生駒山系に連なる金剛・葛城山系の主峰『金剛山』から始めた山登り。その時々で気になる山へ、気の向くままに・・・

初日の出とぜんざい 

金剛山の初日の出のベストポジションは何と言っても「展望台」だ。
ちなみに新聞報道では金剛山での初日の出は6時50分となっている。
当日は金剛山ロープウェイが元旦の朝は5:00から運行したり、
ちはや園地ログハウスでは先着順にぜんざいなどの振る舞いがあるらしい。
どうやら初日の出と登山とぜんざいという組み合わせ、
全国的的にあちこちの山で行われているみたいであるが
「初日の出×ぜんざい」にいったいどういう関係があるのだろうか。
答えはまだ見つかっていません。

ところで、2012年元旦の初日の出はどうやらきびしい模様。
なんとか好転してほしいものですね。

初日の出、難しそう 年末、北日本中心に大荒れの恐れ
2011/12/28 20:47 朝日新聞速報ニュースより引用

 気象庁は28日、年末年始(29日~1月4日)の天気予報を発表した。
30日から31日にかけては発達した低気圧の影響で、
北日本を中心に猛吹雪など大荒れの天気になる見込み。
1月1日は全国的に曇りの所が多くなるという。
 気象庁は、帰省の際の交通障害や、今月下旬の大雪の影響で起きやすくなっている
雪崩などに気をつけるよう呼びかけた。
気温は全国的に平年並みの予想。日本海側では雪や雨の日が多く、
太平洋側は晴れの日が多そうだという。

金剛山 第257回 (2011.12.24) 

※この記事は公開後、都合によりに画像を差し替えました
20111224-14.jpg

『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分35秒)

<ルート>
登り:ババ谷(駐車場)(9:00)~五条林道~(ダイトレ)~高谷山~中葛城山~
    久留野峠~ちはや園地(香楠荘)<昼食>(11:30-13:40)~金剛山頂(14:00)
下山:金剛山頂(15:50)-ババ谷(駐車場)(16:45)


先週末に、金剛山頂売店でアルバイトされている「みーさん」にと会う予定がすれ違いとなった。
この週末に再び金剛山に行かなければと思いつつも六甲山系のこんなところとかが気になっていて
迷っているところに山友から24日は金剛山に登るという知らせがあったので、
それならばと行き先を金剛山に決定した。
いろんな方に声をかけていただいたようで、途中参加、途中下山される方を含めて10名ほど。
詳細はブログ「ぱろやんの金剛登山」のぱろやんさんのほうでもレポートされてらっしゃいます。
せっかくのクリスマス・イブなので山頂売店をほとんど借り切って茶話会となった。

<お久しぶりな方>
 ぱろやんさんとは5月3日のさくらまつり以来の半年ぶり。
 arajinさんとは3月6日の龍門山以来の9ヶ月ぶり。
 みーさんとは7月7日のれんげ大祭以来の半年ぶり。

午前9時、ババ谷駐車場裏を起点に五条林道から。
メンバーは、yossiさん、キーコさん、うっちぃさん、ぱろやんさん、神戸の段取り八分さん、
そして今回初登場期待の新人でダイビングにスノボにカメラにまで明るい万能選手、神戸のミカさん。
そして最後に私の7名でスタート。
五条林道は幅広の未舗装路で、途中、小さな山に向いて支線が右にも左にも出ているので迷いやすい。
登山というよりワイワイとピクニックにでも行くような感覚でおしゃべりしながら歩くので距離感がまったくない。
あれよあれよという間に暑くなって上着を脱いだり、ほれほれという間に「千早峠」に到着。
登ってきたという感覚がまったく感じられない。
何をするともなく千早峠で休憩?!何をするために立ち止まっていたのか記憶にない。
「千早峠」を再スタートするといよいよダイヤモンドトレール歩きとなって登り基調となる。
先頭が段取八分さんだと速い。
ペースメーカーの先頭にピタっとミカさんが追従。
パワフルだとウワサで聞いてはいたが、先頭がいくらピッチを上げても振り返ると真後ろに居たりするほど。
本当に底無しパワーのポテンシャルの持ち主の予感。
人数も多いので12時に香楠荘到着目標で3時間を設定していたが、
ベテラン揃いということもあってずいぶん早く着きそうなのでペース調整。
それにしてもダイヤモンドトレールの冬の霧氷シーズンは美しい。
歩いていてご機嫌だ。
雪がもっと積もっていたらさらに魅力的だったことだろう。
高谷山を過ぎたあたりから工事をしている音が聞こえてくる。
確認してみると、植林を伐採して、今、まさに林道を開拓しているところであった。
もしかして、あの久留野峠にできた新しい林道がここまで続いているのか?
だとしたら、わざわざアップダウンのあるダイヤモンドトレールを歩く価値が半減してしまう。
もっと言うと、来年の「チャレンジ登山大会」はどうなる?
タイムアタックにこの林道を利用されてしまうと大幅なショートカットができてしまうではないか。
なんとも複雑な気持ちとなりながらも中葛城山を目指す。
中葛城山周辺は東側の五條市への展望が開けていて開放感がある。
久留野峠の急坂を下山して再び登り返しで「ちはや園地」へ。

11時30分、予定より30分早く香楠荘に到着。
家族連れで混んでいるかと思ってたらガラガラ。
雪のシーズンであれば待ち行列ができるほどなのに、クリスマスだから?年末だから?雪がまだ無いから?
香楠荘では先週末にも食べたばかりの「カレー南蛮定食(白ごはん)」を。
メンバーの注文したメニューを眺めるとカレー南蛮率が高くて驚いた。
ゆっくりと時間を過ごしていたところで、ぱろやんさんと段取八分さんが時間の都合でお別れとなる。
ほぼ入れ替わりのタイミングで、石ブテ東谷ルートを登ってこられたarajinさんが登場。
近場の低山を歩き尽くされている大ベテラン入ってのルート談義。
そんなこんなで香楠荘で2時間近く過ごしたところで山頂売店にいるみーさんから電話。
先週末は14時でも満席だった売店が空いているということで山頂へ移動開始。
先週末とは打って変わってガラガラの山頂に山頂売店。
山頂14時の気温はマイナス3℃。
国見城址広場で記念写真を撮ったら、寒さに追い立てられるように売店に避難。
売店ではみーさんが用意してくださったロールケーキに山頂売店のおいしい珈琲、
そして持ち寄った菓子類でクリスマスパーティー。
一瞬であったが、マジックアイゼンでお馴染みのピノプランの方も参加。
山頂売店でも2時間近く過ごし、15時50分、ババ谷ルートにて下山。
なんとかアイゼンを使うことなく一日過ごせた。
今日ご一緒いただいたみなさま、どうもありがとうございました。

その他の画像は以下より。

「奥河内」効果か?!金剛山への登山者が急増中。 

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ちかくて、ふかい「奥河内」

最近の金剛山頂は目に見えて活気づいている。
ほんの2,3年前とは明らかに違う。
特に午後からともなると、以前はお昼を山頂で済ませた登山者はそそくさと下山してしまって閑散としていたのが、
今では夕方遅くになってもにぎやかな様子である。
「奥河内」効果なのか、どうやら今年になって激増したように思う。
展望のほとんど無い金剛山の楽しみは多くの登山道、
縦走のできるダイヤモンドトレール。
それに金剛山の強みは何と言っても登山回数記録システムだ。
六甲山系のようなメジャーな山域となることも今後は期待できそうだ。

[クロスロード・おおさか]「奥河内」売り込み作戦
2011/12/11 大阪読売新聞 朝刊 31ページより引用

 ◆急増する山ガールをターゲット 自然を散策、ランチや温泉も満喫 
 河内長野市が、金剛生駒紀泉国定公園の金剛山(1125メートル)や岩湧山(いわわきさん)(897メートル)など
府南東部の山間部を「奥河内」と名付け、観光キャンペーンを展開している。
奥日光や奥多摩など「奥」を冠した有名な観光地に倣い、「豊かな自然をじっくりと味わえる景勝地」という
イメージを定着させ、観光客らを呼び込もうとの狙いだ。
ターゲットは、近年、急増している山ガールたち。
温泉やスイーツも楽しめる山歩きを企画するなど、女性たちの心をつかもうと工夫を凝らす。
 
 11月上旬。ススキの穂が揺れる岩湧山山頂付近を、色とりどりのアウトドアウエアで身を包んだ
女性たち20人が散策した。
市と、アウトドア用品メーカー「モンベル」(大阪市西区)が共同で初めて開催した
「女性のための錦秋の岩湧山トレッキング」。
5キロを4時間かけて歩き、秋の奥河内を満喫する企画だ。
 山頂から大阪湾を一望した後、参加者は下山口にあるキャンプ場で鶏肉のトマト煮込みなどを食べ、
バスで近くの天見温泉に移動。旅館で温泉に入り、あんみつやケシの実のパウンドケーキを味わった。
 30歳代の女性は「岩湧山を知らず、ランチに引かれて参加した。
ススキがきれいで、大阪南部にも良い山があると知った」と満足した様子だった。
     ◇
 河内長野市によると、市内の25の宿泊・観光施設を訪れる観光客は年間約100万人。
近年は横ばい状態が続く。
兵庫・六甲山系では登山をする若い女性の姿が目立ち、
市の担当者らが昨夏、「河内長野にも来てもらうにはどうすればいいか」と協議。
隣の千早赤阪村の金剛山を含めて、付近の山間部一帯を奥河内と命名することを思いついた。
 奥日光や奥多摩など「奥」がつく地域には、普段の生活では触れることができない
豊かな自然が残るイメージがある。
河内長野市も、市内の7割を森林が占めており、「奥」と呼ぶのにふさわしい。
一方で、大阪・難波から電車で約30分で到着でき、利便性も高い。
市の担当者は「自然に興味があるが、遠方まで登山に行くのはハードルが高い
という女性たちにアピールできると考えた」と振り返る。
 奥河内の名称は、市がイベントなどで積極的に使用し、徐々に浸透。
今年は、人気モデルが奥河内を訪れるパンフレットを作成、
南海難波駅や近鉄阿倍野駅などに約1万部を置いたところ、1か月でなくなった。
11日に開く2回目の女性限定のトレッキングも、定員20人を上回る申し込みがあった。
     ◇
 奥河内の魅力は自然だけではない。温泉の他、歴史的な見所も多い。
国宝・金堂などを有する観心寺は、パワースポットとしても注目が集まる。
市はこうした魅力を知ってもらおうと、千早赤阪村と共催で、奥河内をテーマにした写真コンクールを企画、
21日まで作品を募集中だ。
 市産業活性化室は「おしゃれなイメージを演出し、まずは女性たちに気軽に楽しんでもらい、
やがては男性も含めて多くの人でにぎわう地域にしていきたい」としている。
  

金剛山 第256回 (2011.12.18) 

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天が滝の旧登山道にて ※天が滝の近くを通らないルート

新ルート発見。

<ルート>
登り:駐車場-旧道-天が滝新道合流-伏見峠-金剛山頂
下山:金剛山頂-ちはや園地(香楠荘:昼食)-小和道(石寺跡道)-駐車場


金剛山の奈良側にある山麓線を南へと車を走らせ、
手づくりハム&ソーセージ工房「ばあく」の案内板が見えたら右折して登っていく。
途中の分岐は「ばあく」が右側なのに対して左側を行く。
最後まで詰めたところに10台以上は収容できる整備された無料の駐車場がある。
奈良側では数少ないマトモな駐車場のひとつだ。
ここに来たのは2年ぶりである。
今回は前回同様、ふつうに「天が滝新道」を登って「小和道(石寺跡道)」を
下山する予定であったが・・・。
前回の小和道下山では、下山後に山麓線まで下りずに駐車場へと戻ろうとして
失敗したあげく、山麓線から大回りするという辛酸を嘗める結果となった。
今回はそのリベンジという強い決意を持って望んだ。

(前回)金剛山 第162回  (2009.11.7)  ※あ~ちんと。
(失敗した下山後)天ヶ滝新道ルート・小和道ルートの真実

今朝は地域の一斉清掃があったので出遅れ、駐車場に到着したのが午前11時。
すでに8台くらいの車が止まっている。
ふつうに登山開始と思いきや、周りを見渡すと左に橋があり、荒れてる様子もない。
それと、車で登ってきた道がどこまで続いているのかも気になる。
前回は天が滝新道を登るのが目的だったので、他のことには気を取られなかったが
今日はそうはいかない。
他の2本の気になる道のうち、駐車場の左の橋を渡る道を歩いてみることにした。
その道は進むべき方向とは逆方向へと向かっているが、
地形図や山と高原地図をよく見ると、旧登山道らしい破線が付いているので
おそらくそれであろうという確信があったから行ってみる気になったまでである。
雑草伸び放題で荒れていたら引き返そうと思っていたが、
それなりの道幅のあるしっかりとした登山道になっていた。
登り始めてすぐ右手に堰堤(確認しにくいが)があるところを過ぎると分岐があった。
方向的には右へ進むほうがショートカットになりそうだが、
幅の広いほう、つまり道なりにつづらを登ることにした。
天が滝新道のほうは整備が行き届いていて実に歩きやすい道だ。
それにもかかわらず不人気なのはこれと言って目を楽しませてくれるような変化が無い点につきる。
かろうじて「天が滝」というのがあるにはあるがルート上ではない。
さて、今歩いているルートもこれと行って何の変化もなく高度だけが徐々に上がって行く。
途中、またしても分岐があり、左へと行ってみたところ途中から下っていきそうなので引き返す。
陽の当たるところは夏場に雑草が生えていたのであろう、ルート上に少しばかり生えている。
歩き進むのに障害になるような要素はほとんど無いまま、
つづらが終わって等高線がおだやかになるところで林道?らしい道に合流した。
軽トラでも走ったのであろうか、車のタイヤの跡と思われる轍が続いている。
その林道っぽい道を歩きながらGPSで軌跡確認すると旧登山道の破線どおりな感じ。
家に帰ってから昭和56年の山と高原地図を見ると、この道こそが昔の登山道だったようだ。
広くて快適な道を気持ちよく歩いていたら、639mピークに気づかずにうっかり通りすぎてしまった。
松の木が多いのか足元には松の枯れ葉でフワフワ。松はいい匂いがする。
途中に謎の分岐があったりで気になりつつも林道を詰めた所で「天が滝新道」と合流。
2年前の記憶が蘇ってきて見覚えのある道。
快適に登山道を歩いていたら、またしても752mピークに気づかず。
だんだんとまた急な登り基調に変わって行く。
途中、何度も分岐ルートが登場して気になりまくり。
帰ってから山と高原地図を見ると、ダイトレに合流する手前が大きく「く」の字に折れている。
この遠回りな部分をショートカットするルートが作られていたのだろう。
地形図を見てみても、グレーの破線から大きくずれている。
このグレーの破線に沿ったルートも存在していたに違いない。
潤沢に水の出ている「新欽明水」を過ぎてしばらく登るとほどなくダイトレに合流。
思い返せばなかなか長い道のりだった。
11時10分スタートでダイトレ合流が13時ちょうどなのでゆっくり歩きでほぼ2時間だった。
あとは伏見峠を経由してちはや園地の横を通って道なりに歩き、
湧出岳への分岐では久しぶりに湧出岳のほうへ行ってみた。
わざわざこんな所を歩く人なんか居ないだろうなと思っていたら前方を歩く単独男性がいらっしゃった。
湧出岳のそばには「葛城第21経塚」がある。
また、奈良側を夜に灯す「表忠灯」がある。(大阪側を灯すのは国見城址広場にある国見灯)
そんなこんなで山頂売店に14時近くに着くように時間調整をした。

13時45分、金剛山頂到着。
捺印を済ませて売店へ向かう。
売店ではあのチーム火曜日の「みーさん」が土日祝は食堂で働いていらっしゃるはずが・・・いらっしゃらなかった。
12月31日に年越し登山&ぜんざい炊き出しする予定なので、
大晦日に自力で登ってこられる奇特な方がいらっしゃれば多少の準備があります。
奇特なというのは、昨年の大晦日は大雪で登山口まで来るだけでもハードルが高く、
チェーンやスタッドレスタイヤの準備が無いとたどり着くのが不可能なドカ雪でした。
そういえば今朝は6時に朝食を摂ったっきりでかれこれ7時間近く何も食べてない。
腹が減ってぐーぐーなので香楠荘へと急ぐ。
今日はどうしても香楠荘のカレー南蛮定食が食べたかったのだ。
葛木神社の下を通りかかった時、ちょうど神社から下りて来られた若い男性。
ブログ「郷愁エントランス」の管理人おの@あびこさんでした。
博士論文の執筆のためにしばらく山を休んでおられて今日は久しぶりのリハビリ登山だったとか。
挨拶もそこそこに失礼しました。
香楠荘へは展望台経由でまたしてもわざわざ遠回りして到着が14時17分。
念願のカレー南蛮定食にありつけたのは14時25分のことであった。
7時間ぶりに口にする食事はどれほどおいしかったことか。
カレー南蛮定食っていうと通常はかやくご飯が付いてくるのであるが、
これがイマイチなぜかカレー南蛮と相性が悪い。
そのため、金額は変わらないがいつも白ご飯に変更してもらっている。
本来にメニューにない組み合わせなど融通が聞いたり、
何か注文さえすれば、持ち込みしたものも食べてもよい自由度。
そしておかわり自由のあたたかい蕎麦茶。
冬場のオアシスである香楠荘では至福のひとときというほかはない。

15時15分、下山開始。
まずはちはや園地キャンプ場のトイレ前から伏見道に取り付く。
小和道の分岐までは伏見道を歩く。
伏見道は決して誰も歩かない道ではないが荒れている。
実はこの伏見道を小和道の分岐から先が金剛山では唯一未踏のルートのままである。
今回もそれを見送りながら小和道(石寺跡道)のほうへと分岐する。
この分岐ポイントが前回にはわからないところであったが、
たまたま通りかかった男性に教えてもらった。
道が分岐しているのではなく、盛り上がったところを乗り越えなくてはならず、
通常ならそんな盛り上がりの向こうにルートがあるなんて気づかないところだ。
深くえぐれて荒れている旧の小和道を注意深く目で追っていると見落とすことはないのだが。
小和道はというと薄暗い植林の中を行くものの障害も無くスムーズである。
テープなどの目印を見落とさないように旧の小和道を意識しながら歩くと迷うことはない。
「葛城第20経塚」のあるところからは様子が変わる。
登りで歩いた天が滝新道は谷を挟んですぐ隣なのに谷が深く、簡単には渡れない。
ふたたび植林地帯に入ったところで「高宮廃寺跡」への分岐。
5分ほどで行けるようなので、せっかくなので行ってみた。
植林地帯の中、そこだけぽっかり陽の当たるオアシスのように明るい場所に
高宮廃寺跡の石碑が立てられていて、まわりには柱の基礎だったと思われる
石の台座があちこちにある。
この石碑が立てられた時点で昭和4年なので、
高宮寺があったのは明治か江戸時代だろうか。
再び下山へと転じ、植林の中の林道をひたすら歩いて民家のあるところに出た。
今回はここからが核心部。
前回の失敗をしないように地形図にGPSを確認しながら歩いたつもりが
山麓線が近づいてきたところで失敗に気づくも、
GPSにも地形図にも歩いている道が表現されていない。
これはピンチと思ったところでふとひらめいてスマホを取り出した。
GoogleMapsで現在地を確認して拡大していくとちゃんと道が出ている。
それに気付いたポジションがすでに行きすぎていたので登り返して戻る。
そして通行禁止かと思われたところがイノシシ除けの柵であることがわかり、
あれよあれよと畜舎のそばにでたかと思うと道なりに歩いて無事ショートカット成功。
2年前には無かったスマホという武器がなければ今回もまた山麓線周りするところだった。
下山完了は17時ちょうど。
なかなかたっぷり歩いたが、金剛山は基本的にアップダウンが無く、
登ってたら下りるだけなので楽ではある。アップダウンがあるとつらい。

その他の画像は以下より。

六甲山と外国人 

六甲山系は金剛山の半分ほどの標高の山の集合体であり、
単にひとつのピークを目指す登山とは違ってバリエーションと変化に富んでいる。
山と高原地図掲載の一般道だけでも複雑なのに、地図に無いマイナールートなどを含めると
無限の組み合わせができてしまうんじゃないかと思うほどだ。
六甲山を日常的に登っている人は、他のどの山にでも対応できるのではないかと思えてくる。
また、公共交通機関を使って登りに行くと、元の場所に戻らなくても良いというだけでなく、
その時の気分と体調に合わせて自由にコースを組み合わせ、
やめたくなったら、いつ、どこでエスケープしても交通の便には困らないという懐の深さ。
それらは日本人のみならず外国人にも愛されてきたようだ。
キャッスルウォール、イタリアンリッジ、ブラックフェースといったクライミングスポットや
トゥエンティクロス、カスケードバレー、アイスロードなど登山道にまで付けられたカタカナ文字。
元々六甲山はどんな山だったのでしょうか。

以下のような新聞記事がありました。

はげ山だった六甲山 先人が築いた“人工の森”
2011/10/24 産経新聞 大阪夕刊 9ページより引用

明治初年、六甲山ははげ山だった。今、私たちが市街地から眺める緑豊かな山容からは想像もできない。
しかし明治14年、わが国を代表する植物学者、牧野富太郎博士は、土佐から初めて東京へ行く途中、
六甲山を見て、随想『東京への初旅』に書いている。
〈私は瀬戸内海の海上から六甲の禿山(はげやま)を見て、びっくりした。はじめは雪が積もっているのかと思った〉と。
荒廃した主な原因は、安土桃山時代に豊臣秀吉が大坂城築城のために大量の大木・石材を伐り出し、
その見返りに「草木採取勝手たるべし」と布令したことによるといわれている。
明治33年、コレラなどの伝染病の流行から上質な水を供給する目的で、六甲山には布引貯水池が建設されたが、
大雨のたびに流入する土砂に悩まされ、町も度重なる洪水に大きな被害を受けていた。
それで水源涵養(すいげんかんよう)と砂防のための植林が明治35年、
六甲山系の一角をなす再度山(ふたたびさん)を中心とする地域で始められた。
したがって、今、私たちが登り、眺める六甲山は、先人たちが岩と砂の山に万里の長城のような砂止めの石垣を築き、
一本いっぽん苗木を植えてきた、人工の森なのだ。
                 □ 
 初植林から約半世紀、昭和初期の六甲山や日本アルプスを舞台に、新田次郎は単独行の登山家、
加藤文太郎をモデルに『孤高の人』を書いた。
その冒頭は、神戸市街地を望む高取山の山頂から始まる。
彼は、神戸の町から見た六甲山の春秋を〈色が踊る〉緑豊かな山々として、会話の中で登場人物に語らせている。
ところで、六甲山にはトゥエンティクロス、シュラインロード、シェールロード、カスケードバレー、
アイスロードなど横文字の登山道が多い。神戸居留地の外国人がつけた名前だ。
彼らは出勤前に毎朝、背山(はいざん)に登り、休みの日はハイキングや軽い登山をするなど
季節の折おりにレクリエーションを楽しんだ。
その外国人のまねをして登ったのが、今日でも市民の間に盛んな「毎日登山」だ。
「毎日登山発祥の地」の碑のある再度山の善助茶屋(現在は碑のみ)では音楽を聴き、
紅茶やトーストなど欧風の朝食も用意されていたと聞く。
その辺に庶民の隠された楽しみがあったのかもしれない。
また陳舜臣の『神戸ものがたり』の「布引と六甲」には、外国人の毎日登山の「習慣」と、
隠された本当の楽しみとして布引茶屋のスリーグレーセス(三美人姉妹)に会うために
毎朝早起きして山に登ったという恋物語が紹介されていておもしろい。
欧州人は日常を巧みに楽しみに変えようとする。
私たちも人生を謳歌(おうか)するために、人を恋し、山に登ろう。
しかし、六甲山は油断したら、怖い山だ。日常鍛錬や準備は怠りなく楽しもう。
                 □ 
 今年もいよいよ紅葉の季節。
六甲山の紅葉は山本周五郎の『須磨寺付近』や山崎豊子の『華麗なる一族』にも出てくるが、
私は紅葉の中の「湖」をお薦めしたい。
生田川の源流の「獺(かわうそ)池」や摩耶山に近い「穂高湖」。
保久良山から金鳥山を経てその奥の風吹岩近くにある「雄池」などは、“隠れ湖”のような感じがして、
紅葉を映した静寂の中で、ほっとしたひとときを過ごせると思う。
 緑豊かな六甲山にする植林は、今年で約110年が経過したが、
最後にこの努力は国、兵庫県、神戸市など行政の力だけでなく、「毎日登山会」の植林活動など、
山を愛する多くの市民が参加して行われてきたことを書いておきたい。
まさに六甲山は市民とともにある「ふるさとの山」だ。
 しかし、人工の森が安定するには、人の手を借りながらあと100年かかる。
阪神・淡路大震災でも厳然と存在し、被災者の心のよりどころとなった六甲山を立派に
子孫に引き継いでいくことが、今を生きる私たちの務めだと思う。
Check [ 2011/12/14 22:16 ] その他 | TB(0) |   コメント(2)

六甲山系 摩耶山 (2011.12.11) 

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摩耶東谷にて  ※左から、yossiさん、キーコさん、Takeshiさん、段取八分さん、うっちぃさん、キバラー

『今日の摩耶山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分33秒)


摩耶山もやっぱりワンダーランドだった。

六甲山系は一般登山道、山と高原地図に無いマイナールート、バリエーション、旧登山道と
縦横無尽にルートがあって複雑極まりない。
兵庫県在住で六甲山系に詳しい段取八分さんこと段八さんに今回も案内してもらった。
ちなみに今回で4回目となる「段八ツアー」である。

【過去の実績】
【第一回】 六甲山 (2011/03/12)
【第二回】 六甲山 <第二弾> (2011.4.3)
【第三回】 須磨アルプス (2011.5.21)

王子公園スポーツセンター駐車場(一日最大1,100円)を8時10分にスタート。
スタート地点の標高は70mで、摩耶山の標高698.6mまで登るというから
高低差約600mとなるので、金剛山をまつまさから山頂まで登ったのとほぼ同じ。
しかし今回はバリエーションを交えてアップダウンを繰り返すという。
アップダウンは苦手。(> <)
一度登ったら水平移動か、あとは下山するだけというのが理想な軟弱者である。

まずは住宅街を歩いて青谷道の取り付きへ。
青谷道の登山口から登り始めるとすぐに神戸の海が見えてすがすがしい朝。
ほどなくいきなり登山道をそれてバリエーション突入。
ちゃんと踏み跡があることから、段八さん同様に登山道を知り尽くした人が歩いているのだろう。
ただひたすら段八さんに付いていくだけで、山と高原地図で言うところの
青谷道と上野道の間の尾根のどこかを登っているのだろう。
送電線の鉄塔の下を2度通過するとちょっとした広場があった。
地図には出ていないようだがこの広場からも登山道があちこちに通じている。
GPSさえあれば行きたい方向に進めると思えるほどどこにでもルートがある。
裏を返せば迷路である。
広場を出てほどなくバリエーションで激下り。
いつのまにか上野道を越えて100m以上は下っただろうか。
まやロープウェイの下をくぐって摩耶東谷へ出た。
堰堤に出ると明瞭なルートがあった。
登り返すと心霊スポットにもなっているという廃墟の摩耶ホテルがあるという。
堰堤を下るとちょっとした滝があって昔は行場だったらしい。
そこからは東谷を遡行する。
大きな堰堤を巻いたかと思うと2つめの堰堤は中央が割れているめずらしい堰堤だ。
さらにさらに登っていくと巨大なゴルジュのような岩場。
その岩場を詰めると設置されてあるロープを使ってほぼ垂直に10mほど登る。
そこからはバリエーションで道なき道を行き、まやロープウェイ山上駅に通じる
山と高原地図で言うところの破線ルートに合流し、
丸太階段の急登を登ってついに掬星台(きくせいだい)に到着した。
スタートしてから3時間25分後の午前11時35分の事である。

展望は抜群で、夜景のスポットでもある広場である。
屋根付き広場では大勢の登山者が昼食を摂っている。
たまたま空いていた1つのだけあったテーブル付きのベンチでお昼にした。
登っているときは汗をかくこともあったが、やはりこの季節はじっとしていると相当寒い。
フリースを着込んであたたかい昼食を摂っていてもカラダがすぐに冷えてくる。
昼食時間は45分程度。
下山では、まずは摩耶山山頂の三角点の確認に。
三角点があるところがピークだと思い込んでいたら、三角点より高い部分があり、
三角点は必ずしもピークを意味するわけでなはいと先輩yossiさんから教わる。
下山ルートは六甲全山縦走路を少しだけ歩いた後、またまたバリエーションで老婆谷(ばばだに)を行く。
あまりの激下りで滑って転倒も。
相当下ったという気になって到着したところは「行者堂」。
まだ半分にも達してないことが判明。
そこからもバリエーション併用で学校林道の東山ピークの近くに合流。
ここからバリエーションで王子公園まで下山する予定であったが時間も十分あったので、
新神戸駅の上を通る旧摩耶道を歩いたりバリエーション併用したりで「雷声寺」に到着すると
紅葉まっさかりで美しく、しばしお茶をして休憩。
のんびりにわか再出発し、住宅街、5階建ての布引中学校の横を歩いて新神戸駅の上へ到着15時10分。
新神戸駅の跨線橋の上でおよそ40分ほども新幹線の往来をずっと眺めていた。
段八さん、Takeshiさんとはここで別れ、王子公園まで歩いて戻った。
駐車場到着16時15分。
案内無くしては歩けない摩耶山の魅力を堪能できた一日だった。
段八さん、ありがとうございました。

その他の画像は以下より。
Check [ 2011/12/12 22:18 ] 六甲山系 | TB(0) |   コメント(16)

モンベル 『コンパクト ヘッドランプ』 

20111207-4.jpg
モンベル「コンパクト ヘッドランプ」

予備用ヘッデンに最適。
なんと単三電池1本でOK!
最大の特徴は黄色い光、電球色のLED?


人はどうして暗いところが怖いのだろう。
どうして明るく照らすモノが好きなのだろう。
これらは密接に関係しているのかもしれない。
自己防衛本能なのか、ライトはどこか秘密兵器的な魅力があるのだろう。
いや、豆電球に乾電池ならそれほど関心は無かったと思う。
新世代の白色LED光源に加えて、最先端のeneloop充電池
という最強の組み合わせがあるからかもしれない。
単なる新しいもん好きという言葉で片付けてしまえるような。

このモンベルのコンパクトヘッドランプ、
もっと前に狙っていたのに店頭に出回りかけてすぐにあの大震災があり、
これに限らず懐中電灯が市場から姿を消すほどに品薄になってしまって
ようやく最近になって出回りはじめたので衝動買い。
2,000円とリーズナブルな価格であるので予備のヘッデンとして最適。
どうして予備なのかというと、単三電池1本ではそんなに明るくない。
山でヘッデンが必要という状況はかなりの暗闇。
あまり明るくないと、わりと明るいにくらべて恐怖感倍増。
明るさで精神的な安心感も変わってくるというものだ。
ちなみに、いちばん明るいモードにしても、
今、使っているスマホのLEDライトの明るさに及びもつかない。
スマホのLED、ものすごく明るい。
じゃあこの予備用のコンパクトヘッドランプの立場は?
買い物失敗か?
いや、ヘッドランプは頭に付けてこそなのだ。
両手がフリーになるアドバンテージは高い。
どうして予備がいるのかというと、
たとえばペツルで突然故障することが多発したモデルがある。
暗闇の山でヘッドランプが無ければまったく行動できなるのだからバックアップは必要。

20111207-1.jpg
※モンベルのサイトより引用

ところでいちばん期待していた電球色なのにLEDという点であるが、
ぜんぶ電球色で光るんだと思いきや、ちっこい補助灯のほうだけだったのにはちょっとがっかり。
もしかして補助灯はキセノン電球そのものじゃないか?と疑ったがちゃんとLEDであった。

ちなみにメインのヘッドランプはいまだに
2008年に購入したブラックダイヤモンド「ジーニックスIQ」が現在でも現役でノントラブルだ。
ブラックダイヤモンドといえばテント泊用のランタンとして、以前に「Orbit(オービット)」も導入した。

ランタンなんてヘッデンで代用できそうなものであるが、
LEDの光源は直進性が高いので、
光が広がるように作られた行灯(あんどん)ならぬランタンはやっぱりあると便利。

20111207-3.jpg
単三電池1本仕様だ。

そういえば充電池のeneloopが新モデルになって11月14日に発売されたばかり。
新モデルではマイナス極に使用している水素吸蔵合金の改良とかで、
自然放電抑制性能がさらに向上したという。
eneloop plusという価値のよくわからないモデルも追加になった。
なんとこのeneloop plus(1,900mAh)はeneloop pro(2,400mAh)より高いのだから、
それなら普通はeneloop proのほうを買うよなぁと思いつつもひやかしで買ってみた。

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elenoop plusはeneloopの高級版?!
Check [ 2011/12/07 22:04 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(6)

台高山系 倶留尊山 (2011.12.4)  

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曽爾高原

およそ3年ぶりに曽爾高原を尋ねてみた。
これまで曽爾高原付近を山として意識したことはなかったので、
今回はその点をじっくり意識して歩いてみた。
それにしても曽爾高原は大阪からほんとうに近くなった。
特に曽爾村に入ってからの道路の整備が著しい。
3年前にバイクツーリングで来たときにはあちこちでトンネル工事中の最中だった。
トンネルが出来る前の道はくねくねアップダウンで狭い山道。
今回、それらすべてが完成しており、時短と燃費に大きく貢献。
大阪松原から西名阪道に乗って針IC経由で榛原を抜けるルートだとおよそ一時間半で来れる。
今回はちょっと出遅れたので曽爾まで遠征するかどうか迷ったが、
一日がかりで歩くような山域ではないのと、久しぶりに行きたいという気持ちもあって決行。
前夜まで雲行きがはっきりしなかったのも影響。

曽爾村に入ると、途中、屏風岩に兜岳、鎧岳が眼前に迫ってくる。
屏風岩はいままでその存在を知らなかったが、
実際に確認してみると、垂直の壁が大規模に広がっていて圧巻だった。
鎧岳は曽爾に来るとかならず目に付く圧倒的威圧感のある尖った山で、
絶壁面がこちら側に向いているので、眺めているだけで恐ろしい。
あんな山に登ることができるのか?と思っていたら、
段平の山登りと家庭菜園の日記の段平さんや、低山徘徊者の徒然日記ののぶさん
そしてさらにブログ「あほな人の山日記」のdanashiさんがすでに登ってらっしゃった。

午前11時半、源泉掛け流し風「お亀の湯」のあるにファームガーデンに着く。
ここまで来るとどことなく高原ムード満点。
これまで何回かここに来ているが、お亀の湯は混んでるイメージがあって
利用したことがなかったので、今日は帰りに入って帰ることにする。
米粉パンの店は前回来たときにはすでにあった。
お昼等の準備はしてきたが、せっかくなので米粉パンを3つほど購入。
ファームガーデン内にはレストランや地場の野菜が売っていたりで
実に道の駅っぽいけど道の駅じゃない。
そしてその対面には・・・まだあった!夫婦で草もちを売っている店が。
自分の知る限り、10年以上前からある。
保存料等一切使わず新鮮で賞味期限が本日限りでふわふわあつあつ出来立ての草餅。
奥さんは美人仕立てで、以前は演歌歌手や芝居もやられてたという。
そのインパクトと口上の上手さから買わずにはおれず、ついつい客が集まるという名物店。
なつかしすぎて感涙; スイーツも持ってきたけど600円分購入。
忘れてた、これは山行きレポートのブログだった。

曽爾高原に移動。
唯一の有料駐車場に・・・・いらっしゃいました、おばあちゃん。
眼がクリっとしててつぶらな瞳。まだまだ元気でがんばっておられます。
駐車料金は600円であるが、こんなおばあちゃんを見ているとぜんぜん惜しくない。
むしろついでに何か買ってあげたいくらい。(ちょっとした物販もされてます)
そんなこんなで懐かしさを胸に、12時5分、登山開始。
登山というかここはピクニック感覚である。
でも家に帰って地図をよく見ると気付いた。周回できたのに。。。
曽爾高原の特徴的なカール上の稜線の向こうはぜんぜん関係ない域だと思いきや、
池の平高原だの、くろそ山荘だのがあるじゃないか。
亀山峠から乗り越し下って、中太郎上太郎分岐を経て、七曲りを登って周回すればよかったな。
曽爾高原はお亀池という湿地帯を中心に約40ヘクタールの広い範囲に群生するススキで覆われる所で、
元々は曽爾村の茅葺き屋根の材料につかわれる茅(かや)が作られていたが、
現在は景観を残すために保護されている。
一歩足を踏み入れるとその別世界のように広がる空間に圧倒される。
前方にそびえる稜線まで登るのは高そうだなぁと思うが、実際は何のことはない。
ディズニーランドのシンデレラ城が、遠近法の錯覚を利用して実際は小さめに作ってあるのに
大きな城に見えるような手法で建築されている事で有名であるが、
曽爾高原はまさにそれの天然版と言ったところ。
ふと鎧岳のほうを振り返ると、あれ?鎧岳ってたしかアレだよなぁ、と。
横から見ると実になだらかで穏やかな山だった。
な~んだ。
曽爾は錯覚だらけの別天地なのか?!
写真を撮りながらのんびりお亀池の周りをぐるっと回りこんで道なりに登ろうと思ったけど、
亀山峠と亀山のちょうど真ん中のいちばん高くなった部分に向かって直登するような道が付いていたので登ってみた。
一般の人の靴では登れないような急登で足場が悪いが登山靴ならなんとか登れる。
本来は道の無い所を歩くのは茅の保護の観点からしてもダメであるが、
幅50cmくらいの階段状に踏み跡の着いた確かな道筋があった。
それにしても急登でおまけに風が強い。
先週末の比良山系では冷たい風に長時間さらされて、ちょっと休憩している隙にも急激にカラダが冷やされたことから、
レインウェアと違って行動中に暑くなりすぎずに風をブロックする、ウィンドブレーカーの最新型、
モンベル「ウルトラライトシェルジャケット」(わずか135g)の最新モデルを実戦投入。高かった。。
さすがに風に強いが全体的に寒い!今回はレインウェアのほうが暖かくて良かったかも。
なんちゅう買い物下手だ。。(> <)
そんなわけでピークに到着するとものすごい突風。
自慢の帽子(ヅラとも言う)が10mほど飛ばされてあせる焦る。
モンベルのハットクリップを家に持っていたのにこんな時に限って持ってきてない。
カラダが温まるほど登ってない(100mも登ってない)が、かれこれスタートしてから一時間経過の13時。
ぜんぜん運動にもなにもなってないけど時間も時間なのでお昼にすることに。
本来なら風が吹きさらす稜線上で食事なんてありえないはずであるが、
一歩奥に入るだけで風が当たらなくなったので昼食の準備にとりかかる。
寒すぎるとどんな美味しいもの食べても食べてる気がしないという季節になってきたので
悲しいかな、調理実習まがいなお昼の楽しみはしばらくお預けになるかも。

今回は「サッポロ一番塩らーめん」にキャベツとモヤシを入れて、さらに色どりのため?に
ホテイの焼き鳥缶詰の焼き鳥をトッピングする。
ラーメンといえばラーメン店のストレート麺や味を知らずにインスタントラーメンで育ってきたので、
ふにゃふにゃ縮れ麺こそがラーメンだと思っているゆえに美味しい。元祖な味、サイコー!
最後に残った汁に冷ご飯と溶きたまごを入れて雑炊にしてプハー!ちょっとだけ温もった。
ファームガーデンの前で買った、あのあたたかかった草もちの事が気になったので取り出してみると
固くなりつつあったので、本来なら行動してからお茶にしようと思ったがついでに食べてしまった。
寒い中で食べると、食べ過ぎていることに気づかない事がある。
まさに今回はそれだったかも。
忘れてました、山行きレポートでしたね。
そんなこんなで一時間半も稜線上の寒い所で過ごしてしまい、我に返って日没までの時間を考えるとあわてて撤収。
倶留尊山(くろそやま)に向かって稜線伝いに歩き始める。風が強くて寒くて心が折れる。
この季節、もうそろそろホームグランドの金剛山に復帰しなければ。。
冷たすぎる風には寒すぎてもうムリかも。
曽爾高原から見えるいちばん高いピークに登り切ると、そこは倶留尊山ではなくて「二本ボソ山」だった。
けったいな名前であるが展望は抜群で、特に伊勢湾方面の展望がすばらしく良い。
そして倶留尊山はというと、なんと!二本ボソ山からドスーンと落ちて登り返しする隣の別の山である。
一般の人ならそれを悟った瞬間に回れ右して二本ボソ山で引き返すことだろう。
本当は引き返したくなったけど、そこはいちおう山やってるのでがんばって下って登り返す。
カラダがもっと温まってほしいという思いが背中を押してくれてるような感じかな。

曽爾高原のお亀池のある場所の標高は700m。
そして今日の核心部である「倶留尊山(くろそ山)」の標高は1,038mなので、
その高低差はたったの300mほど。二上山以下の登りである。
ちなみに二本ボソ山(996m)からは50m下って100mほど登り返す感じなのでたいしたことはない。
アップダウンの繰り返しはあまり好きではないが、帰りもまた登り返しである。;;
それにしても眺めの良いところであった。
たまにはあくせくしない、こんなゆるゆるの登山も良いなぁと思いながらも寒かった。
駐車場に戻ったところでちょうど日没となった。
帰りにお亀の湯に立ち寄る。
なんど土日祝は料金が引き上げられて700円だった。
平日と休日の大入りの料金が違うのもおかしいが、混雑する休日のほうが高いのはなんだかなぁ。。
洗い場がいっぱいになるほど混んではいたが、お湯はなかなかのものである。
加温も加水もしていない源泉風呂があったので入ってみるとちょっとぬるめであった。
季節によって湯温が変わるのでこれからの寒い季節はさらにぬるくなるかも。
露天風呂は広くてなかなか良かった。
山行きレポートにしては脱線しすぎたが、魅力的な要素が随所にちりばめられた曽爾村は
いつ来ても満足できるところである。

その他の画像は以下より。
Check [ 2011/12/05 22:49 ] 台高山系 | TB(0) |   コメント(22)

「山」がいつでもドラマチックなわけ 

山に行くと、あそこはたぶんこんなんだろうなぁと思ってた予想をいつも良い意味で裏切ってくれる。
地図やブログ、ネットなどの情報を総合して想像をたくましくしていても
現地に行かなければ知り得なかった発見、出合い、体験などなど。
いつも山は次のナニカへのヒントを与えてくれると思う。

こんな新聞記事がありました。

【一筆多論】木村良一 山が教えてくれるもの
2011/11/21 産経新聞 大阪朝刊 9ページより引用

山登りにはまっている。
まだまだ初心者だが、それでも今年の夏はホームグラウンドの東京・奥多摩を飛び出し、
北アルプスまで足を延ばした。
新宿から夜行バスに揺られ、上高地から6時間かけて涸沢まで登ったのは、9月の連休だった。
涸沢小屋に泊まった翌朝、
初めて見る穂高連峰の山々が赤く染まるモルゲンロート(朝焼け)に涙を流すほど感動した。
残念だったのが8月の裏銀座縦走。
北アルプス三大急登といわれる烏帽子岳を登り、野口五郎岳、三俣蓮華岳、槍ケ岳…と
4泊5日の縦走登山に出発したまでは良かったのだが、
途中で思わぬ悪天候に遭遇して引き返さざるを得なかった。
それにしても登山でうれしいのが、人との出会いだ。
たとえば警視庁青梅署山岳救助隊OBの金(こん)邦夫さん。
昨年9月の一筆多論の欄に「山は感動もあるが、危険も多い。自分の意思で登る以上、自己責任を忘れまい」と書くと、
『金副隊長の山岳救助隊日誌』(角川学芸ブックス)という好著が金さんから届いた。
奥多摩の山での遭難救助のエピソードを金さんがまとめた本で、
その後、金さんを訪ね奥多摩駅近くの飲み屋で楽しい山岳話を聞けた。
会員制の登山教室「歩きにすと倶楽部」(埼玉県川越市)を主宰する登山家、
太田昭彦さんとの付き合いは、知人を通じて始まった。
太田さんはヒマラヤなど海外登山の経験も豊富で、会員からは「太田さんのガイドだと、疲れないから安心だ」
と信頼が厚い。
北ア・裏銀座縦走も太田さんのガイドによるツアーだった。
田部井淳子さんとは、今年1月に取材で知り合った。
世界で初めてエベレスト登頂に成功した女性登山家としてあまりにも有名だが、
偉ぶるところがないとても気さくな方で、こちらの質問ににこやかに対応してくれた。
テレビ番組への出演や講演活動をこなしながら世界各国の最高峰に登り続け、
とても70歳を超えるとは思えない。
登山靴づくり一筋の靴屋のおやじさん、
山小屋を運営する脱サラ男性、植村直己さんに憧れて冒険家を目指す山男、
山岳ツアーで知り合った山ガール…と山登りを始めたこの1年半の間にさまざまな人と出会い、
それが自分の糧になっている。
一方で、山は自分との対話の場所である。
仲間と登っても1人で登っても、登りながら自分の内面と向き合える。
自分の本質は何か。これから自分は何をすべきなのか。
空が青く澄み、木々と草が匂う。足元には硬い岩が続く。
遠くからは谷川の流れる音が聞こえてくる。
そんな斜面を一歩一歩、踏みしめて登っていくと、これまで考えてこなかったことを考え抜ける時間が持てる。
そういえば田部井さんにも子育てに悩みながら登り続けた時期があったと聞いた。
そんな彼女に山は物事にこだわらない生き方を教えてくれたという。
人との出会いと自分の内面との対話。
混沌(こんとん)とした社会のなかで、この2つがあるから登山が大きなブームになっているのかもしれない。
Check [ 2011/12/01 21:55 ] その他 | TB(0) |   コメント(2)

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プロフィール

こんちくわ。
キバラー
と申します。
ほぼ毎週金剛山をメインで
登っています。
飽きっぽいのか色々やってきて
自転車→オフロードバイク→
大型バイク→登山へと変化し、
その間、
テニスやスキーにハマった数年間。
キャンプは今でも細々と。
今は山に全力で年中夢中

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