生駒山系に連なる金剛・葛城山系の主峰『金剛山』から始めた山登り。その時々で気になる山へ、気の向くままに・・・

「ははこどう」は母公堂?母子堂? 

20120111-1.jpg
道標には「母子堂」とある。

天川村洞川に、女人大峰である稲村ヶ岳への登山の起点となる「母公堂」がある。
一方、標識には「母子堂」との記述も見受けられる。
おそらくどちらも同じ意味合いなのだろう。
母公堂に駐車して下山後の一服に振舞われる名物が、知る人ぞ知る「珈琲」と「かき餅」だ。
なんと新聞記事にも取り上げられていました。
以下では「母公堂」も「母子堂」も使われているのがわかります。
「ずーっと変わらずにあるものは、実は常に変わってるんだよ。」という言葉には考えされられるものがあります。
なにげない日常、毎日・・。昨日と同じように思える今日。
少しづつ変わってるはずなのに当たり前のように同じ事を繰り返してる。
2012年、また新たな目標に向かって自分を変えていかないとなぁ。
「いつまでも、あると思うな、親とカネ」ということわざを思い出しました。

てくてく:旅・まち・発見 天川村(奈良県)/下 女人禁制の山上ケ岳
2011/11/21 毎日新聞 大阪夕刊 3ページより引用

 ◇大峯にマチュピチュを見てお茶しょんの--天川村(てんかわむら)山上ケ岳(さんじょうがたけ)
 ものがたり観光行動学会の野崎英之さん(40)と訪れた奈良県天川村への旅2日目は、
洞川(どろがわ)温泉を出発して山岳信仰の聖地、山上ケ岳(大峯山)へ、といきたいところだが、
山は今も女人禁制を貫く。しかも9月23日から5月2日までは閉山している。
 霊峰の雰囲気だけでも味わおうと、温泉街を抜けて山上ケ岳の登山道に向かった。
登山道の入り口には木製の「女人結界門」と、門より先は女人禁制であることを示す石柱が建っていた。
温泉街から女人結界門までの中ほどに「母公堂(ははこどう)」という可愛らしいお堂がある。
山上ケ岳の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)の母親がご本尊だ。
 お堂を守る青木健一さん(77)は、「コーヒーでも飲んで行きなさいよ」と参拝客に必ず勧める名物管理人。
お堂の前は、家族連れがかき餅をかじりながらお茶を飲むくつろぎスペースとなっていた。
青木さんの妻満江さん(75)は「孫が毎年、増えるみたい」と線香をあげる子どもの頭をなでる。
お堂はおじいちゃんとおばあちゃんのぬくもりに包まれていた。
 洞川温泉に戻ると、宿泊先の旅館「花屋徳兵衛」のご主人、花谷芳春さん(58)が「お茶でも飲もうや」と、
今度は温泉街の喫茶店に。「いろなんしょんの」「いげはコーヒー飲んどんじゃな」。
この会話を大阪弁にすると、「あんた何やってんの」「私はコーヒー飲んでるんや」となる。
 洞川にはこうした独特の言葉があり、野崎さんは「山奥だけど人の出入りが激しく、
周辺エリアと違う言語文化になったんでしょう」と解説。
洞川は日本のマチュピチュ(ペルーのインカ遺跡)かもしれない、などと話が盛り上がったところへ、
洞川区の区長、角谷甚四郎さん(54)が「いろらなんしょんの」と店にやって来た。
角谷さんは元禄時代から続く旅館「角甚」を経営。
花谷さんが17代目で角谷さんは13代目。両家は400年前からの付き合いだ。
 そんな洞川だが温泉の歴史は浅い。
昭和30~40年代は山上ケ岳に登る「山上講(さんじょうこう)」の団体客が年間約10万人もおり、
花谷さんは「私が子どものころは、旅館のトイレも風呂も男性用だけだったよ」。今は約4万人ぐらいという。
 山上講の減少で危機感が高まり、1983(昭和58)年、温泉を引いた。
角谷さんは、温泉地の大先輩、城崎温泉(兵庫県)の取り組みに「街並み計画とか100年先を考えている」と驚く。
ずーっと変わらずにあるものは、実は常に変わってるんだよ。
うちは温泉地としちゃ、まだ駆け出しなんだから、いろんなことにチャレンジしていかないとね」
 旅館のご主人らの会話に乗って、コーヒーの香りと時間が店内をゆったりと流れた。


---読売新聞(2004/07/17)より一部抜粋

 ◆女人禁制の地 変わらぬ伝統
 「行ってらっしゃーい」「気をつけてね」。夫や息子を見送る女性たちの声が響く。
ここは奈良県天川村の大峰登山口。女性の入山を禁じる“結界門”で見られる別れの光景だ。
 飛鳥時代後期、修験道の開祖・役行者(えんのぎょうじゃ)が大峰山での修行中、釈迦(しゃか)、
観音、弥勒(みろく)の化身である「蔵王権現」を体感し、その姿を桜の木に刻んだという。
以来、約千三百年間、山岳宗教発祥の地としてあがめられてきた。
 結界門から根本道場「大峯山寺」が鎮座する山頂(1719メートル)まで約五.五キロ。
鎖を頼りによじ登る「鐘掛岩」など険しい山肌が続き、もともと「女性には危険な山」として
入山を制限したのが〈女人禁制〉の始まりという。
 五月から九月までの修行シーズン中に約十万人の修験者が入山する。
結界門の約百メートル手前までバスが乗り入れ、週末ともなると、大勢の人たちでにぎわう。
「從是女人結界」と刻まれた高さ約二.五メートルの石柱を境に繰り広げられる男女の別れ。
夫らを見送った後、ふもとの「母子堂」などで安全を祈る女性たち。その光景は今も昔も変わらない。
 「差別」「女性べっ視」との批判を浴びながらも、地元では女人禁制をかたくなに守り続けてきた。
その中での遺産登録に、代々修験者の宿を営む桝谷源逸・洞川(どろがわ)区長は「ホッとしています」と言う。
戦後初の千日回峯行を満行した柳沢眞悟・金峯山寺副住職は
「歩いているだけで身が清められる神聖なお山は、今後も変わりはない」。
登録を静かに見守る。
Check [ 2012/01/11 22:02 ] 大峰山系 | TB(0) |   コメント(2)
洞川温泉の歴史がそんな最近だったとは、初耳です。
江戸時代ぐらいからの由緒ある温泉街と思ってました。
山上ヶ岳にお参りする山上講の客だけで、賑わってた町だったんですね・・

母公堂は、ずっと「ぼこうどう」と読んでました。

これからも「歩いているだけで身が清められる山」であって欲しいですね。
[ 2012/01/12 06:37 ] [ 編集 ]
私も洞川の温泉はもっと歴史があると思っていました。
おまけに、私も最初は「ぼこうどう」と読んでいました。
最近は「ははこうどう」と読んでいたのですが、
それも誤りというわけですね。
「ははこどう」とは普通では思いつかない読みですよね。
[ 2012/01/12 21:51 ] [ 編集 ]
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キャンプは今でも細々と。
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