生駒山系に連なる金剛・葛城山系の主峰『金剛山』から始めた山登り。その時々で気になる山へ、気の向くままに・・・

鈴鹿山系 雨乞岳 (2014.4.27) 

20140427-0.jpg
雨乞岳ピークにて

【動画編】


沢沿い歩きが堪能できる異色の山

【ルート】 ※時計回り
武平峠(7:50)-クラ谷分岐-七人山-東雨乞岳(昼食大休憩)-雨乞岳-杉峠-
1121Pの手前の広場-杉峠-コクイ谷出合-クラ谷分岐-武平峠(17:35)


行きはヨイヨイ、帰りは焦る。
鈴鹿山系集中攻略の今回は雨乞岳へY.Nさんという方と登ってきた。
顔出しNGとのことなので撮影に徹してもらった。(^ ^ゞ

少しでもスタート時間を早めるため、コストはかかるが近畿道、第二京阪、京滋バイパス、
名神、新名神を乗り継いで甲賀土山で着陸するも、鈴鹿スカイラインまでの下道がそこそこ長く、
帰りに使った下道、名阪国道、西名阪自動車道で行っても良かったかなぁ感あり。

武平峠にある鈴鹿スカイライン唯一のトンネルの東側にも駐車場があって
起点にできなくもなかったが、圧倒的多数の車は西側に駐車していたのでそちらへ。
ちょうど1台だけのスペースしか空きがないくらい車でいっぱいであった。
武平峠起点では雨乞岳だけにとどまらず、鎌ヶ岳、御在所岳等にも登れるからだろう。
これらの車のうち、どれくらいの人が雨乞岳を目指していることだろうか。
7時30分に駐車してから準備等で20分ほどゴソゴソして7時50分のスタートである。
ちょっと出遅れた感あり。
睡眠時間をタイトに削って早出をしても、ちょっとのことですぐに時間が経過する。
山に来ても時間に追われることが多いのは日常と変わらないなぁ。(≧∇≦)
スタートしていきなり「これどっちや?」みないなところを登ると
そこは幅広の植林地帯で、どこでも歩けるので進むべく方向がわかりにくいのでいきなり迷いそう。
武平峠から登る雨乞岳は、そのまま目指すピークに向かって登り詰める形ではなく、
隣の隣の山あたりからトラバースや沢歩きを繰り返しながら徐々に近づいていって
最後に一気にピークに登り詰めるもそこはまだ東雨乞岳だったりするという異色ステージ。
いつになったら登り始めるのだ?と思える長いトラバースや沢沿い歩きは変化に富んでいて飽きない。
大半のルートが沢沿い歩き主体で、これまでの過去の山行きでは例のないパターンだ。
前後にグループやペアのハイカー多数で人気の高さが伺える。
登山道に従順に歩くのも楽しいが、バリエーションで七人山まで登りたい衝動にかられた。
それほど落葉した自然林であたりは明るくどこでも登れそうな雰囲気であった。
一般道を知らないままバリエーションを歩くというのも後ろ髪を引かれるのでここは登山道に従う。
少し登り基調になってきたかなぁというところで七人山と東雨乞岳の分岐点であるコルに到着。
七人山へはすぐ近くなのでせっかくなので行ってみた。
落葉していて明るい寒くなく暑くない今の季節が最高の自然林に覆われたよい森であった。
ただ、「七人山」と彫られてペンキ塗られた木は痛々しかった。
もっと他に方法は無かったのかと。
再びコルまで戻って東雨乞岳ピークに向けて高低差200mほどを登る。
高度が上がってくると、鎌ヶ岳や御在所岳、、釈迦ヶ岳等が一望できる展望が開けてきた。
時計をみると11時でスタートしてから3時間少々。
まだまだぜんぜん歩いた感が無かったが、軽い空腹を覚えたのと、
絶好の展望なので、ここでお昼を摂らない手はない。
日差しは少々暑いが、快適な居住空間であっという間に一時間半も過してしまった。
東雨乞岳ピークからは三人山経由で下山できるルートがある。
しかし、そこを歩くと今回の山行きがすぐに終わってしまって雨乞岳全貌をよく知らないままとなる。
ここはまだ東雨乞岳なので、熊笹ロードを通って雨乞岳のピークへと向かう。
雨乞岳のピークは展望が無いと聞いていたが、東側には御在所岳への展望があった。
杉峠へはもちろんのこと、大峠方向へのルートも付いていた。
雨乞岳から杉峠への下り最初の熊笹ゾーンはどなたかが手入れされたのか
足元にたくさん刈られた笹の葉が落ちていて、その上を歩くと下りだけに滑りそうになる。
そうかと思えば、ふくらはぎを撫でるようなゾーンもあってこそばくて。。(≧▽≦)
そんなこんなで杉峠が見えてくると最後は急なつづら折れになって着地。
10人ほどのハイカーが溜まっていた。
杉峠に下りてきたということはコクイ谷経由の周回目的であるが、
「イブキ」「クラシ」のほうへと登ったところに気持ちよさそうな広場が見えていたので登り返す。
広場でお茶休憩の後、そのまま「イブキ」「クラシ」のほうへ登っていってバリエーションで谷に
下りたい思いがかなりあったが、杉峠経由でヤマコー通りに歩いた場合のコースタイムを見て断念。
なんと、杉峠から駐車地までのコースタイムが三時間もあるではないか!!
その時すでに14時30分に迫っていた。
コースタイム通りに歩けたとして18時近くになる。
バリエーションなんかやっている場合ではない。
まぁこれは誤算でも無計画もでない。
一般登山道の線通りに行けばいいだけのことであるし、
時間が気になるのであれば最悪は雨乞岳に登り返して来た道をピストンすればよいだけの話だ。
杉峠まで再び下りて、あとは時計回りの周回になるように実線に忠実に歩くことにした。
今回の雨乞岳行きで、やたらと浮石に足をすくわれることがあり、
明治末期に学校まであったとされるこんな山中に、御池鉱山旧跡の石垣など
遺跡のように森に溶け込んでいる
コクイ谷出合まではきわめて順調であったが、ここからが今回のまさかの核心部となった。
まず、沢が同士が直角にぶつかったところを超えて、
何の疑いもなく左へと進み100mほども進んだところでGPSから衛星電波受信不可のアラート音。
こんな空が開けたところで電波が拾えないとは何事ぞ?と確認すると
たしかに電波受信不可となってはいたが、それどころかそのおかげでルートを外していることに気づく。
まさかの方向錯覚であった。早くに気づけてよかった。
反対方向にリカバリーしてしばらく行くと、そこにこそコクイ谷出合分岐の看板があった。
そこには注意書きの看板もあり、要するにこれから先は難路だそうだ。
迷いや予想外の所要時間でタイムアップで日没となって進退窮まることが多々あるらしい。
時刻的にはきわめて猶予が無いが果たして無事に切り抜けることができるだろうか。
出合からはこれまでの平和な沢伝いトレールとは大きく異なって、
沢きわきわのトラバース、高巻きのアップダウンにいたぶられながらも
左岸へ右岸への渡渉を繰り返す。
カメラを片付けて真剣モードでクラ谷分岐合流を目指して突き進む。
この難ルートの突破にコースタイムで一時間かかるとある。
半分くらい進んだあたりであろうか、最大の難所が現れた。
3mほどの高さを宙吊りのフィックスロープに身を預けて下りるポイント。
しかしながら着地地点は砂砂利が浮いているばかりか傾斜になっている。
着地しても転倒しそうなきわどい状態。
他に迂回できないか眺め回すと、対岸には高巻きの頼りない垂直ロープ。
5mくらいは登って高巻きしてまた下りるような感じ。
安全面を考えると詰んだかのように思えた。
考えること数分、いちばんの安全策は靴を脱いで沢の中を歩くことという結論に。
渡渉後にはそのまま裸足で少し岩を登らなければならないのが足痛そう。
Y.N氏に先立ってまずは自分から実践してみるもなんとか成功。
振り返ってみると、渡る前には影になって見えてなかった部分で、
靴を脱がなくても渡渉できそうなポイントを発見。
それを伝えようとしたらY.N氏はその事に先に気づいて渡り終えてしまった。(^^ゞ
それにしても数mほど沢の中を歩いただけであるが沢の水はかなり冷たかった。。(> <)
その後も渡渉や沢遡行を延々と繰り返し、崩落箇所などを超え
ようやく沢とは別れて登りに転じたと思いきや、そこからも沢だった。(≧▽≦)
その後も渡渉や沢遡行を延々と繰り返し、崩落箇所などを超え
そしてついにクラ谷分岐に到着。
ここから先は往路とのピストンになるが登り基調となって疲れたカラダには少々キツかった。
駐車地到着は17時40分で、朝、たくさんの車で溢れかえっていたところに自分の車1台だけがポツーンと最後だった。
帰りはトンネルを越えて四日市市側へ。
湯の山温泉で汗を流して下道利用で帰国の途へ。
鈴鹿はやっぱり個性的で面白かった。

その他の写真は以下より。
Check [ 2014/04/28 23:46 ] 鈴鹿山系 | TB(0) |   コメント(12)

Nitestik(ナイトスティック) セーフティーマーカー 

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トリチウム(放射性物質)は不使用

ひと言でいうと「蓄光キーホルダー」である。
以上、おわり。
って、2行で済ませたら価値が伝わらないのでもうちょっと書かせていただきたく。(≧▽≦)
しかし、これ以上読み進めていただいても特別な機能は無く
「蓄光キーホルダー」ってことには変わりはないんだけどね。(≧▽≦)

蓄光、つまり夜光塗料って言う方がわかりやすいけれど、
しばらく光に当てておくことで暗闇に持ち込んだ際にボヤ~っと光る昔からよくあるアレ。
高級機械式腕時計などのアナログ時計の文字盤で秒針など光るものがあるが
これには発光を持続させるためにトリチウムという放射性物質が使われている。
自発光物質と言って蓄光性物質とはまた別モノ。
つまり、夜光塗料には「自発光性」と「蓄光性」の2種類があるらしい。
「Nitestik」は、放射性物質が使われていない後者の蓄光性物質のほうである。
ところが、蓄光性夜光塗料は長時間の発光が難しく、これまであまり実用性が無かったらしい。
そこで独自に新開発したフォトルミネセントピグメントテクノロジー技術でついに長時間発光を実現。
ちなみに明るいところから急に暗いところへ持っていったところ、
ポキピカ(サイリウム)なみに強烈に光ったから驚いた。
と言ってもいつまでも明るいわけでなく、どんどん暗くなっていくのは想定内。
ある程度の暗さになるといつまでもぼぉ~っと光っているのでマーカーとしての仕事はできているのではないか。

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メローイエロー(左)とロイヤルパープル(右)

Nitestik公式サイト

<特 徴>
・電池、電源不要(そらそうだ)
・残光、輝度が従来品の10倍(基準元が不明)
・暗闇で12時間以上点灯(これは言い過ぎ)
・紫外線に強いのでアウトドア向き(退色したりしないのは良い)
・約10年の長寿命(こんなのに寿命があったのか)
・20m先から視認できる(確かにあの明るさは強烈)
・30メートル防水(実用性なし)
・大きさは単4形電池より大きく、単三形電池より小さい(ちょうど良い)
・本体のカラーバリエーションは6種類であるが光は同じ色

クリスタル·グリーンアイスブルークールピンクメローイエローロイヤルパープルビブラントオレンジ

<日常で>
・暗闇の車の中でマーカーを取り付けたモノを探すときに便利。
・急な停電時にマーカーになるのは心強い。

<山グッズとして>
・行者還トンネルを歩いて抜けるときのポジショニングマーカー・・って例になってない?(^^ゞ
・武田尾廃線ハイクで急にトンネルに入ったときのポジショニングマーカーとして。
それ以外には・・はぁ~。。(´`)

明るいところから急に暗いところに入るシーンって意外とよくあるし、マスコットより役に立つ。
リフレクター(反射板)でいいんじゃないのか?についてはそれと一緒に付けておけば最強でしょう。

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思っていた以上に明るい!
Check [ 2014/04/23 21:10 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(4)

鈴鹿山系 霊仙山 (2014.4.19) 

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【動画編】



まるで天空!期待以上の山だった!

【ルート】 ※時計回り
榑ヶ畑(くれがはた)登山口(8:30)-山小屋-汗フキ峠-経塚山-霊仙山山頂-最高点
-(西南尾根)-笹峠-今畑(廃村)-落合-(バリエーション)-榑ヶ畑登山口


※落合-汗フキ峠間は崩落のため通行不能と書かれていたためバリエーションルート
※谷川谷ルートも崩落のため通行不能


悲願だった霊仙山。
行こうと計画していてもこの山は季節を選ぶ。
夏場はヤマビルが出ることでも知られているので避け、冬場は豪雪地帯で厳しい山となる。
春先や秋になってさぁ行こうと思いきや、
このエリアだけなぜか天気予報が悪かったり。
ようやくこの機会に恵まれた。
ちょうど今は福寿草を目当てに訪れるハイカーが多いらしい。
果たして。。

名神高速をひた走り、多賀SAでちょっと休憩。
すでにコンビニでカップ麺と最近お気に入りの超熟食パン等を買っておいたが、
目移りするほど美味しそうな地場産の弁当やおむすび等々。
ちょろっと買ってしまった。(^^ゞ
米原ICで着陸後、下道を延々と醒ヶ井のほうへ。
あれ?ここって来たことあるなぁ~って、伊吹山登山のときに一度訪れていたのだった。
梅花藻(ばいかも)とかなつかしい。
伊吹山とは逆方向へ進み、醒井養鱒場を越えてさらに林道を詰める。
5台ほど停めれる駐車場はすでに満杯なのでさらに奥へ進むと
路肩駐車している車があったのでそこに駐車すると登山口のすぐそばだった。
朝早くに出たもjのの8時半にもなってしまい出遅れた感があったが、
これから登ろうというハイカーも多くて安心した。(^^ゞ
沢沿い左側を歩いていくと植林帯の中に多数の石垣がある。
大昔にはここは村だったのだろう。
今でこそ舗装林道が近くまで来ているが、当時を思うとこんな山奥になぜ?
汗ふき峠までのつづら折れの登りが始まるところに営業小屋「かなや」があって
山バッジやら飲み物が売られていた。(ワンコもいた)
汗ふき峠まではすぐで、汗をかくほどのこともなかったが、
カラダがあったまったのでウィンドブレーカーを脱ぐ。ここまでが植林だった。
周回する場合、ここから時計回りや反時計回りにと別れるポイントとなる。
はじめて来たので右も左もよくわからないので数人が進んで行った時計回りへ進むことに。
大峰にも比良にもどこにでも似ているような低山特有の風景。
低山ってどこでもみんなだいたい似たようなもんだよなぁ。
遠くへわざわざ行く必要はないけど、歩いたことがない山を歩くのは楽しいかな。
みたいなことをあいかわらず考えながら高度をあげてくるとやがて展望が出てきた。
霊仙山のピークってあれか?これか?なんてゆるく考えながら登り切ると
そこには広大は大地が広がっていて思わず声が出た。
なんだこの広さは?展望のある山にはこれまでいろいろ登ったが、
こんなのは初めてではないかと思った。
まるで北アルプスの奥地にでも来たかのような驚きがあった。
北風が吹き付けてきて少し寒い。
ところどころの窪地にはまだ残雪が残っている。
冬枯した荒涼感は御嶽山にも似た印象を持った。
どんあ展望よりも見通しのできる広大なこういう感じが自分は好きなのだと悟った。
経塚山のほうに向かって歩くも、気分は最高にゴキゲンである。
もう、どこでも弁当広場である。(≧∇≦)
経塚山ピークか近づいてくると、石灰岩のカルスト感が現れてきた。
ピークからは広畑コースの方角に避難小屋が見通せた。
霊仙山のピークまであと100mも登らないんじゃないかと思うところに見えていたが、
その左手には山頂よりも高い最高点のピークもみえる。
山頂と最高点の関係って?!
せっせと登れば2時間もあれば十分に着く山頂であったが、
景色をかみしめながら登ってきたので霊仙山山頂到着は11時。
その後、最高点に行くまでのところで風を避けた場所でお昼を摂る。
予備知識無しで来たのでここまででも驚きの連続であった。
さて、ピストンして帰るのはもったいないので当然周回しようと思って地図を見ると
コースタイムは最低3時間かかるみたい。
休憩は一時間を過ぎて12時を越えていたので急いで撤収。
最高点に向かって歩いていると、汗ふき峠まで一緒だった単独のカメラ女子と再会。
自分とは逆回りだったようで、今、到着したばかりだとか。
西南尾根ルートって、そんなに時間かかるのか!
こっちはのんびり登ってきて一時間を越えるお昼を終えた後だというのに。
下山後、またお会いしましょうって挨拶を交わしての再出発。
最高点からの西南尾根は、これまた驚きの連続で、高度感、展望ともに最高で、
ここのあたりお昼を摂るんだったと惜しい思いをした。
ところで霊仙山って福寿草だけど、いったいどこに?
西南尾根は石灰岩のガレた尾根で、こういうところを歩くのはまたたのしい。
次から次へとステージが変化して楽しいことこのうえない山である。
なんでいままで来なかったんだぁ。いや、来れなかっただけだけど。
カメラを片手に歩いていたからか、ベテランそうな男性二人が声をかけてきて、
「福寿草ならあの向こうに見えるハイカーの・・あのあたりに群生してますよ」とのこと。
そういえば今日はまだ福寿草を見てないんだった。(目当てではないけれど)
教えてもらった付近に到達すると、たしかに群生していてかわいかった。
写真を撮っていると、霊仙山に詳しそうな男性が声をかけてきて、
「霊仙山の福寿草は藤原岳のそれよりも花が大きくてスゴイですよ。
でも見頃は一週間前でした」とのこと。
福寿草云々はさておき、カメラを持って歩いているだけでこうして声をかけてくれる人がいる
そういう人の温もりも感じた山だった。
西南尾根が終わると超激下りで膝が痛くなった。
そろそろまた膝サポーターをしなければいけないかな、なんて思いながら。
今畑が近づいてくるとこんな山の中に廃寺、廃墟跡があるのが不思議だった。
今畑には舗装林道があって、ここを拠点に登る人も多いようで帰り支度するハイカーも。
舗装路をだらだらと歩いて落合に着くと、そこには廃村があった。
汗ふき峠までの大洞谷沿いを通る落合ルートは崩落で通行禁止の看板があった。
え?!ここを通らないと帰れないんだけど???
崩落があるとしても巻きながらクリアできるかもしれないが、
このあたりは植林地帯であるからして、ルートファインディングしながら
バリエーションルートで歩いても苦労することないだろうとGPSを頼りに
大洞谷の左の尾根を挟んだ反対の谷(といっても沢ではない)を並行する。
ちょっとした壁のように立ちはだかる尾根をまたいで進む方向だけを維持しながら
歩いていると、残り1/3くらいのところで廃林道のようなものを発見した。
その林道を延々と歩くと、真新しい林道に合流し、さらに林道の沿って歩くと
ちょうど榑ヶ畑登山口に出て下山完了。
16時を過ぎていたのでほとんどの車は帰ってしまっていた。
そんなこんなで大満喫の山行きができた一日だった。
伊吹山登山のときにも利用した「ジョイいぶき薬草風呂」に入って帰国の途へ。
鈴鹿は個性的な山が多いけど、霊仙山もまた個性的だった。

その他の写真は以下より。
Check [ 2014/04/20 18:58 ] 鈴鹿山系 | TB(0) |   コメント(15)

サードマン(第三の人) 

人間、あきらめたら、そこで終わり。
とは言っても人は弱いものだ。
しかし、本当に絶体絶命の窮地に陥ったとき、
普段には想像もつかないような自己防衛力を無意識に発揮できることがあるのはなぜなのか?
それが「サードマン現象」と言われている。
火事場のクソ力とは?守護天使か?ご先祖様が助けてくれたとしか思えないような奇跡。
どうやらそんな能力が誰にでも備わっているらしい。
一言でまとめると、
自分を信じることが奇跡を起こすのだ
ということに尽きるかな。

※山岳遭難からの生還などの事例があることから山関係の本として取り上げた次第です。(^^ゞ


【手帖】知的好奇心満たす科学読み物 
2014/03/16 産経新聞 東京朝刊 15ページより引用

 科学や歴史にまつわる海外作品を集めた新潮文庫の
「サイエンス&ヒストリー」シリーズが静かな反響を呼んでいる。
数学や医療などがテーマだが、人間を描く読み物で専門知識がなくても楽しめる。
知的好奇心を満たせる骨太なドキュメンタリーを集めたことが人気につながっているようだ。
シリーズ誕生のきっかけは、英BBC記者、サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』(青木薫訳)だ。
数学界最大といわれたこの難問への360年にわたる世界中の挑戦と英国の天才数学者、
アンドリュー・ワイルズによる完全証明までを追ったドキュメンタリーは世界中でベストセラーになり、
日本でも売れ続けているという。
昨秋以降、ノーベル経済学賞を受賞したジョン・ナッシュの生涯を描き、
ラッセル・クロウ主演で映画化もされた『ビューティフル・マインド』(シルヴィア・ナサー著、塩川優訳)、
「どんな地図でも4色で塗り分けられる」という有名な定理の証明を追った
『四色問題』(ロビン・ウィルソン著、茂木健一郎訳)などが刊行された。
「欧米はサイエンスライターが成熟していることもあり、読み応えのあるドキュメントが多い。
レーベルにしたことで書店でも見つけやすくなったせいか、予想以上の反響をいただけた」
(同文庫編集部の北本壮さん)
 3月末には、山岳遭難など極限状況におかれた際に奇跡を導く存在を追った『サードマン
(ジョン・ガイガー著、伊豆原弓訳)が刊行される予定という。
Check [ 2014/04/17 21:26 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(4)

第40回 大阪府チャレンジ登山大会 (金剛山 第352回) (2014.4.13) 

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第40回チャレンジ登山大会 スタート地点の當麻ゆーあいセンターにて
★左から、まーくんtakeちゃんオガワさん、残ちゃん、トモさん、みーさん、キバラー



主催:大阪府山岳連盟

大会に参加された方、たいへんお疲れ様でした!
サポートいただいたスタッフの方々、たいへんお世話になりました!
声をかけてくださった方々、チカラをいただきました!ありがとうございました!
参加されなかった方、できなかった方、陰ながらの応援ありがとうございました!


今回、心配されたは雨であるが、ついぞ1滴も降ることが無く、やはり晴れの特異日だった。
大阪府チャレンジ登山大会のスタート地点はアクセスが悪く、近鉄古市駅からの始発5:15に乗って
ぎりぎり6時スタートできるというもの。
乗り継ぎだともっと時間がかかり、8スタートともなると上級ゴールは制限時間滴に厳しくなったり。
そんな中でも参加者は年々膨らんできているように感じた。
参加者数の詳細はわからないが、昨年は2809名だった。
今回、上級ゴールされた方が1782名で、昨年より64名ほど減だったそうだ。
毎年、この大会の時でないと会う機会の無い方と、今年も何名かお会いでき再会をよろこんだ。

昨年同様、今回も古市駅まで金剛山売店スタッフのみーさんにプラス4名も同乗して車で送迎していただいた。
始発の電車は過去に例がないほど人が多い。
昨今の登山やトレランブームは本物のようだ。
毎年の顔である緒方区さんの姿がない。ヤマレコのオガワさん(manganさん)と遭遇。
当麻寺駅で下車するとすぐにtakeちゃん(マラソンの部)に遭遇。
一年ぶりだ。
いままでのあの独特のコスチュームは傷んでしまったとかでイメチェンされていた。
その他に今回は3年ぶりの出場であるまーくん(マラソンの部)と、トモさん(初参加)が一緒である。
参加者増に対応したのか、スタート地点までの誘導経路と受付の場所が昨年とは異なっていた。
記念すべき第40回は特別なナニカがあるのではないかという期待ははずれていつもと変わらず。(^^ゞ
スタートが遅いマラソンの部のtakeちゃん、まーくんを残し、6時15分ごろにスタートした。
二上山岩屋峠に達するまでにみーさん、トモさんとは離れ、マラソンの部のまーくんが抜き去っていった。
竹の内峠を過ぎたあたりまではオガワさんと一緒だったがいったん離れてしまった。
前日に腰を痛めてしまい、かるいぎっくり腰状態であったが湿布を貼っての参加である。
腰が痛いゆえに背中を曲げれず背筋が伸びていつもより姿勢がよかったかも。
(結果的に参加して腰痛が治った)
途中、何人かの方から「ブログ見てるよ」と声をかけていただく。ありがとうございました。
岩橋山へは難なく到着。
曇模様の空が涼しくて功を奏したのか例年より絶好調の気がする。
キレイなトイレのあるところで初めて軽い休憩をしておにぎりを2個摂取。
金剛山に毎日登っておられる富田林の田中さんが、まさかのマラソンの部で登場。
年齢をまったく感じさせないスタイルがかっこよすぎ。
これには今回いちばん驚いた。(動画に登場)
葛城山への登りもさほどキツくなく到着。
休憩もそこそこにすぐに再出発。
水越峠への下りはさすがに膝、足にきた。 もっと整備してほしいなぁ。。
チェックポイントの水越峠では靴を脱いで足をクールダウン。
とにかく足が蒸れて汗かきなのである。
メッシュのトレランシューズで参加した事もあったが同じ。
ソックスを薄くしても同じなのである。
金剛の水場はそのまま通過し、カヤンボも休憩所で超熟食パンを2枚摂取。
行動中は暑いのに、休憩しているとたちまちカラダが冷えてくる。
まだそんな季節なんだ。。
休憩して体力が回復したところで金剛山一の鳥居に向けて一気に登る。
ラストスパートの階段ゾーンでは足がつってきて、立ち止まっては進みの繰り返しとなる。
そういえばアミノバイタルを忘れてきたんだった。
それでもなんとかがんばって一の鳥居に到着は12時7分。
知人の山バナナの会会長のまさ吉さんから差し入れをいただいた。
受付には、あの中学生で800回以上登っている女の子や、
ライブカメラ10時の会長がスタッフをされてらっしゃった。
休憩もそこそこにちはや園地へ移動すると、昔青年さん、kosiziさんなどの応援をいただく。
kosiziさんから、足をつったときの特効漢方薬「芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)」をいただく。
その隣にいらっしゃった女性からは「アミノバイタル」をいただいた。
ほんとうにありがとうございます。
11時30分頃にまーくんがゴールしたという一報が入った。
登山の部のこの遅さ、なんなん?この差を考えるとイヤになってくるなぁ。
あまりにも和みすぎて20分くらい休憩したかなぁ。。このまま下山したいという思いに駆られる。
小学校の時の恩師が到着されて出発された。
そろそろ自分も重い腰を上げよう。
久留野峠からの登りはあいかわらず厳しい。
これを乗り越えると後は楽と思い込むようにしているが、そんなに甘くは無いのを知っているだけに。。
千早峠までの下りあたりにくるとけっこう疲労ぎみ。
行者杉までの間で一度休憩して超熟食パンを食らう。
足が蒸れ蒸れで早くソックスを履き替えたいところであるが行者杉までガマン。
ようやく行者杉に到着すると、某山岳会所属のはんていさんやちゃみさんが今年もスタッフされていた。
ここでソックスを履き替えて足をクールダウン。さらに超熟食パンを摂取。
もうゴールまで空腹感は大丈夫であるが、あと残り8kmもあるのだ。
15分くらい休憩したところで再出発。
疲れも溜まってくると、前を行く人でペースが合う人を見つけ、
ついついその人を勝手に自分のペースメーカーとして無心になって付いていく。
ブンタ谷の分岐まではすぐに到着した感があったが、ここからの下りはやはり厳しかった。
足がすぐに蒸れてきたので靴を脱いで一度クールダウン。
そんなこんなでようやく舗装路に出て楽になった。
残り2kmほどは農村風景を眺めながらトボトボと歩き、
遊歩道を経て最終ゴールへ。
16:25分のことであった。
休憩時間を例年より短縮した分だけタイムを詰めれただけなので
毎週山登りをやっていてもあいかわらずのポテンシャルであることを思い知らされた。
今回、上級へ進まれた方が1782名で昨年より64名ほど減だったそうです。
例年以上に手厚いスタッフのサポートがあったように思った。
今年も無事、完歩できて、変わらぬ自分を確認できてよかった。
ありがとう、ダイトレ!!

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富田林の田中さん まさかの初参加でマラソンの部 リタイヤされた年齢とは思えないカッコよさ!

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ちはや園地にて つかの間の休息
昔青年さまからいただいた写真 ★kosiziさん(左)とアミノバイタルいただいた女性の方

チャレンジ!ダイトレ!40周年!大阪府チャレンジ登山大会 

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おくればせながら、ついに今年も参加を決意!
昨年の覚え書きの中に、今年の自分に向けて

 「参加したほうが、しなくて後悔するより絶対によい!」
 「それぞれに思いを持った人たちと一緒になって歩く感動をふたたび!」


みたいな事が書いていあったので、自分で自分の背中を押された感じ。(^^ゞ
大会当日は例年、晴れの特異日で、過去連続5年参加しているが雨は一度もなし。
ところが今回はまさかのも想定される。
雨が降っても傘さしてトボトボ、いや、バシャバシャ歩き倒してやるのだ。

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コアタイム天気図(気象庁発表)

スタッフのみなさん、お世話になります!

<参考持ち物> 徹底した軽量化を!
 ・ボールペン・・当日受付はボールペンの取り合いやインクが出にくい事も想定される
 ・飲み物・・・・500ml☓2本(チェックポイントでの給水や金剛の水、自販機もあるので)
 ・食べ物・・・・おにぎり3個+超熟食パン1斤、キットカット、スポーツようかん
 ・替えくつ下・・足が蒸れるので
 ・日本手ぬぐい・・・日本古来の手ぬぐいは汗を拭いても速乾性で臭わない
 ・レインウェア、傘、カメラ、トレッキングポール

突撃!出陣!あとは野となれ山となれ!

山と溪谷社 『定本 黒部の山賊 アルプスの怪』 伊藤正一著 

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山と溪谷社「定本 黒部の山賊 アルプスの怪」 伊藤正一著

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1964年に発売されたというこの本、一度は復刊されたが入手困難で、
著者とその家族が経営する北アルプスの三俣山荘でしか入手ができなくなっていた。
そのためネットでも高値がつき、一万円を越えていたもの。
今年二度目の復刊となったたとんにまたまたベストセラー。
しかも新たな内容も書き加えられた定本となった。
オリジナルのも2千円ほどで手に入ったが、復刊された定本のほうをさっそく買ってみた。
読むのが楽しみすぎて夜も眠ない日々が続く。
そして会社では居眠り必至。。Zzzz (これ本当)

三俣山荘・雲ノ平山荘・水晶小屋公式HP


北アルプスの山岳名著、復刊 「黒部の山賊」長野の伊藤さん加筆
2014/03/11 朝日新聞 朝刊 26ページより引用

北アルプス最奥部で、黒部川源流に立つ山小屋として知られる三俣山荘の経営者、
伊藤正一さん(91)=長野県安曇野市=の山岳名著「黒部の山賊」が2月下旬、復刊された。
戦後間もない混乱期、「山賊」とうわさされた猟師たちと伊藤さんの交流を描いた作品。
怪談話やクマやウサギなど山の動物たちの不思議な生態を炉辺談話のような調子で紹介している。
 復刊本は「定本 黒部の山賊 アルプスの怪」(山と渓谷社)。定価1200円(税別)。
1964年発刊の旧版に、当時の人物、風景写真約20点や伊藤さんのあとがき「定本刊行にあたって」などを加筆した。
 終戦直後、伊藤さんは山小屋を経営しようと、三俣蓮華小屋(現在の三俣山荘)の権利を買い取った。
46年夏、「小屋に山賊が住んでいる」とのうわさがたち、友人2人と現地に行った。
小屋には身なりのきちんとした紳士と息子2人がいて、クマやウサギの毛皮が干してあった。
小屋の天井には猟銃が掛かっており、小屋主は黒部川源流で活躍していた猟師の遠山富士弥さんだった。
「彼の語るクマやカモシカの話に魅了された」
 その後、同県大町市に住む遠山さんと再会し、他の猟師3人を含めた「山賊」たちに小屋の改修や登山道の整備、
小屋番などで協力してもらった。
「黒部の山賊」では、遠山さんらを通じて、北アルプス登山黎明期(れいめいき)の話題や動物、
山岳遭難、山の化け物など魅力あふれる物語がつづられている。
伊藤さんは三俣山荘のほか、周辺の雲ノ平山荘、水晶小屋も経営している。
 山岳名著として人気も高く、94年には新版も発刊された。
だが、三俣山荘や山荘事務所でしか購入できず、「ネットオークションで高額の値がついている」などの声が相次いだ。
現在、三俣山荘の支配人を務める伊藤さんの長男、圭さん(37)は
「山賊たちが活躍した三俣山荘開拓期当時の出来事を伝えたい」と復刊の理由を説明する。
 【写真説明】 ※写真は引用していません。
 「黒部の山賊」の初版本を持つ伊藤正一さん(右)と、復刻版を持つ長男の圭さん=長野県安曇野市穂高有明


出版最前線 定本 黒部の山賊 伊藤正一著 山小屋のロングセラー
2014/03/30 京都新聞朝刊 13ページより引用

 戦後すぐの混乱期。北アルプスの最奥に“山賊”が出没するとのうわさが立った。
それを知らずに三俣蓮華(みつまたれんげ)岳の山小屋の権利を買った著者は、
現状を確かめようと、雪渓とハイマツを抜けて山奥を目指す。手に短刀を握りしめて、山小屋へ…。
 と、始まる本書。著者が出会った山賊の、生命力に満ちた驚きの暮らしぶりをつづった。
ちなみに彼らは山に暮らす猟師たち。クマのふんが詰まった腸を「入れなけりゃ味が出ねえ」と鍋にぶち込み、
皮をむいたウサギを丸ごと入れたみそ汁をつつくさまは、まさに山賊の名にふさわしい。
著者は荒れた山小屋を再建し、山賊と交流を続けた。
 1964年に刊行され、94年に新版も出たが、その後は山小屋でのみ販売されてきた「隠れたロングセラー」。
山好きには知られ、夏には山小屋で、一日10冊売れたこともあるという。
「読みたいという人が多いのに、新しく買おうと思っても手に入らない」。
そんな声が版元に寄せられ「定本」刊行が決まった。
 本書が描くのは、古き良き山の世界だが、楽しいだけではない。
夏に凍死者が相次ぐのも、当時の山の現実だ。
何しろ登山用具の防水性能は不十分で、救援体制も限られている。
山で亡くなった登山者の命日、最後に介抱された山小屋で「ありがとうございました」
という声がどこからともなく聞こえる。
そんな背筋が寒くなるエピソードも本書は披露する。
「アルプスの怪」との副題が示すのは、自然に対する畏敬の念ともとれる。
 読み進めるうち、北アルプスに行ってみたくなる。
そのとき、気をつけなければならないことが一つあるという。
山中で「オーイ」と呼ぶ声がしても、決して「オーイ」と返してはいけない。
返事をしたら最後…。

Check [ 2014/04/09 22:12 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(4)

金剛山 第351回 + 二上山~屯鶴峯 (2014.4.6) 

20140406-0.jpg

【動画編】


金剛山にまさかの大雪、初のさわんど茶屋、そしてダイトレ完結!

【金剛山ルート】
 登り:寺谷ルート
 下山:ババ谷ルート


行こうと思っていた山域がことごとく天気がぁゃιぃ。
それどころか気温の急降下で金剛山頂がまさかの積雪の模様。
想像するに、登山道は湿っぽい重たい雪でドロドロベタベタではないかと。
だったらもっと低いところを歩こうと二上山~屯鶴峯間のダイトレをつなごうかと思った。
しかし、朝、起きてみたら思っていたより天候不順。
それならばと念のためにアイゼンを持って金剛山へ。
ババ谷の駐車場に着いてみるとすでに積雪がある。
午前7時過ぎ、歩き始めるも空はどんよりで今にもなにかが降り出しそう。
寒いとはいえ4月の雪であるゆえに凍結などはありえない。
まるでかき氷のような重そうな雪。
冬はもう終わった気でいるのでいまさらというギャップに素直に受け入れられない。
山頂はさらにもっと雪景色で、まるでいちど終わった劇のカーテンコールのようだ。
あいかわらず空はどんよりで、降っている雪なのか積もった雪が落ちてきているのか
撮影もままならないので長居は無用。
捺印を済ませたらさっさと下山モードへ。
気合い入れて早起きして山に来たけれど、9時台には下山完了。
昼にはほど遠いけど空腹を覚えたのでどこか食べるところないだろうかと。
早すぎてどこも開いてなさそう。
そういえば前から気になっている水越側の青崩登山口に昨年できた
「さわんど茶屋」に行ってみたいと思ったので向かう。
途中、水仙の丘のそばを通りかかった時に桜がキレイに思ったので立ち寄る。
何枚かシャッターを押して時間つぶし。
さすがに10時台になれば店も開いているかと思って行ってみた。
着くと専用の広い駐車場があって、登山者の縦列駐車の中に止める必要は無かった。
さわんど茶屋の脇に犬小屋があってワンコと戯れている10代のかわいい女の子。
そういえば今日、山頂で見かけたぞ。
おじさんたちと話しているのを聞くと、その若さで800回以上登っているらしい。
ラブラドールのワンコは「りょう子」という名前で、およそ犬の名前とは思えない。
何て呼べばいいのか?りょう子!だと俺の女みたいな感じである。(^^ゞ
やはり「りょう子さん」だろうなぁ。はずかし。
さわんど茶屋の”さわんど”とは、漢字で書くと”沢渡”である。
まさに水越峠側は沢ルートが豊富である。
さっそく店に入ってみる。
気さくなご夫婦二人で切り盛りされていた。
「犬、お好きですか?子犬が6匹も生まれたのでいりませんか?」と。
ワンコもネコも大好きではあるが買うほどのゆとりがないので丁寧にお断りした。
もし、ブログをご覧なられてる方でほしい方がいらっしゃればぜひ!と宣伝。
ちなみにその子犬は「りょう子さん」の子どもではなくて、その子犬の子犬なので孫。
父親がどんな犬かわからないらしいから雑種だ。
ご夫婦は二人とも山登りがお好だそうで、槍ヶ岳や石槌山などの写真が掛けられていたり、
百名山の本や年季の入った日本アルプス総図の山と高原地図などもある。
さて、メニュー。
かなりいろいろある。季節メニューもあったりでこれでもか!というほどの種類。
腹ペコだったのでラーメンと炒飯を注文した。
インスタントを簡単調理かと思いきや、ご主人、鍋を振ってジュージュー炒めたりしている。
ちゃんと手作りで野菜たっぷり、美味しかった。
増税前はラーメンも炒飯も各300円だったのが驚きだ。
お店は毎日やっているわけではなく、火・木・土日祝だけと言っていたと思う。
そんなこんなで店を後にして、コンビニへ珈琲を求めて移動。
まだまだ歩き足らないので当初計画の二上山からのダイトレ未踏区間を歩く気満々である。
珈琲を飲みながらのんびり休憩するも、雨が降ったり止んだりで回復の兆しなし。
さすがに13時台ともなってきるとあきらめて帰ろうと思った。
車のオイル交換でも・・と最寄りのディーラーをネットで探していたら天候が劇的回復。
二上山の麓の万葉の森駐車場の近くまで来ていたのでなんとなく様子見に行ってみたら
なんとなく無意識に準備できてしまって、なんとなく歩き始め、時間も時間なので
二上山雌岳頂上くらいまでのピストンで終わっておこうと歩き始める。
チャレンジ登山で下ってくるコンクリート道を登るのかぁと思っていたら、
そこに達するまでになにやら幅広の取り付きを発見し、辿っていくと踏跡わずかな急登になり、
あれよあれよと登りつめるとピークには得たいの知れないナニカがあった。
そこから少し下ると鹿谷寺跡という歴史ある壁画などがあった。
こんなところがあるのは知らなかったなぁ。
そこからさらに登りつめると、チャレンジ登山でお馴染みの岩屋峠からの道に出た。
黄色い展望台がある雌岳と雄岳のコルのほうへと向かうとダイトレの取り付き発見。
せっかくなのでコースタイムで一時間少々となっているのダイトレ未踏区間に足を踏み入れた。
さすがにダイトレだけに整備が行き届いている。
下り基調で楽ではあるが後半は登りもあるアップダウンで思ったより長く、
時間も時間なので、帰りは延々と登りかと思うとさすがにピストンする気が失せていった。
最後には道路に出て車がびゅんびゅん走る路側歩き。
これにはさすがに萎えた。。。
山歩きに来ているのに道路歩きとは、林道歩き以下である。
できるだけ車道を避けるようにしてなんとか屯鶴峯のダイトレ起点に到着するも感激が無い。(^^ゞ
幼少の頃に連れってもらった屯鶴峯に数十年ぶりに来たのにコレジャナイ感が。
しかも屯鶴峯は近鉄線の駅と駅の間なので最寄り駅まで遠い。
二上山駅まで延々と歩道も満足に無い路側歩きですっかり意気消沈。
当麻寺駅まで2駅乗って210円。
せめて当麻寺駅前の「中将餅」を食べて帰ろうと思ったら売り切れで営業終了。
打ちひしがれながらも当麻寺へ向かい、そから左に折れて竹之内峠へ。
竹之内街道である国道166号は歩道も無く車びゅんびゅんであるからして、
そこを避けて並走する舗装林道で峠越えするも、最終的には竹之内街道をどうしても歩かなければならず
車に弾き飛ばされないように注意しながら命からがら万葉の森へゴール。
これならチャレンジ登山と同じルートで戻ればちょっとは気分が違ったかも。
たっぷり歩けてダイトレ完踏できたのは良かったがこんな終わり方は残念だった。
楽しようとした結果、返って苦労することになった感じ。(≧∇≦)
今度の週末のチャレンジ登山大会、今回は体力も気力も例年の水準まで高めることができないでいる。
今回、ピストンすることもできず、参加を断念しようと思っていた気持ちに追い打ちをかけるような結果となった。
まだ時間がある。 なんとか光明を見い出せればいいが。。。
これも覚え書きであるからして、書き残せてよかった。

その他の写真は以下より。

登高スピードが計れる腕時計 

金剛山を千早本道で登ると標高差およそ600m。
そのために必要なエネルギーは平地を18km歩く距離に匹敵するという。
狭山池(1周2.85km)だとおよそ6周とちょっと。
3周も歩くと飽きてきてギブアップなんだけどなぁ。
しかも登りだけの計算なので下山を含めると山登りはいかにすごい運動であるかがわかる。
帰ったら眠くなるはずだ。(≧∇≦)
タイムアタックと称してハイペースで駆け上がるのは年齢や心拍数との兼ね合いも重要だ。
あまり息が上がり過ぎると心臓への負担が増大して、ドロドロ血液となって・・。
オーバーペースに注意!
さらには3000mを越える標高の高い山だと血中酸素濃度管理も大事である。
パスオキシメータや以下のような腕時計があれば自分に合ったペース配分ができて
完璧にコントロールできるのではないだろうか。

セイコープロスペックス公式ページ


登高スピード計る時計(三浦豪太探検学校)
2014/03/29 日本経済新聞 夕刊 8ページより引用

昨年の今頃はエベレスト出発前、荷造りと父、
三浦雄一郎の最終的な体力テストや医療ミーティングで慌ただしく過ごしていた。
アタック前の1カ月半前、父は心臓の手術を受けていた。
そのため父の心臓がどれくらい機能するのか、
そして実際にそれは登山を行うのに十分なのかということが大きな焦点であった。
僕の仕事は心拍数を見ながら父の登るペースを抑えること。
オーバーペースだと心拍数が過度に上がり、父の持病の心房頻拍が出やすくなる。
登山において登高スピードというのは運動負荷そのもの。
縦の距離は平地の距離に換算すると30倍ものエネルギー消費量になることが
鹿屋体育大の山本正嘉教授らの研究によって分かっている。
つまり標高300メートル上がる時に必要なエネルギーは平地を9キロ歩くのに匹敵するのだ。
そのためわずかな登高スピードの違いが運動負荷や心臓の負担に直接つながる。
僕はいつも心拍数、高度計、時間とにらめっこしながら登高スピードを計り、
目的地までの到着時間を計算していた。
しかし、高度が上がるにつれ頭が回らなくなり計り始めた時間や高度を忘れてしまうことが多い。
その度に無駄な知力、体力が奪われるため「登高スピードを計れる時計があれば」と思ったものだ。
日本に帰ってから早速、以前から付き合いのある時計メーカーのセイコーに相談にのってもらった。
登山用の時計は少なからずあるが、登高スピードに関して分かりやすい機能を持つものはない。
運動生理学の観点から時計に標高のほか、登高・下山スピード、積算高度のデータがあれば、
登山計画や計画の変更、消費カロリー計算、そして間接的に必要な水分の量まで計算することができる。
共同開発を始めて今年3月、それがようやく実現した。
必要な情報が手元にあり、すぐ分かるというのは大きな武器だ。
僕は普段、低酸素室で高所登山の専門的なアドバイスを行っているが、
標高が上がることによって「ゆっくりとしたペース」という漠然としたアドバイスではなく、
低酸素室の結果を基に正確なペース配分を指示することもできるようになる。
登高スピードとは、車に例えるとスピードメーターだ。
車では欠かせないように登高スピードを把握することが安全な登山の重要な指標になるだろう。
Check [ 2014/04/02 23:25 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(2)

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プロフィール

こんちくわ。
キバラー
と申します。
ほぼ毎週金剛山をメインで
登っています。
飽きっぽいのか色々やってきて
自転車→オフロードバイク→
大型バイク→登山へと変化し、
その間、
テニスやスキーにハマった数年間。
キャンプは今でも細々と。
今は山に全力で年中夢中

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