戦の場だったという歴史由緒ある山だということや
歴史を感じないわけにはいかない記事がありました。
偉大というか、いろいろ考えさせられます。


【決断の日本史】(33)1336年5月25日 楠木正成の最期
2010/05/25 産経新聞 大阪朝刊 12ページより引用

 ◆七度生まれ変わっても…
 「勝負はやってみなければわからない」と、よくいわれる。「勝敗は時の運」という言葉もある。
しかし百パーセント負け戦とわかっていても、戦場に赴かねばならない場合もある。
延元元(1336)年、摂津・湊川で足利尊氏軍と戦った楠木正成の心境はまさに、それであった。
 正成には「時の勢い」が身にしみてわかっていた。つい3カ月前、
九州まで敗走した尊氏は「多々良浜の戦い」に勝って勢いを盛り返し、京をめざしていた。
一方の後醍醐天皇方は、新政に対する失望感から兵も去り、とても迎え撃てる状況ではなかった。
 天皇はいったん比叡山へ逃れ、京に入ってくる尊氏軍を挟み撃ちにすべきだという正成の建言も、
側近によって退けられた。万策尽きた正成は桜井(大阪府島本町)で11歳の嫡男、
正行(まさつら)に次のように遺言し、わずか700騎で湊川に向かった。
 「私が死ねば、天下は必ず尊氏のものとなる。そうなっても、命を惜しんで長年の忠節を捨ててはならない。
一族若党の一人でも生き残っているうちは金剛山(楠木氏の本拠地の大阪・奈良府県境の山)に立てこもり、
尊氏と戦え。それが孝行である」
 5月25日、絶望的な戦いの火ぶたが切られた。
正成の家臣たちは攻め立てられ、夕方には弟の正季(まさすえ)と近くの民家に逃れ、最期の時を迎えた。
『太平記』では、2人の間で次のような会話が交わされる。
 正成 「聞けば臨終の思いによって来世が決まるそうだ。お前の望みは」
 正季 「七度まで同じ人間界に生まれて、朝敵を滅ぼしたいものです」
 正成 「罪業が深い悪念ではあるが、実は私も同じ思いなのだ」
 2人は高らかに笑いながら、このように言い交わし刺し違えたという。
明治になって神戸市中央区のゆかりの地に創建された湊川神社では、きょう、
2人の忠節をしのんで「楠公祭(なんこうさい)」が営まれる。
私はむしろ歴史が好きだったので、小さい頃から、楠木正成の千早・赤阪城での活躍に思いを馳せながら、金剛山に登ってましたよ~。
因みに、河内長野市にも楠公祭があります。行ったことは無いのですが(笑)
[ 2010/05/28 20:43 ] [ 編集 ]
キバラー様お久しぶりです!
歴史って深いですよね!僕はどちらかと言うと社会の授業は歴史より地理が得意だったんですが、いつの間にか歴史に興味が出てきました!!
特に登山中に古い石垣を見ると、なぜかテンションが上がってしまいます!!(特に朝原寺跡は良いです)
話しは変わるのですが、夫婦杉の間に新しい木?が生えているのご存知ですか?見付けた時、凄く優しい気持ちになりました。

あっあとザイル買いはったんですね!!最近シャワークライムなどにも興味があるので是非また誘って下さい!!ちなみに僕らもザイル検討中です!!!
[ 2010/05/28 20:50 ] [ 編集 ]
ぱろやんさまは歴史がお好きですか。
尊敬しますよ。
わからないから好きになれないだけかもしれません。
つまり、食わず嫌い!?
楠公祭は千早城址広場で行われていた?そうですが、
役員の方々がお歳を召されてあそこまで登るのが大変
ということで下界であるどこかの広場?で
行われるようになったとかなんとか聞いたことがあります。
餅まきとかあるそうですね。
[ 2010/05/28 21:29 ] [ 編集 ]
波平さま
お久しぶりです!
ルート案内でもなく、登山レポートでもない記事に
食いついていただけるとは予想GUYでした。笑
ありがとうございます。
私は歴史も地理もさっぱりで、学校で何やってたのか
記憶にありません。。
えらい山の中に、どうやって?というような石垣が
あったりしますよね。
あれってだいたい何年くらい前なのか?という点だけは
とても気になります。
百々川ルート行ってみてください。
さらに驚くものがありますよ。
安全第一で。
[ 2010/05/28 21:33 ] [ 編集 ]
キバラー様返信ありがとうございます!!
そうですよね!!いきなり山の中に石垣が出て来るといつ誰が作ったのか、その場所で何があったのかなど考えてしまいます!!よく歴史はロマンを感じるなど言いますが、最近その意味が少しわかったような気がします。百々川ルート近い内にチャレンジします!!ちなみに駐車場は高天彦神社にあるのでしょうか?
[ 2010/05/28 22:13 ] [ 編集 ]
私はまだ歴史のロマンがまだよくわかりません。。
マロン(栗)も嫌いですし。
ただ、朝原寺の石垣は神秘です。
あんなところにどんなものが建っていたのでしょうね。
おばあちゃんに聞いてもわからないほど昔のものなのは確かでしょうね。
駐車場は畑の畦に路駐が最も近いですが、そこにまた戻ってくるのはイヤだと思うので、高天彦神社から歩きで山麓線を戻るのが簡単です。
夫婦杉の件、コメントするのを忘れておりました。
本日確認してまいりましたので、記事にて。

[ 2010/05/29 20:16 ] [ 編集 ]
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