生駒山系に連なる金剛・葛城山系の主峰『金剛山』から始めた山登り。その時々で気になる山へ、気の向くままに・・・

大峰山系 行者還岳・七曜岳 (2012.5.27) 

20120527-0.jpg
大川口-行者還小屋の破線ルートにて  ※後ろに鉄山  ※全編コンデジ撮影

ゆるゆる明瞭登山道と大展望にすっかり気を許していたら
恐ろしいステージが待っていた。


<コース>
大川口-(北の破線ルート)-行者還小屋-行者還岳分岐-行者還岳-みなきケルン-七曜岳
-行者還小屋-天川辻-(南の破線ルート)-R309号行者還林道-大川口

用があって洞川方面に行くついでに軽く山登りできたらというライト感覚で決めた今回のルート。
行者還岳や七曜岳は過去に何度か行ってわかっているので、
前回の鉄山のときと同じ起点である大川口(おおこぐち)から
未踏の破線ルートを直登して行者還岳まで行き、
同じく並行している破線ルートで16時下山目標。
絶対に守らなければならない最終タイムリミットが17時だ。
余力と時間があれば七曜岳まで足を伸ばしても良いかなぁという思い。
コースタイム通りに歩ければ十分に七曜岳に行ける計算であったが、
そこはそんじょそこらの低山ではない読めない所があるのが大峰山脈である。
大変な目に会った。

傷んだ吊橋
大川口を7時40分に出発。
朝が早いせいか、寒い寒いと腕組みしながらのスタート。
橋を渡ってすぐ左手にある傷んだ吊橋が北側の破線ルートの取り付きである。
そこはというと人を寄せ付けなさそうな薄暗い雰囲気が漂う。
3人以上同時に渡っては行けないという橋を共振しないようにおそるおそる渡る。
あと少しで渡り終えるという部分の踏み板を吊るすワイヤーが切れていたがなんとか渡れた。

大展望
吊橋を渡って明瞭な踏み跡のある急登を登っていくと、間伐されている植林地帯があり
登山口取り付き部の暗さとはうってかわって明るいムード。
確実に人が入ってる山であることに安心してサクサク登って行く。
絶好の天気でもあり、登るにしたがって鉄山・弥山のほうの展望が広がる。
いつもながら思うのであるが、展望が広がったからといって
そこで景色を眺めて時間を過ごしてると、後にもっと展望の良いところがあって
手前での展望に時間をかけすぎた事に後悔することがある。
先を急ぐことにする。
最初のピークに登り切ったところでやっぱりスゴイ展望が待っていた。
行者還岳の尖った山容から奥駆道をずっと眺め回して弥山、そして鉄山、そしてさらにぐるっと
バリゴヤの頭、稲村ヶ岳、遠くに山上ヶ岳とほぼ360°に近い展望に20分くらい過ごした。
気になるものを認めると双眼鏡でそれが何なのか確かめてみる。
双眼鏡だと弥山小屋もはっきり見えたので、コンデジを双眼鏡とくっつけて超望遠撮影してみる。
ここから向かう先はアップダウンのありそうな深い森に入って行きそうだ。

樹林帯
さきほどの名もない大展望のピークから少し下ったところのコルからは
スラっと一直線に尾根を登っていく。
実にまっすぐでわかりやすく雰囲気も明るくて気分ははゴキゲンである。

大きな倒木
どれくらい歩いただろうか、等高線の詰んだ行者還岳の下をトラバースするルートに入る。
あくまでテープに忠実に歩いている。
このあたりでバリエーションルートにて行者還岳から西へ向かってゆるやかに伸びる尾根を登れば
安全に裏側(西側)から行者還岳に取り付けたかもしれない。
しかしながら先人たちがそれをルートとせずに大日岳の南側をへつって
行者還小屋のほうに回り込んでいるのにはそれなりの理由があるのかもしれない。
ここはテープを追って破線ルートを続行することにした。
途中、大きな倒木がありクリアするのに少々手間取った。

異臭
ある場所を通過するとき、ものすごい異臭がした。
いままで嗅いだことのない臭いだ。
獣臭か?といわれるとちょっと違うようなかんじ。
危険なトラバースの始まりであったため、注意深くあたりを観察しているゆとりが無かったが。

危険なトラバース
トラバースの距離は長い。行者還岳の南側をぐるっと取り囲むように行くことになる。
これが実にしょっぱい。
高い所が苦手な自分にとっては恐怖そのもの。
幅30cmくらいの廊下の右側は50mくらいの高さのほぼ垂直な崖のようなところがあるかと思うと、
垂直ほどではないにしても傾斜の急な斜面。これも転がり出すととことん転がり落ちていくようなところ。
何度緊張しただろうか、次から次へとやってくる危険ゾーンに気が気じゃない。
手に汗にぎる。

立入禁止テープ
そんなこんなでようやく平和な道になり行者還小屋が近づいてきた。
小屋の屋根が視認でき、人の声も聞こえてきた。
3時間に及ぶ所要時間と緊張でお疲れ気味。
大峯奥駈道に取り付く直前、いままで歩いてきたルートに進入しないようにとロープが張ってある。
赤テープに書かれた文字を見てみると「危険通行止」となっていた。
そんなところを歩いてきたのかぁ。。とショックを隠せない。

旧関電鉄塔跡
奥駈道のどこに取り付いたかというと、小屋のすぐ近くの東側に展望の広がる場所。
15年前の地図を見るとここには関電の鉄塔があったようだ。
つまり鉄塔を撤去した跡地なので台形状になっていて、どうりで見晴らしも良いわけである。

謎の展望台
あまりにも大台ケ原方面の展望が良いのでしばらく眺めていたら気になるものを発見。
肉眼でよく見ると展望台のようなものが見える。
さっそく双眼鏡を取り出して確認してみると、たしかに立派ながっちりした展望台だ。
すぐに山と高原地図で確認してみるも、何の情報も書かれていない。
どこかの公園にでもありそうな展望台があるのにそこまでのアクセスがわからない。
これと思われる尾根への取り付きが天川辻あたりにあるのだろうか。
帰りに確認してみようと思っていたら確認するのを忘れてしまった。

行者環小屋
展望のあるところからすぐのところに行者還小屋。
登山者はざっと6~7人。
この無人小屋は美しい。
トイレ2つ、裏側にテント場に水の出る蛇口まであって至れりつくせりだ。

行者環岳へ
行者還小屋から行者還岳へは地図を見ている限りはすぐのように思えるが、
実際にはあのそそり立った崖の上の高さまで登らなければいけないのだ。
小屋から軽く下り基調で歩いていると、突然の急登が目の前に迫る。
行者還岳って怖っ、と思わせるに十分な威圧感のある斜面が立ちふさがる感じ。
登山者が前後にチラホラ居なかったら怖そうな雰囲気の所である。
行者還岳への分岐はピークからずいぶん離れたところにある。
分岐からは奥駈道を外れて約10分弱、わざわざ行かないといけないのだ。
あと少しで山頂というところで単独の男性から声をかけていただきました。
ありがとうございました。
和佐又ヒュッテからの周回で行者還岳まで足を伸ばされたとか。
さらにはチャレンジ登山にも出られてらっしゃったとか。
なかなかの健脚者である。自分なら周回するだけでお腹いっぱいである。
山頂には8人くらいの集団など滞留している人が居た。
ピークを踏んで小屋を見下ろす展望を眺めてから
奥駈道分岐の近くまで戻ったところで12時近くになっていたのでお昼にする事にした。

モスキートヘッドネット
ザ・チェアに身を預け、のんびり昼食を楽しむ。
気温はというと寒いくらいであったが、無風だったので上に羽織りものをせずに過ごせた。
時々ブヨか小ハエのようなものが顔の周りに寄ってくる。
もう夏場とほぼ同じ虫環境である。
基本的に薬剤を使うのがイヤなので、過去にあまり出番の無かった
あのモスキートヘッドネットを装着することにした。
でも実際にかぶってみるといちいちネットをめくりあげていては食事がしにくい。
めくりあげたネットを頭の上(帽子の上)に団子した状態、
つまり遠目には一見するとアフロヘアに見える状態にしておいたのだが、
なぜか虫が寄って来なくなった。
モスキートヘッドネットに含まれる虫よけ薬剤成分の効果なのだろうか、
それともアフロへアのドン引き?

七曜岳へ
食事を終えて撤収が済んだところで13時20分になっていた。
七曜岳まで山と高原地図では一時間半となっているが、ここは分岐まで来ていることや、
この区間のコースタイムはたしか甘かったはずなのを思い出した。
15時に天川辻に到着しなければならないので、ダメもとで14時になったら引き返す覚悟で
七曜岳に向けて走らない程度のハイペースで歩いた。

みなきケルン
分岐から歩き出してすぐのところにケルンがある。
どういうケルンなのか碑文を読んでみて、生きていれば自分の親くらいの年齢にしんみり。

七曜岳
ハイペースで歩いたせいか、14時ちょうど、分岐から約40分で七曜岳に到着した。
なんとか2座を達成。
行きは分岐から少し上り基調で40分だったので、
戻りは行者還小屋まで50分も見ておけば大丈夫だろうと思ったので、
10分ほど七曜岳で休憩して景色などを眺める。
今日いちばんの眺めのポイントとしては、登りの最初のピークの場所が良かったかなぁ。
14時10分、折り返し再出発。
15時に天川辻に到着するのが目標だ。

雷雲
七曜岳から行者還小屋まで戻っている途中、遠くのほうでゴロゴロと雷鳴が。
そういえば午前中はあんなに天気が良かったのに曇りつつあるようだ。
弥山の上空なんて鉛色の雲で覆われている。
これから大峰の夏がやってくるが、15時には下山完了する計画を立てたいところ。
というのは、大峰山脈の夏場は毎日のように午後遅くなってくると夕立・雷がある。
奥駈道は稜線を歩くのが主体であるため、雷が鳴ったところで立ち木のない稜線に居たら
格好のターゲットとなる。
今年こそはストライクアラートを活用してみたい。

再び行者還小屋へ
どうにかこうにか頑張って行者還小屋に15時ちょうどに到着できた。
これで安心したのか、10分も休憩してしまった。

天川辻へ
行者還小屋から天川辻までは5分と歩かないほどすぐ近くである。
天川辻には奥駈道の案内石柱が立ってあったり地蔵があったりとわかりやすい。
15時15分、そこからいよいよ登りとは別の南の破線ルートで下山である。
取り付きのところには安全ルートというような事が書かれてあったので安心してつづらを下って行く。
なんと、このルートとて高所をトラバースするところがあって、
ドキっとする場所もあったりで、またもや登り時の危険なトラバースの悪夢再来。
「やや危険なルート」として認定したいところだ。

枯れ沢
もうそろそろ下山完了かと思ったところで枯れた沢の中の、岩がゴロゴロするところを下りて行く。
これがなかなか長い。
ようやく下の川が見えてきたのでゴールかと思いきや、
沢を下り切ったところから川伝いに横移動。
どうやら小坪谷に着陸したわけで、その川が合流する布引谷のほうに行かなければならないのだ。
そんなこんなで横移動も長く、最後の橋を渡って林道に出たところで下山完了。
コースタイムから5分遅れて16時50分のことであった。
あとは大川口までR309号の行者還林道をひたすらハイペースで歩き、
17時ジャストに車に到着。
なんとか最終タイムリミットぴったりで終えることができた。
破線ルートは侮れないなぁと思った一日であった。

その他の写真は以下より。
Check [ 2012/05/29 21:33 ] 大峰山系 | TB(0) |   コメント(18)

『赤いヤッケの男―山の霊異記』 安曇 潤平 著 

20120523-2.jpg
「赤いヤッケの男―山の霊異記」 安曇 潤平 著

じつは実話。
山という異界を語る怪談実話ショートショート。

山でもどこでも霊体験をしたことがないので、
こんなことが本当にありえるのか半信半疑。
でも考えて机上の空論で思いつくようなネタでも無いと思う。
それでも山ではこんなにいろいろなシチュエーションがあるもんだなぁという点でも楽しめる。
山というのはほんとに異界なのかも。
この本を読むと、もしかすると単独で山に行くのは怖くなるかもしれない。

<序章より>
 ・・・・・
 特に日本アルプスにおける厳冬期登山の難易度は、
 アイガーやマッターホルンといったヨーロッパアルプス級であると、海外でいわれているほどだ。
 これは中央、北、南といった日本アルプスが、細長い本州のほぼ真ん中に屏風のように
 連なっていってるため、気圧がアルプス山頂付近で複雑に絡み合い、
 天候を急変させ、また極端に湿った重い雪を降らせるからである。
 したがって日本アルプスは、その標高の割に遭難者の数が非常に多い。
 ・・・・(後略)

20120523-4.jpg
iPadを横にした状態での閲覧モード

黒船Amazonがkindle日本語版をひっさげて電子書籍の分野での日本市場に参入してくるという。
これまで日本の電子書籍市場はというと、いろんな形式や著作権保護プロテクトなど
実にややこしくて、互換性があったりなかったりと、ビデオがVHSに、音楽がMP3へと
落ち着くまでの間、メーカーが独自の方式やコピー対策で混沌としていたように。
さすがにこのままじゃいかんだろということで、電子書籍リーダー「SONY Reader」なんかは
PDFやTEXTデータはもちろん、ドットブックやXMDF、EPUBなどの様々な形式に対応してきており、
いよいよ電子書籍の分野でも標準化するような動きになりつつあるのかも。

20120523-1.jpg
ところで今、もっとも電子書籍の分野で熱いのは、紀伊國屋書店の「kinoppy」だ。
昨今のスマートデバイスブームにおいて、いち早くそれらのデバイスに対応し、
一度ストアで電子書籍を購入するだけで、自分の所有するあらゆるデバイスで読書ができるのだ。
たとえばこんな感じ。

 ・電車の中でkinoppyで購入した電子書籍をスマートフォンで読んでいた。
 ・家に帰ったら、リビングでリラックスしながら今度はiPadでその続きのページから見開きモードで読書再開。
 ・自室でPCの前に座って作業中、ちょっと息抜きにPC版kinoppyでその続きから読書。

20120523-3.jpg
iPadでもスマートフォンでも一度購入すれば同期できる。

という具合に、いつでもいろんなデバイスで協調できて読書を継続できるのである。
kinoppyでの電子書籍購入は、iPhone、iPod Touch、iPad、Androidスマートフォン、PC、SONY Readerに対応。
読み終わった本というのはなかなか読み返すことが少ないゆえに、
家の本棚が読み終わった本の肥やしになって紙ゴミの日に捨てられるのを待つくらいなら、
電子書籍版で貯めこむほうがスペースセービングになるだけでなく、いつでもどこでも取り出せて読みなおせたり、
はたまた気になるフレーズをコピーしたり検索したりと大活用できる。
さらには紙媒体よりも電子書籍版のほうが基本的に安いという点なども勘案すると、
電子書籍版がリリースされている本については今後100%ダウンロード購入することにしたいと思っている。
だからといってリアル本屋さんがどんどんつぶれていくことになるのには忍びない。
何かよい解決策は無いものか。
Check [ 2012/05/24 00:07 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(2)

比良山系 蓬莱山 (2012.5.19) 

20120519-1.jpg
蓬莱山ゲレンデにて
※左から、ブログ「行きたいところへ行こう」のヨー君、中村さん、うっちぃさん、キバラー

『今日の比良山系』 ハイビジョン(HD)撮影 (4分54秒)


びわ湖アルプスは展望抜群!来て良かったぁ。
やっぱり比良は湖が見えるのが癒される。


先週末は冬、今週末は夏というギャップ。
蓬莱山はロープウェイとリフトで簡単に登れる。
金力が無いので筋力で登る。
麓の登山口から登ると高低差が870m。
加えてゲレンデうろちょろと小女郎ヶ池にも行ってみたので
累積高低差は1000m越え。
駐車場の営業時間(8:30-17:00 500円)という制約の中での行動時間であったにもかかわらず
けっこうたっぷり歩くことができた。

<コース>
びわ湖バレイ駐車場(8:40)-(キタダカ道)-天狗杉-クロトノハゲ-打見山-汁谷-蓬莱山-
小女郎ヶ池-(バリエーション)-蓬莱山-金ピラ峠-びわ湖バレイ駐車場(16:30)


デジイチが故障したままなので、今回から全編コンデジである。
びわ湖バレイに駐車場が午前8時30分から営業ということで、
ゆっくりめに出たつもりが一時間くらい前に到着してしまった。
駐車場はほぼ時間通りにしか開かなかった。
びわ湖バレイに来るのは数年前のスキーのナイター以来である。
久しぶりに来てみたら、以前の4人乗ると精一杯だった狭い暗いゴンドラは無くなっていて、
ロープウェイが新設され営業していた。
新しいロープウェイはなんと!最新鋭・日本最速で一度に121人を大量輸送できるという。
今回、ひっきりなしに往復していた。
ゴンドラに乗ると5分程度の話が、登山道を登ると2時間以上かかるのだ。
登りはキタダカ道から登ることにした。
今回のメンバーの中村氏は、GWにテント泊比良縦走をされたばかりなので
なるべくかぶらないルートにしようと思ったのだが。。

駐車場から少し下るとキタダカ道への案内板があり迷うこと無く取り付きへ。
キタダカ道は整備が行き届いていて歩きやすい。
新緑まぶしい中、高度300mあたりからゆっくりと登り始める。
最初のうちは植林地帯だったので、脇目もふらずせっせと高度を稼いでコースタイムを短縮する。
自然林が交錯して新緑が現れだすと写真撮ったり花を探したりとペースダウン。
高度700mを越えてしばらくすると山と高原地図にもある「天狗杉」が現れる。
なかなかでっかい巨木である。
大人5人くらい手を繋げば一周できるかな。
続いてのランドマーク「番屋岩」を過ぎるあたりからは明るく新緑がまぶしいくなり展望も現れる。
もっと上にいけばいくらでも展望があるのが想像つくけど、
展望が見えるたびにじっくりと眺めてしまう。
山頂駅舎がすぐそばに見えてからもなかなか着かず、最後のひと踏ん張りがキツいかな。
打見山に着くとスキーのゲレンデである。
大量輸送で運ばれてきた観光客がたくさん。
山頂はさまざまなアクティビティを始め、スイセンの丘や展望を楽しめる。
オフシーズン(グリーンシーズン)でもこんなに活気があるとは思わなかった。
駐車場での待ち時間の間の作戦会議で白滝山、長池あたりまで足を伸ばしたいという計画であったが、
打見山にてコースタイムを確認した結果、時間的にムリとなり、
計画を変更して汁谷、蓬莱山、小女郎ヶ池に行くことにした。
汁谷には水芭蕉が咲いているかもということで行ってみた。
ゲレンデの中~上級コースを激下して行ってみたが、
あいにく水芭蕉は確認できず、シャクナゲとクリンソウだけを見てゲレンデに戻る。
蓬莱山までの最短コースで登り返す。
っと、突如、空中に人がツツツーっと。。
「ジップラインアドベンチャー」というもので、ハーネスにヘルメットなどをつけて、
高低差を利用して滑車でロープを綱渡りするというもの。
これが子供だましかと思いきや、けっこうな距離を何段も渡るというものですごく楽しそうだった。
3~5千円くらいするだろうと思いきや、ロープウェイ往復セットで3,800円。単体だと3,000円だとか。
そんな大金は持ち合わせが無い。。(^^ゞ
スイセンの丘を横目に、蓬莱山までゲレンデを登る。
300円出せばリフトでてっぺんまで上がれるけど。
そんなこんなでゲレンデではまったりモードで登山モードにあらず。
蓬莱山山頂でお昼にしたのは13時20分。
武奈ヶ岳を眺めながらのんびり食事。
14時行動再開。
登山者と観光客が混在していたゲレンデから一歩はずれると登山の山に早変わり。
蓬莱山から高低差で100mほど下るかんじで、
びわ湖を見下ろしながらの稜線歩きはまさにアルプスのそれだ。
小女郎ヶ池にはヤモリがいっぱい。少し休憩した後、再び蓬莱山までの登り返し。
来るときには気づかなかった岩屋のようなものが確認できたので立ち寄り。
その後、道らしきものが見えていたので岩屋の上に上がってみると道はなく、
しばしバリエーションをして歩いた。
蓬莱山からの下山ルートは金ピラ峠経由である。
少し下ったところにネットの切れ目があり、
そこがまるでびわ湖に落ちていきそうにも見える取り付き部である。
金ピラ峠のルートは大部分が植林地帯で見所は無かったので、
ここを下山ルートにして正解だったかも。
そんなこんなで蓬莱山+αと軽く見えるルートであるが、
累積高低差1,000mの山歩きはなかなかたっぷり歩けいた感があり大満足。
ご一緒していただいたみなさん、ありがとうございました。

その他の画像は以下より。
Check [ 2012/05/20 16:48 ] 比良山系 | TB(0) |   コメント(22)

LIGHT MY FIRE 『スポーク』 

20120516-3.jpg
LIGHT MY FIRE 「Spork  ※BPAフリー

山道具をいろいろ買い集めている人ならたいてい持っているはずの「スポーク」。
スプーンとフォークがそれぞれの先端に付いたもので、
フォーク側にはナイフとして使える部分もあるので実質的には1つで3機能のカラトリーである。
スプーンとフォークでパスタを持ち上げてクルクル・・という同時的な使い方をする場合は
それぞれがセパレートになった別のものを使うか、スポークを2つ使う必要がある。
ところがスポークのスプーンはすこぶる使いやすいのにフォークは最悪に使いにくい。
持ち手側がスプーンになるわけで、これがどうにもこうにもしっくりこなくて持ちにくいのだ。
だからスポークはスプーンがメインで、フォーク(とプチナイフ)は非常用のように思ったほうが良いかも。
それでもスポーク一つあるだけでたいていのものは食べることができるわけなので重宝する。
しかしながら困ったことがひとつある。
これをナイロンなどの袋に入れて行こうものならフォークが簡単に突き破ってしまっていることが多々ある。
なにかもっと適当な入れ物が無いか?と思っていたおりに、
スポークのケース入りが登場したのはずいぶん前のことである。
ケースだけが欲しいのにスポーク付きで850円は無いよなぁ、と思っては踏みとどまっていた。
いつもスポークコーナーの前を通るときには在庫状況を無意識にチェックする習性まで身についてしまった。
それというのも、今日こそ買うぞ!と思って行ってみると売り切れていることが多々あるからだ。
在庫が潤沢にあるときに限って「高すぎる。チープだし、べつにいらんか。」となる。
今回はぜったい買うぞ!という強い意志で持ってコージツに行ってみたら、
最悪カラーのピンクがただ一つだけポツーンとぶら下がっていた。
この機会を逃すといつ買う気になるかわからないので、エイやっ!と買った次第であるが、
どうにもこうにもこの色は受け入れがたい。だからこそ売れ残ってたんでしょう。
だいたいピンク色のスプーンに合う食べ物というとヨーグルトぐらいじゃないのか?
数年前に買って持っているスポークはオレンジ色。
これならまだほとんどの食べ物のに合う。
じゃあ、ピンクのスポークを使わずに、ピンクのスポークケースにオレンジをスポークを入れると・・。
カラーコーディネーターじゃなくてもこのカラーの組み合わせは気持ち悪い。
そんなこんなで、つまらぬ散財をして高いチタン製のスポークも買ってしまった。

20120516-2.jpg
チタン製スポーク  煮たん、焼いたん、炊いたん、チタンである。

ちなみに、数年前に買ったスポークには「LIGHT MY FIRE」のロゴだけ。
最新のスポークにはロゴに加えてMADE IN SWEDENと書かれていた。
もしかするとBPAフリーをうたっているのはMADE IN SWEDENと書かれた新しいほうだけではないか?
ま、どっちにしてもこれからはチタンだから関係ないけど。

20120516-1.jpg
スポークケースに付属の同色のスポークを追い出してチタン製スポークを入れてみた。
このケースにはスポークを重ねて2本入れることができる。

<用語解説>

・BPAフリーとは
 BPAは「ビスフェノールA」という化学物質のことで、プラスチック製品などに含まれていて、
 つまり早い話が生殖器など男性女性ホルモンに影響を与えることが指摘されている。
 BPAフリーをうたっている製品であれば、ビスフェノールAが含まれてないですよ、という事になる。
 プラスチック製品、特にポリカーボネートを使用した水筒などは要チェック。(ナルゲンはBPAフリー)

・チタンとは
 チタンはスチールよりもすぐれた強度を持ち、重量はというとスチールの45%程度と軽く、
 アルミニウム比では2倍の強度を持ち錆びない物質。金属臭が無く食品の風味を損なわない。
 欠点になるのか長所になるのか使い方によるが、熱伝導率が悪い。
 熱伝導率が悪いと火の当たっている部分が極端に熱く、そうでない部分は熱くなりにくい。
 ラーメンなどの汁物だと問題は少ないが、ドロっとしたシチュー系であれば
 火力が強い場合は混ぜ続けなければ火の当たっている部分だけが焦げついたりするので
 アルミやスチール製のほうが良いと思うことがある。
 その反面、袋入りラーメンなどを鍋で煮込み、そのまま鍋を直接口に持っていって
 汁なんかをズズズ・・とススったりする場合、アルミやスチール製だと唇がアッチッチ・・ヤケドとなるが
 チタンだとまったく熱くならず快適であるというメリットも。

P.S.
先日、山でカレーを食べるのに、あろうことかこのスポークを忘れてしまい箸で食べるはめに。
味噌汁や鍋物など、たいていの食べ物に箸は万能であるが、
さすがにカレーやシチュー系だけは箸ではつらいかった。
当分スポークの出番は無いかもしれないのに。
ちなみに左利き用のスポークも存在する。

Check [ 2012/05/16 22:19 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(2)

大峰山系 鉄山-弥山 周回 (2012.5.12) 

20120512-0.jpg
修履山~弥山の間にて  ※コンデジ撮影

『今日の大峰山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分30秒)


鉄山まではひたすら試練。
そこから先に、おとぎの世界と迷える森が待っていた。


<コース>
大川口-鉄山-鉄山平-香精山-修履山-弥山-弁天の森-奥駈道出合-行者環トンネル西口-大川口


※香精山と修履山はピークを確認できず。

展望ゼロ、嵐のような冷たい風、
低体温症も起こりうる寒さに、ダウンジャケット+レインウェアを着っぱなしだった。(> <)
まさか5月にこんなに寒いなんて。。
大峰のスケールは侮れない。
今日は大川口(おおこぐち)を起点に、鉄山(てっせん)を登って、
そのままバリエーションで弥山に向かい、時間と余力があれば関西最高峰の八経ヶ岳、
さらには行者環岳から大川口に下山する大周回を目論んでいたが・・・。

慣れた道をぼけ~っと運転していたら、無意識に洞川ごろごろ水に着いてしまった。(> <)
気を取り直して天川川合まで戻り、みたらい渓谷から行者環林道(R309)にて大川口へ。
そんなこんなで4時起きしたのに、登山開始は7時50分。
鉄山の取り付き部はいつもロープを張ってあるけど、何も書いてないので乗り越えている。
そこからしか登れないし。。
前に鉄山を登ったのは2010年8月のことである。
なつかしく読み返してみたら、かなりの急登+偽ピークの連続とのこと。
忘れていた延々急登。
大人のジャングルジムよろしく、手も足も使うシーンが多々あった。
最近、朝早くに山を登るのは非常に清々しくて大好きだ。
それにスタミナ十分で、急登で一気に高度を稼ぐのは多いに結構だ。たのしい。
たまに展望も良く、向こうに見える山並みのてっぺんを見るとガスがかかっている。
途中、ややこしいところで小さな山抜けがあって登山道が消失していた。
右から巻こうにも足場が悪く、直登するには直角すぎる。
結局左に回りこんでみたらすんなりクリアできた。(ちょっとした時間のロス)
そんなこなで調子よく登っていると、だんだんとガスのゾーンに入ってきて風も強まってくる。
その風がまた冷たく、いつまでたってもカラダが温まってこない。
鉄山へは東からに西に向かっての尾根歩き。
北側から吹きつける風の冷たさに耐えれなくなって、南側に避難したら風が当たらなかった。
そこではウインドブレーカーの上にレインウェアを着ることにした。
さらに登山を継続していると、空はゴーゴー唸りだしてくる。
この先に展望の良い平なところがあるが、今日のような天候では展望ゼロ。
それどころか、より天候が悪くなって嵐になりそうな様子も伺える。
あと少しで平なところというところで避難して撤退しようかどうしようかと待機。
急に明るくなって視界クリアになったりで悪くなる様子が無いので続行することにした。
平なところは展望もないので素通りし、核心部である鉄山山頂付近のエイリアンゾーン。
樹の枝が怖いほどに張りだしていて、人を飲み込まんばかり。
そんなピークをひとつ越え、二つ越え、鎖ゾーンに差し掛かったところで山抜け。
いちばんの難所?で崩れていたのでどこから通るか、通れるのか思案すると、
右側から登れそうだったのでそこから上がって崩れた部分の上を通って鎖場へ。
なんとかクリアできて鉄山山頂へ。
またまた嵐のように空が唸りだして寒い風が吹き付ける。
当たりは樹氷ができて凍っている。
軽く写真だけ撮ったらすぐにその先へと進む。
ここから未踏の今日の核心部の始まりである。
山と高原地図には破線すらないバリエーションルートなのでGPSと地図をフル活用。
地形図からは読み取れないようなごちゃごちゃしたステージで、
時おり鉄山ルンゼのほうを見下ろすような穏やかな所があったり。
上からはバラバラとエビの尻尾ような樹氷が落ちてくるわ、風は強いはで落ち着けず
先へ先へとどんどん進む。
いつからだろうか、急に穏やかな山肌となって明るく見通しの効く
快適なステージになったと思ったところがかの「鉄山平(てっせんだいら)」だった。
展望があればさぞかし独り占めの昼食スポットだったに違いない。
風はだいぶマシになったものの、あいかわらずのガスと、バラバラ落ちてくる樹氷の下で昼食。
落ちてきた樹氷が鋭利なので指を切った。
カッターナイフが落ちてくるみたいだ。
避難して撤退を検討していたり、山抜け迂回策を考えたりとロスタイムが結構あったので、
鉄山平に着いたのは登りだして2時間50分後の11時40分のことであった。
休憩中、震えが止まらなくなって、インナーにダウンジャケットを着こむ。
低体温症になる状況をプチ体験したような感じとなった。
約45分ほどの休憩の後、登山再開するも、寒くなる一方で、そこから先、下山するまで
ずっと寒く、ダウンジャケットを脱ぐことはなかった。
鉄山平を出てしばらくしてからが良かった。
アルプスか、まるでどこかの庭園を歩いているかのようなおとぎの国のようなステージが続く。
これからがいちばん良いというところで急にカメラが動作しなくなり、そのまま故障してしまった。
以降の写真は動画用のコンデジの画像となる。
とにかくものすごく楽しいステージであった。
弥山まであと2~300mというところで迷える森ゾーン。
展望が無いので弥山の目標物が見えず、GPSに頼っての歩きとなった。
ここは思いの外、脱出に時間がかかってしまった。
14時50分、ようやく弥山に到着。
小屋前に大きなテントが1張、国見八方覗のほうには2張のテントが確認、
登山客は20人くらいは居た。天河奥宮では護摩焚きが行われていて多くの登山者が居た。
弥山も冬の寒さである。
お茶タイムに暖かいコーヒーを二回も作ってカラダをあたためた。
そんなこんなで15時30分の再スタートなるが、こんな時間からだと八経ヶ岳も行者還岳周回もムリ。
行者還TN西口を目指してハイスピード下山。
16:25弁天の森
16:40奥駈道出合
17:10行者環TN西口
そこからの林道歩きはひたすら下りであるからして、折畳自転車でも持ってきて駐輪しておけば
大川口までの移動が楽チンだった。
でも、歩くことによって車では気付けないいろんなものが見え隠れ。
さらには今日登ってきた山域が見渡せ、大峰のスケールの大きさを改めて気付かされたりした。
18:20大川口着で、弥山を出てから2時間50分、行者環TN西口から70分かかって下山完了。
行動時間の長さと寒さから疲れてヘロヘロになって天ノ川温泉に直行した。
それにしても寒い一日だった。

その他の画像は以下より。
Check [ 2012/05/13 19:38 ] 大峰山系 | TB(0) |   コメント(20)

大峰山脈、信仰の山とその痕跡 

20120508.jpg
大峰山脈 大日岳  ※釈迦ヶ岳から一時間ほどのところにある。破線図部分に鎖がある。

大峰山脈が他の山と決定的に違うのは、未だに女人禁制を守り続けるなど、
太古の昔からの信仰の山であること。
その痕跡がさまざまなところから発掘されているようです。
大日岳(大日山ではない)に行った時の事、その急峻な岩場に、
誰が設置したかわからない鎖がかかってあって、
その鎖に身を任せなければ登れない部分がある。
そんなアヤシイ鎖に頼るわけにいかないと思った怖がりな自分は、
迂回して下山路(といっても苦労するところ)からピークに登ってみると、
その鎖はがっちりと安全な部分に巻きつけられてあったばかりか、
鎖のひとつひとつに名前が彫られていた。
これは歴史由緒あるものに違いないと思うと同時に、
そんなことならありがたく鎖を利用して登ってみるんだったと後悔も。
それ以外にも、たとえば稲村ヶ岳の山中には剣が隠されてあったりとか、
探せば他にもいろんなものが発掘できるかもしれない。
そんな想像を膨らませると、ますます大峰山脈のあちこちを歩いてみたくなった。

大和発掘物語:大峯奥駈道/上 山と人のかかわり追究
2012/04/04 毎日新聞 地方版 20ページより引用

 「大日岳という標高1540メートルの山があって、幕末の安政4(1857)年に鎖が架けられているんです。
それを使ってよじ登ると、山頂に『湖州鏡』という中国の鏡が1面、落ちていました」。
山好きの考古学研究者が集い、1991年から活動を続けている「奈良山岳遺跡研究会」。
会長を務める奈良市埋蔵文化財調査センター所長の森下恵介さん(55)が語るのは、
会の発足当初に訪ねた大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)の様子だ。
 大峯奥駈道は吉野山(吉野町)と紀州熊野を結ぶ約180キロの尾根道。
04年に世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」に含まれるこの道には、
神仏が宿るとされている「靡(なびき)」と呼ばれる行所が点在している。
大日岳はこの「大峯七十五靡」の三十五番。
ここに11~12世紀ごろに中国で作られた鏡が運ばれていたことが分かった。
森下さんは「こんな遺物が険しい山のてっぺんで見つかったので、俄然(がぜん)、活気が出てきました」と振り返る。
 「山と人とのかかわりを考古学的に明らかにしよう」と、全国から研究者が集まって
「山の考古学研究会」が結成されたのは87年。
奈良山岳遺跡研究会はその中核的な組織で、関西を中心にしたメンバーが集まり、
吉野・大峯、葛城地域を主な対象にしている。この研究会が初めて本格的な調査に取り組んだのが、
上北山村にある第六十二番靡、笙ノ窟(しょうのいわや)。
標高1450メートルにある自然の洞窟で、平安時代以降、名の知れた名僧が訪れ、文献にその名を残している。
 「91年に笙ノ窟の測量をしたんです。その時、この窟に祀(まつ)っていた仏像の研究を続けてきた村の教育長の
富山尚一先生が『発掘調査してくれませんか』と言いに来られた。
私たちは『発掘調査は大変でっせ』と答えたんですが、地元で財団法人を作って山林管理をされている
『天ケ瀬組』の皆さんから費用も含めて協力すると言っていただいたこともあり、調査することになりました」

20120508-0.jpg
大日岳に近づいて上を見上げるとその威圧感に登るのが怖い。山頂にもスゴイものが設置されている。

20120508-1.jpg
鎖は頑丈で銅製である。よく見ると人の名前が彫られていた。歴史を感じた瞬間である。

20120508-2.jpg
稲村ヶ岳の山中にはこんな剣が隠されていた。

Check [ 2012/05/08 21:25 ] 大峰山系 | TB(0) |   コメント(8)

金剛山 第270回 (2012.5.3) 

20120503-8.jpg
金剛山山頂にて

20120503-7.jpg
雨のさくら祭り会場

<ルート>
登り:タカハタ谷ルート
下山:千早本道

本日は金剛山の「さくら祭り」の日。
回数登山50回以上から会員になれる金剛練成会の行事で、
会員は弁当とお茶が無料配布される他、一般の方でも餅まきや抽選等の参加、
香楠荘等からの露店などを楽しむことができる行事のひとつだ。
諸先輩の誰に聞いても、いままでさくら祭りの日に雨が降った記憶がない
と言われているほど晴れの特異日とされている今日はまさかの雨。
昨日の時点ではもしかして晴れるか、最低でも曇と思われたがダメだった。
例年なら山頂広場は暑くて耐えればうほどなのに今日は山頂では寒いほど。
夏ウェア+傘での行動中は蒸し暑く、霧雨まじりの雨はあらゆるものを湿らせる。

9時25分、まつまさ駐車場から行動開始。
雨のせいか、まつまさ駐車場は比較的空いていた。
大先輩kosiziさん、最近ようやく回数捺印を始めたといううっちぃさんと一緒に登る。
要所要所でkosiziさんにいろいろ花の事を教えていただくも
雨降る中での撮影は困難であった。
ほとんどの登山者はニリンソウの群生が見頃のカトラ谷に行ってしまったようで
タカハタ谷はひと気無しであった。
山頂到着は11時3分。
捺印の待ち行列に並び、弁当引き換え券を受け取りに行く。
みーさんが受付をされていたのでご挨拶。
雨のため、山頂広場で座ってイベントの開始を待つ人はほとんど無し。
ちはや園地へ移動して食事+山談義。
ずいぶんのんびりした後、再び山頂まで戻る。
戻りながらも花を探したりでゆっくり歩き。
一時は曇になっていたが、またまた雨になってきたので千早本道にて下山。
下山完了は17時15分。
kosiziさんには花野草や各地の山の事についていろいろ教えていただいた。
いつもありがとうございます。
そんなこんなで祭りの日だというのに、少し寒い中、
しっとり、しんみり、静かな山登りだった。

その他の写真は以下より。

大杉谷 と 桃の木山の家 

先日の大杉谷行きでは宮川第三発電所~七ツ釜滝間を日帰りでピストンするという
大目標があり、ふつうに黙々と歩く速さで山と高原地図のコースタイムよりも早いペースだった。
終点の七ツ釜滝を目前に桃の木山の家に到着したときはおもわず飛び込んで休憩したいと思った。
登山者ウェルカムな開放感と明るい気に満ちていた。
まずは七ツ釜滝を制覇してから帰りに立ち寄って、できれば休憩しようと思っていたが、
七ツ釜滝の休憩所で30分以上腰を据えてしまった。
そんなわけで、シシ淵まで戻ってのお茶タイムを含めた帰りのコースタイムを考慮すると
七ツ釜滝を出発してまだこれからというところにある桃の木山の家では
今回、残念ながら休憩する時間を作るという心のゆとりが持てなかった。
次にまた行く機会があれば今度こそ立ち寄ってみたいと思う。

秘境大杉谷 http://oosugidani.jp/

大杉谷登山センターブログ http://oosugidani.exblog.jp/


大杉谷復活 苦闘の8年 台風で壊滅 「道なき道」上り山小屋守る
2012/04/29 中部読売新聞 朝刊 31ページより引用

 ◆「桃の木山の家」塩崎さん
 日本三大渓谷の一つといわれる三重県大台町の大杉谷。
登山道の一部開通に合わせて、山小屋「桃の木山の家」も約8年ぶりに営業を再開した。
「ようやく再開できてホッとした。
少しでも多くの人に大杉谷の自然を楽しんでもらえるよう、これからも続けていきたい」。
祖父の代から管理人を務める塩崎紀史(ただし)さん(64)はつり橋をわたって来る登山客を笑顔で出迎えた。
 桃の木山の家は、1940年ごろに塩崎さんの祖父が管理を任された。
その後、父を経て、塩崎さんが25歳で後を継ぎ、妻の三起子さん(65)らとともに、
年間数千人の宿泊者をもてなしてきた。

 ■死も覚悟
 2004年9月、塩崎さんは山小屋にいた。
大台ヶ原の東側に位置する大杉谷は、雨の多い地域として知られる。
その雨が、深いV字の谷、豊かな緑をはぐくんできた。
しかし、その日の雨はこれまでに経験したことのない激しさだった。
 「濁流が山小屋の正面に架かっているつり橋を乗り越えんばかりだった。
周辺の山があちこちで崩落し、一時は死も覚悟した」。眠れぬ一夜を過ごし、
翌日に崩れた林道を約10時間かけて歩き、紀北町の自宅に戻った。
 台風から10日後、山小屋に向かった。
登山道は谷沿いの至る所で寸断され、つり橋も流されていた。
幸いにも建物には大きな被害がなく、「3年ぐらいすれば復旧するだろう。
焦っても仕方ない」と自らに言い聞かせた。

 ■自然の力実感
 自宅近くの山や熊野古道を歩き、体力の維持に努めながら、毎月、道なき道を上って山小屋に行った。
「いつでも再開できるように」と、風を通しに行ったり、掃除したりしていた。
しかし、環境省や県の復旧工事は手間取った。
常連客からは「いつから営業するのか」という問い合わせの電話が寄せられた。
 「管理人をやめる気はなかったが、焦りはあった。
昨年秋にやっと山小屋から少し下流のつり橋が完成し、再開のめどが立った時はうれしかった」
 台風21号から8年。大杉谷はこれから緑の季節を迎える。
「8年前の台風で山肌をさらしていたところも多かったが、以前の大杉谷に戻りつつある。
自然の再生力を改めて思い知った」と塩崎さん。
新緑と清流の中で、三起子さんとともに、登山者をもてなす毎日が再び始まった。
 
 〈巻き戻し〉
 2004年9月29日に九州へ上陸した台風21号は四国、本州へと相次いで再上陸。
全国で26人が死亡、1人が行方不明となり、92棟が全壊するなど住宅被害も2882棟に上った。
三重県宮川村(現大台町)は記録的な豪雨に見舞われ、気象庁によると、
1時間あたりの最大降水量は139ミリに達した。村内の各地で土石流が発生。
6人が死亡、1人が行方不明となり、48棟の家屋が全半壊した。
Check [ 2012/05/02 22:05 ] その他 | TB(0) |   コメント(2)

金剛山頂の気温

金剛山の一日  
このブログ内の検索
 
更新日カレンダー
04 | 2012/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
プロフィール
こんちくわ。
キバラー
と申します。
ほぼ毎週金剛山をメインで
登っています。
飽きっぽいのか色々やってきて
自転車→オフロードバイク→
大型バイク→登山へと変化し、
その間、
テニスやスキーにハマった数年間。
キャンプは今でも細々と。
今は山に全力で年中夢中
ヤマ仲間
バックナンバー
月別アーカイブ