生駒山系に連なる金剛・葛城山系の主峰『金剛山』から始めた山登り。その時々で気になる山へ、気の向くままに・・・

金剛山登山回数一万数千回以上の「平野次男」さん 

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トップランナー

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NHK BSハイビジョン 『特集 夏 小さな旅』 (2007年8月3日放送)より

2002年、藤井寺市の平野次男さん(当時64)が37年間かけて1万回目の登頂を達成された。
あれから6年、今でも最高記録の更新を続けてらっしゃるそうです。
登山回数記録システムがスタートした当初は、一日に複数回登ってもカウントしてくれたようです。
平野さんは千早本道の階段を、歩きやすい幅を考慮して新設されたり、修繕されたりと、
登山客が少しでも安全に快適に登山を楽しめるよう日々陰で支えてくださっています。

まさに金剛山とともに生きてこられたそんな平野さんについて、
新聞記事でたくさん取り上げられている中で、そのうちの一つをご紹介します。
金剛山登頂 1万回目前 藤井寺の平野さん 足かけ37年「登山道の整備続ける」
2002/05/08 産経新聞 大阪夕刊 12ページより引用

 大阪府内で一年中登山が楽しめる山として人気の金剛山(一、一二五メートル)。
富士山に次いで二番目にハイカーが多いことでも知られるが、そのなかの一人、大阪府藤井寺市の
バス運転手、平野次男さん(六四)がもう少しで一万回の登頂記録を達成する。
三十七年かけて達成する金字塔。平野さんはこれからも、自分の健康のためだけでなく登山者
の安全のためにも登り続けるという。
 平野さんの登頂記録は、八日現在で九千九百三十五回。最初は昭和四十年一月、同僚と
一緒に登ったときだ。結婚して家庭を持った四十四年ごろから、「健康になり、気軽に楽しめる
趣味を持とう」と本格的な金剛山の登山に取り組んだ。休日や仕事の合間を縫って、
朝四時に起床し、頂上まで片道二・八キロの道のりを往復一時間十分ほどかけて歩いた。
 多い年で年間三百五十日は金剛山に登った。休む日は、フルマラソンの出場か他の山に
登るときぐらい。最初は登山回数にこだわり、がむしゃらに歩いて一日八往復したこともあったが、
今は道中の新緑や紅葉など季節の移り変わりを感じながら登る。
とりわけ真冬の登山で見られる樹氷の白さは、雪の少ない宮崎県出身の平野さんには
感動的だったという。
 長男の貴洋さん(三二)、二男の慎治さん(三〇)、長女の陽子さん(二九)が乳飲み子のころは、
背負って一緒に登り、他のハイカーから冷やかされた。
 一千回を超えたころ、雨で土砂が崩れて歩きにくくなった登山道が、なかなか整備されないのを
見て、たった一人で道の整備を始めた。
山の所有者の許可を得て間伐材の古い木を運び出して階段を作ったり草刈りをしたりした。
平野さんの行動に他のハイカーらも協力して、登山道に手すりも設置された。
 ハイカーの愛好家らで組織される「金剛錬成会」(会員約四千七百人)では毎年、百回以上の
登山者を表彰しているが、金剛山にある葛木神社の葛木隆宮司(六八)は「回数だけでなく、
心身鍛錬が目的。糖尿病など病気が治った例もあります」と健康面の効果を話す。
 平野さんもほとんど病気知らずで、「風邪でも頂上に登れば治ってしまう。足の肉離れを起こしても
次の日に山に登ったくらいですよ」とあっけらかんとしている。
 最近は、陽子さんや孫の友貴君(五つ)と一緒に「親子三代」で、時間を気にせずゆっくり
登ることもある。
平野さんは「一万回は一つの区切り。子供にも安全に登ってもらうために、登山道の整備は
まだやることがたくさんある」と話した。
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プロフィール
こんちくわ。
キバラー
と申します。
ほぼ毎週金剛山をメインで
登っています。
飽きっぽいのか色々やってきて
自転車→オフロードバイク→
大型バイク→登山へと変化し、
その間、
テニスやスキーにハマった数年間。
キャンプは今でも細々と。
今は山に全力で年中夢中
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