生駒山系に連なる金剛・葛城山系の主峰『金剛山』から始めた山登り。その時々で気になる山へ、気の向くままに・・・

大峰山系 観音峰(周回)  (2011.10.30) 

20111030-19.jpg
大峰山系 観音峰周回

<ルート>
ごろごろ茶屋(8:50)-母公堂-法力峠-三ツ塚-観音峰山頂-観音峰展望台-あずま屋-
観音峰登山口-みたらい遊歩道-洞川温泉街-ごろごろ茶屋(16:00)

いままで何度も観音峰登山口から観音峰山頂に登っているが、
時間のかかりそうな周回がなかなか実現できてなかった。
洞川村は村をあげて?もみじ祭りの日ということもあって、あやかって便乗して
今日こそは!という思いで突撃しようとしていたら、天気予報ではくずれそうな気配。
う~ん、雨となるとまた観音峰山頂止まりのピストンかーと思いつつもいちおう行ってみた。

ごろごろ茶屋で水を調達してからと・・よく考えたら今日は鍋物じゃなかったし。
この時期は9時にオープンするごろごろ茶屋前に、8時半に到着したらすでに数台の待ち行列。
するとすぐに車が動き出した。
聞いてみたら、今日の料金所の人がたまたま早くきたので30分サービスして早く開けたとのこと。
これは時間の節約になってラッキー。
天気は曇り空で、まだまだ雨の降りそうな気配がないのでごろごろ茶屋を起点に登ることにした。
水汲むだけ(300円)の予定を追加の700円を支払って一日停めさせてもらうことにした。
母公堂(500円)に空きがあるとも限らないので。(前回は満車だった)
例によって特別な場所に駐車させてもらい、8時50分、ごろごろ茶屋をスタート。

まずは母公堂のすぐ手前の登山口まで(約10分)舗装路を歩き、観音峰に向けて登山開始。
昨日は金剛山でウォーミングアップしてきた?のでカラダが軽いかとおもいきや、
けっしてそんなこともなくてペースが上がらない。
洞川温泉方面との分岐の所に到着すると10人くらいの熟年男女の団体さん。
そういえば母公堂にマイクロバスが停まっていたので、レンタカーして団体で来たのだろう。
10人以上集まるとマイクロバスをレンタルする、もしくは運転手付きでチャーターすると
経済的なので、今、小さな流行となっている。
「稲村までいかはるの?」と聞いてこられたので「いえ、観音峰へ」という短い挨拶を交わす。
予定ではごろごろ茶屋から40分くらいで「法力峠」に着くと思っていたら、
実際にはもう少し時間がかかり、ごろごろ茶屋を出発して55分後の9時45分にようやく到着。
いきなり15分のロスタイム。
今日、時間にシビアなのは、雨雲がこちらに向かってきているからだ。
5分ほど行動食を摂って休憩し、法力峠からいよいよ未踏の三ツ塚のほうへと急登を登って行く。
ほどなく登りきって左方向、稲村ヶ岳と並行するように横移動しながらまた少しづつ高度を上げていく。
これといって特筆すべきものもなく、紅葉はというとまだ青いまま葉枯れた感じで
やはり今年の紅葉は不作だなぁと実感。
大日山や稲村ヶ岳の方向には、自然林の葉が枯れ落ちてるために展望がある。
反対側(洞川村方向)はというと植林で暗い。
せっせと高度を上げていって、高度1370mに達したところでピーク。
これが三ツ塚?どこにも書いてないし?と地図等を確認するとまだ三ツ塚に達してなかった。
その名もないピークからは急激に下っていく。。。
オイオイ、どこまで下るのか?と思っていると、それほど落ちることなく横移動に転じ、
植林の木と木の間のトンネルを抜けて今度は植林だけのトンネルを抜けて、
また植林というところでようやく三ツ塚に到着。
法力峠から一時間後の10時55分であった。
三ツ塚の手前くらいから雨がパラパラ降ってきたのでレインウェアの上だけを着ていた。
これからの雲行きがどうなっているのかとスマホを取り出して確認。
そう、山でケータイが通じるということは、緊急の場合を除いて、
通話するわけでもなければメールをするわけでもなく、ましてやツイートするのは気が向いた時で
本当に役立つシーンとは、天気、それも雨雲レーダー等を確認して行動計画をすることなのだ。
さっそく確認してみると、どうやら出発時からの雲行きに変化が見られ、
午後から降りだすだろうと思っていた雨は、意外と早く本降りになりそうな様子。
本来なら観音峰で店を開いてお昼にする予定であったが、
雲画像や気圧配置などを見ていると、観音峰はおろか、観音峰展望台も素通りで、
あずま屋でお昼にするしかなさそうな様子。
ちょっとがっかり。
まぁ今日の主目的は周回を達成することなので元気を出して歩くとしよう!
そういばdanashiさんが言っていた遭難碑とやらは無かったなぁ。
三ツ塚で休憩しすぎたので観音峰山頂到着11時35分、ハイ、素通り。
やっぱりどこか野外でお昼したいなぁと。。。でも雨にどうしても少しばかり当たる。
やっぱり行くしかないかぁ。
観音峰展望台の手前あたりで雨あしが強くなりそうだったのでレインウェアの下も履く。
いきなりの濡れ濡れのススキゾーン。
レインウェアのズボンを履いてなかったらパンツまで染みてえらいことになってたなぁ。
撥水性のほとんどないズボンだったのでなんとかセーフ。
観音峰展望台、ハイ、素通り。
どんどん雨あしが強くなって本降りみたいになってきたところでようやくあずま屋に到着。
12時30分の事であった。
すでに先客の大勢が雨宿り兼昼食をされていた。
場所が空くのを少し待ってお昼にした。
どれくらいあずま屋で過ごしただろうか、雨はさらに強くなったり弱くなったりで、
じっとしているとレインウェアを着ているだけでは寒くなってくる。
小降りになったところで一時間半の休憩後の14時ちょうどにあずま屋を出発。
ハイペースで下山し、山と高原地図のコースタイムの約半分の25分後の
14時25分に観音峰登山口に到着。
ここで初めてもみじ祭りらしいというかテントが一張り出ていてボタン汁などが売られていたが、
虚しくも紅葉も無ければ雨のために立ち寄る客もなく、開店休業状態だったのが気の毒だった。
トイレ休憩の後、吊り橋を渡り返して遊歩道分岐まで戻り、遊歩道を歩く。
舗装路の歩道を歩くのがイヤだったから遊歩道まで戻ったのに、
すぐに遊歩道が一旦終わって車が走る舗装路の歩道を歩くハメに。。
どれくらい歩道を歩いただろうか、ようやく「みたらい遊歩道入口」に着き、
車道から離れて遊歩道を行く。
なかなかしんみり楽しい遊歩道で、特筆すべきは大きな岩屋のようなところ。
名前はまだ無いような感じであるが巨大であった。
そんなこんなでいったい最後はどこに出るのかとおもいきや。。。
洞川温泉センターの駐車場と川の間という、どうにこうにも煮え切らない場所に出て終わり。
洞川温泉センターから地図にないアスファルト舗装路があったので、冒険を兼ねて歩いてみた。
洞川温泉街の裏側を行く感じ。
1キロくらい歩いただろうか、いきなりの行き止まり。
どうりで地図に載ってないはずだ。。。
ふりだしの洞川温泉センターまで戻る気になれず、民家の裏と間を抜けて
いつも車で通る温泉街になんとか出れた。
ふぅ。疲れた。。。
あとは同じみの車道を歩いてごろごろ茶屋に戻ってきたのは
スタートしてから約7時間後の16時ちょうどだった。
もうザックは雨を吸って1kgくらい重くなってるし、(インナー防水)、
下山してからの遊歩道を含めた下道歩きが長かった印象。
後半はあいにくの天気であったが、とにかく周回が達成できてよかった。
帰りに天ノ川温泉でゆったり汗を流して帰途へ。
雨はついにやまなかった。

その他の画像は以下より。
Check [ 2011/10/30 22:59 ] 大峰山系 | TB(0) |   コメント(22)

金剛山 第253回 (2011.10.29) 

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金剛山 文殊尾根にて  ※Takeshiさん撮影 (14時30分)

<コース>
ババ谷ルート(ピストン)


アルプスは冬に突入しているというのに、
今日の地元はというと真夏日!と行ったら言い過ぎ?!
午後から用事も予定も無かったので、家でのんびりと思ったが
カラダを動かさないでいると煮詰まってきたので、
ちょこっと運動してこようかと車を走らせる。
暑い!なんだこの暑さは。
しかも昼過ぎに家を出たら国道は車でいっぱいで流れが悪い。
最近は山に行くとなると早朝に出て、たっぷり山を楽しんで、
温泉入って夜に帰ってくるというパターンが定着してきているので、
休日の昼間の世界って、特に国道はこんなに輸送効率の悪い事になっていたのか。

13時50分、登山開始。
いちおう20リットルくらいのザックを背負っているけど、
カメラと水と回数カードしか入っていないので空身のようなもの。
ババ谷はメインルートではないものの、可能な限りのハイペースで登る。
息が上がって心臓バクバク、オーバースピード。
立ち休憩。。
またせっせと登る。
また立ち休憩。
だいたいババ谷ルートを真剣に登ると何分くらいで山頂なのだ?と
タイムアタックのつもりではなかったがハイペース維持。
もちろん今日のこの温かいポカポカ陽気の気温であるからして
汗だくになって、額からも汗が滴り落ちる。
文殊尾根に合流してからもしっかりと登りがある。
登り始めて40分経過したところでTakeshiさんと下山してきたところで遭遇!
今日はお子様連れでのんびり朝から登っていたとか。
金剛山で、こんな時間のこんな場所で出会うなんて珍しいな~、と
しばし立ち話の後、別れて山頂を目指す。
残り10分足らずで山頂に付いたのでだいたいハイペースならババ谷は50分くらい。

金剛山頂14時45分の気温は14℃。
こんな時間でも金剛山は人が多くなったものだ。
カラフルな山ガールや山ボーイ、老若にゃんニョがたくさん。
そんなこんなで10分ほど休憩していたら
濡れた汗で寒くなってきたのですぐに下山した。

Takeshiさんの写真は以下より。

『関西ハイキング2012』 山と渓谷社(別冊) 

20111027-1.jpg

何気なく立ち読みしていて手に取った本。
「ハイキング」という、お手軽イージーなタイトルワードに
若干違和感を覚えながらもパラパラとめくってみた。

なんと!ロングトレイルざんまい特集ではないか!

「大峯奥駆道」や我らのホームグラウンド「ダイヤモンドトレール」の紹介はもちろんのこと、
気になっていた「高島トレイル」や「果無(はてなし)山脈」まで。
さらにさらに、ゆるり極上の立ち寄り湯まで紹介されていて、
ロクに中身を確認しないまま、鼻息荒くレジへ直行。。
(:.;゜;Д;゜;.:)ハァハァ ←danashiさん、ちょっとこの表現お借りしています。
雑誌並の価格で、内容は永久保存版。
これは自分にとって無条件に買う本でした。

ちなみに本のタイトルは「関西トレッキング」という名前のほうが平成的でナウい感じがするのだが。

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果無(はてなし)山脈だなんていう名前、スゴイなぁ。
そんな所があったのかー。
途方も無いほど果てがないように感じるルートなのだろうか。
とても気になる。。


大峰山系 大日岳  (2011.10.23)  

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南奥駆道の起点(太古ノ辻)にて ※nikkor14dさんへのオマージュ(nikkor[ニッコール]50mmf1.4dで撮影しています)

<ルート>ピストン
前鬼(ぜんき)登山口駐車場-太古ノ辻(南奥駆道起点)-大日岳


時間的に釈迦ヶ岳まで行き着けず。しかし後からきた人たちは・・。

当日(天気が確定する)まではいつも7割くらいの準備しかしないので
毎度ながら出発の一時間半前に起床しなければ間に合わない。
4時起床。準備。まだ薄暗い5時半に自宅を出発。
水越峠から奈良側に越えて、途中コンビニに少し立ち寄っただけで、
さらに吉野を抜けて国道169号線をひたすら南下する。
ほとんど信号の無い国道169号であるが、実に3時間もかかった。
それもそのはず、本来、釈迦ヶ岳へは十津川村側の国道168号線を南下して、
長くて高所を行く林道を経て太尾登山口から登るのが一般的で、
その際も同じくらい時間がかかるのだから遠いわけだ。
いや、むしろ十津川側から行くよりも遠く感じた。
(現在、十津川側は台風12号による大規模崩落によって復旧の見込みは未定)
国道169号を走っていると、もう少しで道の駅「杉の湯」があるという手前で通行止め。
迂回路は「北塩谷口」というバス停のあるところから対岸へ橋を渡り、
くねくね道をしばらく走って、「白屋」というバス停のある国道169号に戻る。
そのため、迂回路全体の全長が長く、車が行き違いするには狭い道なので、
警備員誘導による交互通行となっているので、ひとたび車を停止させられると10分以上と長い。
あまりに待ち時間が長いので、エンジンを切って車から一旦降りる人も多数。
結局、行きも帰りも停められて待ち行列に。
なんの通行止めかと対岸から道の駅「杉の湯」のほうを見ると、オソロシイほどの大崩落!
あんなのに巻き込まれたらひとたまりも無い。
それにしても対岸のほうが大丈夫だったほうが不思議だ。
その後、ループ橋を越えてトンネルを抜け、和佐又山、さらに大台ヶ原への迂回路を横目に見ながら
どんどん南下していき、ずいぶん走って疲れてきた頃にようやく林道の取り付きのある前鬼橋に到着した。
下北山スポーツ公園(きなりの湯)のあるところまであと6kmというところなのだから遠い。
さて、さらにダム湖伝いに林道を10kmも走らないといけない。
落石の跡もきれいにかたづけられるなどしてよく整備されているのはこの先に宿坊があるからだろうか?
ダム湖沿いを走っているときは高度が上がらず、ようやく登り基調になってきたところで不動七重滝が出現。
その水量と落差、どれをとっても圧巻だった。10分以上ボケ~っと滝を眺めてたかな。
移動再開、素掘り風のトンネルを3つほど抜けてようやく前鬼登山口の車止めゲート前の駐車場に到着。
10台くらいは停められる感じ。
眼下の沢に吊り橋があって、そこが従来の登山道のようであるが現在は通行禁止となっている。

8時50分スタート。
車止めゲートを越えて舗装林道をせっせと登って行くも、ぜんぜん宿坊らしいものが現れてこない。
昨日の雨のせいか気温が高く、じわじわと汗がにじんでくる。
けっきょく30分ほど歩いてようやく小仲坊の宿坊が姿を現した。
宿坊といっても民家風なのが数件とキャンプのバンガローみたいなのが数棟。
管理人らしい人が居て、どこまで行くのか、ピストンなのか、木の階段が滑るので気をつけて、
と声をかけてくれた。
前鬼の詳しい由緒については看板の画像を参照いただきたい。
いよいよ森の中に足を踏み入れる。
五鬼童が住んでいたと言われる明治時代の住居跡(といっても石垣のみ)を抜けてしばらく歩くと左手に沢。
これには驚くと同時に感動。あまりにも水が透明なのだ!
これまでいろんな水のキレイな沢を見てきたが、これほどまでに澄んでいるのは初めてみた。
あたりの石が赤茶けたり水面の跡が付いたりすることもなく、まるで水が無いかように見える。
たったいま石を並べて水を流しはじめたのような。
このあまりにもキレイな沢を眺めたり、ちゃぷちゃぷしていたので15分以上もタイムロス。
さぁしっかり登って行こう。
あたりは自然林。それも常緑樹なのだろうか紅葉というイメージとはほど遠い。
ルートは途中、沢を左岸へ渡ったり、右岸に渡ったりと、テープなどの案内が無いと
さっぱり進行方向がわからないほど複雑だ。
どれくらい登っただろうかと高度計を見てがっかり。なかなか3ケタ台の1000mに達して来ない。
駐車場の高度が750m程度で、最低でも1500mまで登らないと奥駆道に出ないのだ。
そういえば木の階段とやらがぜんぜん現れないなぁと思ったところでようやく出現。
たったこれだけで終わり?と思っていたら、途切れながらも次から次へと延々と。
もうこれで最後の木の階段に違いないと思ってもまだまだしつこく現れる。
途中、こちらに迫ってくるような名のない岩場はコワイほどの迫力であった。
二つ岩はなかなかのインパクト。二つ岩の間から五百羅漢などの展望を楽しみながら
ここでしばらく小休憩。
奥駆道の稜線に近づくにつれて道は良くなると思ったらなんのなんのますます酷い。
途中、木の階段が落ちて崩落しているところがあって焦った。
高くそびえる大日岳が見えてから奥駈道に出るまで本当に長かった。
駐車場を出発して3時間20分後の12時10分に太古ノ辻(奥駈道)に合流した。
キレイな水の沢と二つ岩での休憩併せて約30分のタイムロスを差し引けば
山と高原地図のコースタイム通りだった。
こんなに時間がかかるのであれば途中で行動食でも入れておくんだった。
けっきょく核心部は木の階段だったのかな。
太古ノ辻は、先週末に、ブログ「トレラン日記」のnikkor14dさんが折り返したポイントでもある。
行者環トンネル西口から日帰りでここまでランしてきてピストンとは超人の域だ。。
下山も同じくらい時間がかかるとしたらこの先あまり時間が無い。
いちおうお昼は「深仙の宿(じんせんのしゅく)」で一時間ほど店を広げる予定であったが
奥駈道に出たとたんに急に空腹に襲われ、あとちょっと、もうちょっとと
深仙の宿のほうへと歩を進めたが12時25分、大日岳のすぐそばでお昼にすることにした。
これまでひとりも人と出会わなかったが、同じルートを追いかけるようにして
2人の熟年男性たちが登ってきた。聞くところによると釈迦ヶ岳まで行くという。
自分よりも後から来たのに釈迦ヶ岳に行って下山時刻は大丈夫なのか?と思った。
けっきょく一時間半ものんびりして、撤収が終わったのが14時ちょうど。
今から下山して登りと同じ時間かかったとしたら17時駐車場かぁ。
釈迦ヶ岳どころか、あと少し先にある深仙の宿までも行かなかったのに、
何を思ったか、下山するどころか突然、大日岳のピークを目指すことに。
大日岳というと岩場の急峻な尖った山で、鎖場を登るのが根性試しのようになっていて、
鎖にトラブルがあったり、手を離したりのワンミスで即アウトという危険ゾーンである。
鎖は骨のような形をしていて、その一本一本に人の名前が掘られている。
最初は鎖に頼ることもなく三点確保で調子よく登って行ったが、
やっぱり高いところ苦手。あまりの高所に足がすくんでくる。
これがどこかの遊園地の滑り台ならともかく、鎖のみに頼らなければ上がれない一枚岩があり、
鎖以外にも頼れるもう1系統の安全確保の術が無いシーンはさすがに腰が引けた。
こんなところで何かあっては笑いものだ。わざわざ危険を犯さなくても他にも手段がある。
一旦岩場を下りて、下山用の巻き道からピークに登った。
そんなこんなで大日岳を降りたときには15時になっていた。
さきほどの熟年男性たちはもう下山してしまっただろうか?
太尾登山口が閉ざされている今、周囲数キロ圏内に誰も居ないんじゃないかと思うと寂しい。
すぐに下山態勢に入る。
もし3時間かかるのであれば駐車場18時で、その直前から日没真っ暗でヘッデン必要が確実となる。
登りで危険に思った崩落箇所は、沢に下りて沢を遡行することで回避・・したつもりが
沢を降り過ぎて、ふとGPSを見ると登山道から60mも離れてしまっていたので
あわてて登り返して登山道に復帰。焦った; タイムロス発生。
カメラもしまい込んで、せっせと下山していると後ろから何かの気配。
後ろから人だ。びっくりした。あの熟年男性の2人だと思ったら3人になっている。
おかしいなぁ、たしかにお昼に会ったときは2人だったはずなのに最初から3人だったようだ。
聞いてみると、釈迦ヶ岳に行って宴会して帰ってきたとか。
なんだ、それだったら自分も行けたんじゃないかな。
限界って自分で作ってしまっているんであって、あきらめたときが限界なのだ、って
鎌田洋著「ディズニー掃除の神様」に書いてあったばかり。
いやいや、最近の自分の山歩きスタイルにとって、ピークは単なるアクセントであって、
楽しく気持ちのよい山歩きができたら他には何もいらないのだ。
それだけでも十分なのに、おいしいトマト鍋などの食事まで付いてきているのだから大満足。
その人達とは合流することなく、一歩先へ先へと下山に集中し、17時には小仲坊の宿坊に到着した。
小仲坊の宿坊にはキレイで立派なトイレがあることに気付いた。
小休憩していたら、3人の男性もすぐに下山してきて小休憩。
そこから再び舗装林道を延々と30分あるいて駐車場に到着。あたりは真っ暗に。
今日はほんとうに暑い一日だった。
林道延々10キロの運転は、やはり長く感じた。
帰りには大阪と逆方向6キロ先の下北山「きなりの湯」(600円)で汗を流してさっぱりして大阪へ。
杉の湯付近の大崩落現場の山がライトアップされてると思っていたら、
夜を徹して復旧作業をしているらしく、またまた迂回路で車を長時間停められた。
帰りの運転は眠すぎてたいへんだった。

その他の画像は以下より。
Check [ 2011/10/24 23:04 ] 大峰山系 | TB(0) |   コメント(24)

スズメバチ対処法 

千回以上もクマと遭遇したという「山でクマに会う方法―これだけは知っておきたいクマの常識」
の著者は、山ではクマよりもスズメバチのほうがコワイとか?!
スズメバチには刺されたことは無いが、子供の頃、ミツバチは刺さないと聞いて
捕まえたところ、見事に刺されてしまったあの痛痒い思い出がよみがえってくる。
たぶん、太めの注射針を刺されたような痛みなんだろうなぁ。
登山道を外れてバリエーションに迷いこんだなんてことになると、この時期は特に注意しなければならない。

凶暴!秋のスズメバチ 「払うと敵と判断」 黒い服・香水…注意必要
2011/10/13 朝日新聞 朝刊 29ページより引用

 スズメバチが盛んに活動する秋に入り、各地で被害が相次いでいる。
篠山市の栗園では今月、農業の男性(83)が刺されて死亡した。
シーズン真っ盛りの栗拾いや山登りで、どうすれば刺されにくいのか。
「手で振り払わないことが一番」と専門家は指摘する。
 篠山市消防本部の救急隊員4人は4日午後5時ごろ、
近所の住民の119番通報を受けて栗園に駆けつけた。
倒れている男性の手当てに取りかかると、間もなく数十匹のキイロスズメバチが旋回し始めた。
男性から2メートル離れた木の割れ目に70センチほどの巣が見えた。
 数匹が顔や首に止まりそうになったが、追い払うと刺されるので低い姿勢のままゆっくり移動し、
男性を救急車まで運んだ。
現場に行った堂本文三・消防司令補(44)は「こんなにハチが飛んでいる現場は初めてで怖かった」と振り返る。
 神戸市では9月10日、灘区の六甲山で、山登り中の奈良市の60代男性が右足を刺されて動けなくなり、
ヘリで救助されて入院した。
 ●神戸市内すでに28件
 神戸市消防局によると、神戸市内でハチに刺されたという119番通報は昨年36件、今年は28件ある。
姫路市内でも今年、同様の119番通報が21件、豊岡市内では18件あった。
西宮市では8、9月にそれぞれ1人が病院に運ばれた。
 三田市の県立人と自然の博物館の主任研究員、大谷剛さん(63)によると、
スズメバチの巣は秋に最も大きくなり、巣内に集まるハチの数も最も多い。
キイロスズメバチは一つの巣に3千匹いることもあり、新女王や雄バチを育てるため、活動が盛んになるという。
 大谷さんは「手で振り払うと敵だと思われて襲われる。顔の近くにきてもパニックにならないで」と呼びかける。

 ■スズメバチ対処法
 【刺されないために】
 (1)手で振り払わない
 払うと敵だと判断される
 (2)顔を両手で覆う
 人間の顔は口と目が一番動く。刺激しないよう顔を隠し、指の隙間からのぞく。恐怖で手を振り払わずにいられる利点も
 (3)秒速10センチで逃げる
 走って逃げるより、ゆっくり動くほうが刺激しない
 【遭遇しないために】
 (1)黒い服は避ける
 黒い服の方が刺されやすい
 (2)香水や整髪料は避ける
 巣のにおい以外のものをかぐと興奮する
 ※県立人と自然の博物館の大谷剛・主任研究員への取材による
Check [ 2011/10/22 16:42 ] その他 | TB(0) |   コメント(12)

金剛山 「ババ谷ルート」の完全攻略 

金剛山の大阪側のロープウェイ登山口(百ヶ辻)の近くからスタートするババ谷ルート。
「馬場谷の延命水」の水くみ場のすぐ近くにその入口がある。
このルートを歩く人はどちらかというと常連が多い。
入口があまり目立たないので、どちらかというと地味なルートであるが、
単なる一本道ではなく、けっこう複雑にからみあっている。
初めて足を踏み入れた人だと、どこをどう行けばいいのかアタマをかかえてしまう。
そこで、わかりやすく概略図を描いてみた。
おそらくこれで間違いないだろう。
ようするにどこをどう歩いても山頂に行けるわけである。
赤色のルートは最もわかりやすくて歩きやすい事実上のメインルート。
ふつうに金剛山頂まで登ると所要時間は一時間くらいかな。
それだとぜんぜん歩き足らないと思う場合には、
ババ谷ルートを一筆書きのようにすべてのルートを踏んで
山頂を目指すというのはいかがだろうか。
実際には急登なので、なかなか歩きごたえがあると思う。
アルプスを重い荷物を持って6時間から歩くくらいなら、
こっちのほうがよっぽど楽チンに思える。
20111021.gif
 ※赤色は事実上のメインルート
 ※文殊東尾根ルートという表記は間違いで、文殊中尾根ルート(通称アナグマ)でした。
 ※ババ谷ルートからの枝道で「妙見尾根ルート」「マス釣り場ルート」への分岐がありますが省略しています。

北アルプス 涸沢 (2011.10.15-16)  

20111015-0.jpg
北アルプス 涸沢のテン場にて

一日目、悪天候に見舞われて北穂高登頂を断念。
そして、今年のラスト・アルプスが終わった。


<ルート>
一日目:上高地バスターミナル(9:25)-明神館-徳沢-横尾-本谷橋-涸沢(16:30)(テン泊)
二日目:折り返しピストン

10月中旬というとほとんどの山小屋が山じまいする時期である。
今月に入って何かと行事が多く、いちばんイイ時期に遠征ができなかった。
この週末でアルプスはほぼラスト・チャンス。
前夜からの雨で、まず一日目の天気は絶望的であったが、
とにかく遠征をしないことには気持ちが収まらず、撤退覚悟でいざ上高地へ。
大阪から東海北陸道の飛騨清見IC下車、
高山清見道路(無料高速)と下道のトータルで5時間程度と、こんなに近いと思わなかった。
平湯のアカンダナ駐車場(一日500円)に着いたのは3時半で駐車場は閉まっている。
料金ゲートの待ち行列(といっても数台)に並んでエンジン切って一時間半ほど仮眠。
外は雨のせいか気温は高く、よく眠れた。
ゲートオープンの合図の車がクラクションを断続的に鳴らしながらやってきたので目が覚めた。
今日のアカンダナ駐車場の車は少なめで、バス停にもっとも近いところに駐車する。
上高地まではマイカー規制なので、バス(片道千円)で行くわけだが、
始発のバス(5時半)の発車時刻になったものの、外は本降りの雨。
さすがに出ていく気になれず、周りの駐車車両からも動き無し、再び仮眠へ。
外が明るくなってきたところで朝食を摂って、雨がほぼ止んできたので準備をしてバスへ。
高原のバスは紅葉とマッチしていて、遠くの山に来たといううれしさがこみ上げてくる。
8時半出発のバスは雨天のせいか、ガラガラの状態で発車。
上高地バスターミナルには9時に到着。 気温10℃。
雨は小降りなのでレインウェア上下を着て9時25分にスタート。
ここで初めて今日、まともにザックを背負ったわけであるが、
あまりの重さにふつうに歩くだけで肩にも腰にもずっしり重要がかかってよろけそう。
これまででいちばん重く感じる。いや、いちばん重いだろう。
いままでの遠征では58リットルのザック。
今回、新たに80リットルのザックを安かったので衝動買いしてしまった。
たくさん入るものだから、ついついいろんな快適グッズを詰め込みすぎた。(> <)
それに、ザック自体が重い。
58リットルザックが約1.2kgなのに対して、
今回の80リットルはなんと2.9kgもあって空荷でも重い。(> <)
水、食料、等々入れる前に計測したところですでに15kgはあったので、
最低でも23kgはあったと思う。軽量化はこれからの最重要課題。
ザックが大きくてもMAX15kg程度に収まるようになんとかしないと。。
そんなこんなでほぼ水平移動なのに「河童橋」から「明神館」まで一時間、
明神館から「徳沢」まで一時間、そして登山口のある「横尾」まで一時間と
合計3時間でけっこう肩や腰のベルトの当たる部分が痛くなって辛くなった。
上高地は、雨にしっとり人も少なく、涸沢までの長い道のりを思うと
足取りもつい早くなって、河童橋を渡ることはおろか、明神池を見に行くこともなく
無駄な寄り道や休憩をやめて、ひたすら距離を縮めるのに集中。
「徳沢」に着いたのはほぼコースタイム通り2時間後の11時30分の事である。
気温11℃。徳沢園のみちくさ食堂でソフトクリームを買う。
これがなんとも美味すぎて帰りにもまた買ってしまった。
15分休憩し、「横尾」に向けて再びスタート。
雨はほぼ止んだので横尾を出て一時間ほどしてレインウェアを脱ぐ。
途中、野生の猿の集団、親子が微笑ましかったので立ち止まって見入る。
「横尾」に着いたのは12時55分で、休憩時間を除いてコースタイムよりやや遅れた。
ここでは30分ほどの大休憩。 結局、お昼らしいものは食べずに行動食でまかなった。
天気イマイチであるし、荷物重いしで、横尾でテン泊したい思いもありつつ
若干の余力と涸沢をひと目見たいという気持ちでがんばって登ることにした。
横尾から涸沢までコースタイムで3時間となっており、
そのため、横尾の吊り橋のところに「午後2時以降の入山は控えてください」とあった。
13時30分、涸沢に向けて横尾を出発。
とにかく荷物の重量がかなりの足かせとなってきつかった。
本谷橋を過ぎてからが高度をどんどん上げていくので、ちょっと登っては息継ぎ休憩
の繰り返しで、ウィダーインゼリーのエネルギーインでアミノ酸の投入。
30分くらしてから効き始め、もーやけくそのようにペースを上げる。
それでもすっかりボロボロ雑巾になって、なんとかコースタイムどおり3時間で
涸沢ヒュッテに到着。16時27分の事であった。
しばらく休憩してテン場に行き、よさそうな所を探す。
先週の連休の涸沢のテン場は、なんと!1000張りものテントで埋め尽くされていたらしいが、
今回は天気が悪いので、パッと見で30張り程度。
テントを張る準備をしていたら雨が降りだしてきたので慌てて建てる。
テン場はほぼフラットながらも岩ガレの上である。
水ハケの良い点だけが唯一の救いなので、泥んこにならずに済む。テント内に避難。
重たい食材をいろいろ持ってきたが、とてもこの状況で調理ができる状態ではない。
もうこのまま何も食べずに寝ようかとも思ったが、ちょっと涸沢ヒュッテまで行ってみようと
思い立って、雨の中をレインウェアを着て行ってみると、
涸沢ヒュッテ内は活気に溢れ暖かく、スタッフも愛想が良く、ここで夕食(2千円)を食べることにした。
食堂も良いムードで、天国(ヒュッテ)と地獄(テン場)を見た気がした。
こんなに快適そうなヒュッテ泊ならば、ぜんぜん荷物もいらないし、余力たっぷりで北穂だの奥穂だの
どこでも登れるような気がした。これは反則でしょ?!
さて、洗面、歯磨きなどを済ませてテン場に戻ると、雨、そして風、寒さも出てきた。
でかいザックはじゃまなので大きなビニール袋をかぶせてテントの外に放置して、
濡れては困る必要なものはすべてテント内に入れてとなぜか疲れもなく
スマホをいじくっていろいろ調べ物をしてと、20時には眠っていた。
ものすごい雨の音とうなるような風で目が覚めたのは1時頃。
まさに台風のような嵐。涸沢カールからの涸沢おろしの突風がテントを吹き飛ばさんばかり。
テント内から自分を追い出さそうとしているとしか思えないほどの暴れっぷり。
それからは寝たり起きたりの繰り返して、ようやく静かになったところでスヤスヤ。
目覚ましなんて合わせるつもりもなかったので、明るくなってようやくテントから這い出してみたら、
夕べの嵐は何は夢だったのか?と思えるほどの抜群の好天。
これならいざ北穂!と一瞬思ったけど、時すでに8時でタイムアウト。
嵐がおさまったのは7時前なので、どのみち4~5時スタートしないと北穂は厳しいので
無理なのは確定していた。
コースタイムで5時間かけて上高地バスターミナルなるに帰らなければならないので
涸沢でゆっくり過ごすことにした。といってもそんなに時間は無い。
夕べ作る予定だった鍋モノは横尾に下山してからすることにして、朝食のホットドッグ作りをする。
涸沢ヒュッテでは小屋じまいなのかスタッフたちが記念写真を撮り合っている。
いよいよ涸沢も冬に閉ざされるシーズンオフの時となる。
ほぼすべて濡れてしまった身の回りを整理して、あとはテントを畳めば良い状態になったのが9時半。
ザックをテント内にデポして、涸沢小屋を見学に行き、戻ってきてテント撤収後、
下山開始したのは時すでに10時30分の事であった。
抜群の天気の下、日曜日だというのに登ってくる登山者多数とすれ違い、
ほぼコースタイム通り所要時間2時間の12時40分に横尾に到着。
涸沢~横尾間、下りのみだというのにやっぱり荷物の重量が足かせになってきつかった。。
横尾ではいよいよ夕べやる予定だった鍋物。ザ・チェアにカラダを預けてもう超ゴキゲン。
そんなこんなで一時間過ごして15分かけて撤収し、上高地に向けて移動開始。
ベルトの当たるところがもう痛くて痛くて泣きたくなる。
徳沢に着くと迷わずあのソフトクリーム(400円)。やっぱりこれは本当に美味い!
昨日とはうってかわって日差しの下をせっせと足を運びながら紅葉を楽しむ。
ついに上高地バスターミナルに到着したのは16時45分。
バスを待って平湯、アカンダナ駐車場に着いたのは17時半ですぐに暗闇となった。
平湯まで移動して「ひらゆの森」の温泉に行ってみるとものすごい数の車。
う~~ん、いこかやめよか迷ったが、とにかく行ってみたらこれまた巨大な温泉で、
泉質も乳白色で素晴らしく良く、露天風呂の数は100を越えるとか?!
すっかり疲れを落として生き返ったところで帰国の途へ。
これにて今シーズンのアルプス遠征が終わった。

その他の画像は以下より。
Check [ 2011/10/17 22:35 ] アルプス | TB(0) |   コメント(22)

天川村の「天の川もみじまつり」 

洞川へのアクセスの途中、虻(アブ)トンネルを越えてからの紅葉がものすごくキレイだ。
先週末に通ったときはまだ色づいてはいなかったが、
29日の天の川もみじまつりの頃には楽しめるはず。
大峰で今までいちばん感激した七曜岳から眺める紅葉の真っ盛りはそろそろなのかな。
今年もできることなら眺めに行きたい。

台風被害復興へ元気発信 もみじまつり「天川に来て」 29日から
2011/10/13 朝日新聞 朝刊 29ページより引用

 天川村で29日、29回目を迎える「天の川もみじまつり」が始まる。
洞川(どろがわ)温泉などの観光地はほとんどが無事で、
村は「『天川は元気です』とアピールしたい」と来場を呼びかけている。
 村地域政策課によると、台風が襲来した9月上旬から同温泉などの宿泊客約2千人がキャンセルし、
観光客や参拝客が著しく減った。
 しかし、紅葉の名所「みたらい渓谷」や同温泉は被害がなく、
社務所が浸水した天河大弁財天社もすでに復旧。
村に入る主要道路の国道309号は、「みたらい渓谷」より奥の行者還トンネル西側を除いて通行が可能で、
不通箇所は今月末に開通の見通し。
弥山(みせん)などに登る登山道も通れるという。
 もみじまつりは11月6日まで。
期間中毎日、同温泉で景品付きのウオークラリー(朝9時から)があり、
11月5、6日両日は「みたらい渓谷」への無料シャトルバス(村役場前から)を運行する。
ただ、「高原野菜」の主力産地の村西部と村中心部の川合地区の間が通行止めのため、
野菜類の運搬が難しく、「物産展」は中止。
ヘリポートへのアクセス道路も通れないため、「ヘリ遊覧」も中止が決まった。
 同課は「ハイキングやもみじ狩りを楽しんでほしい。物産展は中止だが、
旅館や民宿、みやげ物店の多くは営業している」と話している。
問い合わせは村総合案内所(0747・63・0999)へ。

奈良・洞川温泉 キャンセル1200人超 沈んでいては村が落ち込む
2011/10/05 産経新聞 大阪夕刊 10ページより引用

 ■風評打開キャンペーンへ
 台風12号による紀伊半島豪雨の影響で、
「関西の軽井沢」とも呼ばれる奈良県天川村の洞川(どろがわ)温泉が、風評被害に悩まされている。
台風の直接被害がなく交通アクセスも確保されているものの、
京阪神方面などから「たどり着けないのでは」と誤解され、
すでに宿泊客1200人以上のキャンセルが出ているという。
地元の観光関係者らは、紅葉シーズンを前に事態を打開しようと、
急遽(きゅうきょ)17日に大阪・梅田でキャンペーンを展開することになった。 
 天川村は台風12号の影響で、7棟が全半壊、53棟が床上浸水したほか、
村中部の坪内地区では教職員住宅が流され、村立天川中学校の女性講師(39)が死亡する被害があった。
 一方、村北部の洞川温泉は紅葉スポットとして人気が高く、秋は多くの宿泊客が訪れる。
同県南部は台風で寸断された道路が多く、交通網も遮断されたとのイメージが広がり、
同温泉の旅館二十数軒のうち、11軒で9月初旬に約1200人がキャンセル。
その後も予約取り消しは続いている。
 大峯山洞川温泉観光協会の紀埜(きの)弘道会長(61)が経営する「旅館紀の国屋甚八」では、
大学の合宿など約150人の予約が取り消され、9月だけで昨年の3割減。
10月も予約が入らない状態という。
 紀埜会長は「道路は大丈夫と説明しても『危険だと言われた』と断られる。
村内でも被害があったので単純に『風評だ』とも言いにくい…」と頭を抱える。
 しかし、「沈んでいては村全体が落ち込む」(紀埜会長)と、
観光関係者らが17日に大阪市北区の「みちまちスクエアきた」に出向き、
観光チラシを配布することが決まった。当日は観光PRだけでなく、
村に寄せられた支援への感謝の気持ちも込めてキャンペーンを行うという。
Check [ 2011/10/13 20:36 ] 大峰山系 | TB(0) |   コメント(4)

大峰山系 大天井ヶ岳 (周回)  (2011.10.10) 

20111010-0.jpg
大峰山系 大天井ヶ岳にて  ※コンデジ画像

【ルート】
ごろごろ茶屋-洞川自然研究路-毛又大橋-(林道)-五番関トンネル-
五番関(結界門)-大天井ヶ岳-1328P-岩屋峰-洞川展望台-
洞川中学校前-洞川自然研究路-蟷螂の窟-ごろごろ茶屋


あろうことか、デジカメ(デジイチ)を忘れた。
他の忘れ物はあってもデジカメを忘れた事は過去に一度も・・・いや、一度だけありました。
コンデジで急場をしのいだのでいつもと少し写真の感じが違うかも。
ブログを書くのにコンデジでも十分だな。

まだ記憶に新しいあの忌まわしい9月12日の台風12号の翌13日に、
被害の程度も知らなかったのをいいことにノコノコと洞川村に向かい、
3つあった目的のうち、たったの1つも達成できないまま引き上げてきた。
あれから一ヶ月、村も落ち着きを取り戻しつつあるようだ。
新たな問題は、台風被害の復興中に同村を訪れるのは邪魔であり不謹慎だという思いがあるのか、
もう行っても大丈夫なん?と思っている人多数により、観光客が来なくなって困っているとか。
そういう風のうわさも聞こえてきたので、これは行っておかないとと思い立つ。
本来なら金剛山を主体としたブログだけに10日(祝)は「もみじ祭り」に参加するところであったが、
台風からちょうど一ヶ月を迎える事もあって、気になっていた洞川村を盛り上げに?行くことにした。
洞川(どろがわ)って本当に洞窟だらけ。そして水の限りなくきれいな川。だから洞川なのか。
ってことは、ネーミングは見たままそのままということになるなぁ。(^^;
さて、3つの目的のうちの1つめはごろごろ茶屋で給水すること。
2つめは気になっていた岩屋峰や蟷螂(とうろう)の窟(いわや)あたりが
どんなところなのかを確認したく、大天井ヶ岳から破線ルートで周回すること。
3つめはお気に入りの、お湯の色が水色のごろごろ湯?の天ノ川温泉(てんのかわ)温泉で汗を流すこと。

この季節は9時オープン(夏場は8時)のごろごろ茶屋で給水を済ませ、ついでに一日駐車することにした。
通常は300円で一時間以内の駐車と給水が、丸一日だと千円となり特別な場所に駐車させてもらえる。
ザックには汲みたてのごろごろ水を2.5リットル収納した。
9時40分、登山開始。
まずは舗装路を母公堂に向って歩く。
すでに母公堂の駐車場は満杯だ。(ごろごろ茶屋に駐車しておいてよかった)
車が後ろから来て煽るように通り過ぎる中、舗装路をしばらく歩くのはイヤだなぁとキョロキョロしていると、
どうやら川伝いに遊歩道らしいものがあるのが目に入った。
もしかしてあの遊歩道を歩くとこの舗装路を歩かなくても済むかもわからないと思い、
母公堂から川のほうへと下りていった。(実際にはごろごろ茶屋の近くからでも遊歩道に下りれた)
その遊歩道、名前が付いていて「洞川自然研究路」となっていた。
渓流沿いの抜群にごきげんな遊歩道歩き。
ここに真夏に来ての川遊びは最高だろうなぁと思いながらサクサクと歩く。
スタートしてから40分ほど経過したところで「毛又大橋」に到着。
ここからは舗装林道を五番関トンネルまで延々と歩くことになる。
この林道は五番関トンネルをピークとして反対側である国道169号の川上村に抜けれるようになっている。
日中の日差しはまだまだ暑い。
渓流沿いは涼しいのに、少しでも渓流から離れる部分では暑さを感じる。
毛又大橋から40分ほど林道を歩いて五番関トンネルに到着。
その間、人にも合わなければ車も通らないのでおかしいなぁ?と思っていたら、
五番関トンネルの向こうは崩土のために通行止めになっていて通りぬけできない状態であった。

大天井ヶ岳に来るのは二度目で、前回は五番関トンネルまで車で来てのピストン+金剛山とのW登山であった。
五番関トンネルからはいよいよ登山という感じで岩ゴロの急登を登っていくこと15分で女人結界門のある五番関。
ここではじめて休憩し、行動食を摂る。気がつくと15分も休憩してしまった。
ここからは標高差たった200mほどの登り。
ごろごろ茶屋の標高は890mくらいなのでトータルでも450mくらいしか登らないので楽すぎ?!
女人結界門のある五番関から歩くこと20分くらいのところで、前回来たときは鬱蒼と暗かった場所が、
大きく山抜けをしており、北東方向にまさかの展望が広がっていた。
今回のルートでは展望をまったく期待してなかっただけに、ちょっとした開放感に浸って10分くらい休憩してしまう。
その後はせっせと登り、あっという間に大天井ヶ岳山頂に到着。時刻は12時10分。
スタートしてから2時間30分で到着。(休憩時間を引くと約2時間)
前回来たとき出会った人に、展望があっておすすめと聞いた「大天井茶屋跡」に行ってみようと
ピークを起点に行きかけてルートをロストしてしまって登り返す。
よく考えると「大天井茶屋跡」は大峰奥駆道にあり、大天井ヶ岳ピークは奥駈道から外れていることを失念していた。
等高線を見ると50mくらいは下らなければならないし、そろそろ腹も減ってきたので行くのをやめた。
大天井ヶ岳からはいよいよ未踏の破線ルートである。
いきなり下っていく。あとはずっと下り基調なのか?!
自然林がすぐに終わって予想していたけど植林地帯へ突入。展望ゼロ。。
思っていたよりは歩きやすく、暗い・狭い・不安という感じは無い。
これといって特筆すべきものは何もないまま1328ピークを過ぎ、
「岩屋峰」のある1334ピークまであと半分というところで待ちきれずにお昼にすることにした。
今日のランチはというと、トマトスープとジャンバラヤ。
アルファ米(2食タイプ)にお湯を注いで待つこと20分。
正確にはボケーと待っているのではなくて他にやることたくさん。
まずはトマトスープ(これはインスタント)を飲んで、目玉焼きを焼いて、ソーセージを炒めて添え物をつくってと
そうこうしているうちに20分くらいはあっという間に過ぎた。
肝心の「ジャンバラヤ」は無印良品の食品である。(最近、無印良品の食品に大注目中・・)
アルファ米のご飯は旨みこそないもののメキシカン料理のエスニック系ライスであるジャンバラヤには良く合った。
無印良品「ジャンバラヤ」は、ライスが320g必要。
アルファ米の2食タイプの「白飯」は仕上がりが520gなので200g余ったがそれはそれで食べた。
ジャンバラヤは炒めるというよりほとんど混ぜるだけで完成するようになっている。(笑)
無添加ソーセージと目玉焼きという脇役がジャンバラヤを引き立てて、結果的にむちゃくちゃ美味かった。
話が脱線したが、2時間近くザ・チェアに身を預け、これまでのところまったく人に出会うことなく自分だけの時間を過ごす。
さてそろそろ行かないと。。
時々自然林があったり、小さなアップダウンを繰り返して岩屋峰らしい場所に着いて少々がっかり。
そこはピークというものではなく平べったい場所で看板すらなかった。。展望もなし。
とっとと通り過ぎ、しばらく進んだところからテープを頼りにしないと道迷いを起こすようなややこしい場所に。
地図とGPSを駆使しつつも、自分の感覚とは違う方向ではあったが結果的に正しかった。
人間の感覚というものはアテにならない。
ようやく建物らしいものが見えてきた。
その建物はというと古いトイレであった。
さらに大昔の観光登山ブームの頃に作られたであろう錆び錆びの展望台。
そこからは急に道が整備されていて良くなり、道なりに行くこともできたが、
知らない間にバリエーションに突入していて、そのままショートカットして下の展望台へ。
山と高原地図に書かれている洞川展望台がそれだ。
二階建ての立派な展望台で、一ヶ月前にかりがね橋のほうからここまで来て昼食を摂って折り返した場所だった。
洞川展望台で珈琲を作ってお茶をして、かりがね橋(吊り橋)は渡らずに下におり、村の中の舗装路を歩いて、
右手には一日違いでdanashiさんがテン泊されてらっしゃった「松林オートキャンプ場」。
さらに中学校の前を通って「洞川自然研究路」の起点を探すもよくわからないままヘンな所からなんとか合流。
途中、川を跨ぐ橋が通行止めになっていたが、ここを渡らなければ帰れない。
橋自体は問題無さそうなのでダメもとで渡ってみると、渡り終えたところで底が抜けていて驚く。
少々苦労してなんとか対岸へ着地。よい子はぜったい真似をしないように。
ふと顔を上げるとなんかスゴイところがあった。そこがまさに蟷螂の窟だった。
あちこちに穴があいていてコウモリが飛び出してきそうだ。
そして水がまたエメラエルドグリーンというかアクアマリン色というか、こんな調子で書いていたら紙面がいくらあっても。。
書きたいことはまだいろいろあるが省略させていただくとして、
「洞川自然研究路」を歩いて橋をわたってゴールのごろごろ茶屋に到着したのは17時。
トータル休憩時間3時間(お昼2時間+お茶30分+小休憩トータル30分)を足して7時間少々と、
なんともまた休憩時間の多い、ゆるゆるな山歩きになった。
帰りにダメもとで天ノ川温泉に行ってみたらやっていたので汗を流した。
天ノ川温泉から見える台風の傷跡は生々しく、二階建て民家の柱だけになって壁が無い家などが痛々しかった。

その他の画像は以下より。
Check [ 2011/10/11 21:44 ] 大峰山系 | TB(0) |   コメント(27)

遭難の裏側で。 

あの立山が・・、わずか一ヶ月足らずの先週末にはすでにこんな事になっていますよ。
アルプスはもう完全に冬装備が必要です!
 ※ブログ「行きたい所へ行こう」のヨー君の記事にリンク貼らせていただきました。

毎週のように、といえば言い過ぎ・・でもない。
登山ブームも相まって、遭難のニュースは途切れることを知らない。
ベテラン、初心者、問わず発生しているのが現状。
どうして限りなくゼロに近づかないのだろうか。
毎年定数的に、まるで人柱を捧げているかのように。
自然淘汰としての人口自然調整のひとつなのか。
そうと思えば、いや、思わなくとも明日は我が身だ。

たまたまニュースとして取り上げられなかった事故、
ローカルニュースでしか報じてない事故などなど様々。
そんな遭難事故の現場で働く方の新聞記事。
まるでコミック・映画「岳」を地で行くような話です。


(ニッポン人脈記)山を思う:4 北アルプスは俺が守る
2011/09/29 朝日新聞 夕刊 1ページより引用

3千メートル級の高峰が連なる北アルプスはこの夏も多くの登山者でにぎわった。
その一方で2009年には全国の遭難者数が初めて2千人を突破するなど、山での遭難は毎年増え続けている。
「北アルプスは俺たちが守る」。そんな思いを胸に遭難に立ち向かう人々がいる。
岐阜県警航空隊前隊長の中島健二郎(なかしまけんじろう)(60)は、
ヘリコプターによる山岳遭難救助のエキスパート。
06年に無事故飛行1万時間を達成した「伝説のパイロット」だ。
中学生の時、航空機専門の雑誌を読んでパイロットにあこがれた。
県岐阜商高に入ったが1年で中退し陸上自衛隊に入隊。
1974年からは立川駐屯地で念願のヘリパイロットとして操縦桿(かん)を握った。
その後は毎年のように長野県松本市の駐屯地に常駐し、山岳遭難救助の技術を学んだ。
北アルプス穂高連峰の岐阜県側には「日本3大岩場」の滝谷がある。
複雑な地形に加えて、刻々と変わる乱気流や急変する天候の中での操縦は困難を極める。
「いずれ岐阜にも警察の航空隊ができるはず。自衛隊で腕を磨いて、山岳遭難が多い故郷で頑張ってみたい」
そう思った中島は、83年の発足と同時に岐阜県警航空隊に入隊した。
     *
「操縦に限界はない」。それが中島のモットーだ。
「例えば高度1500メートル、時速185キロで一定の方角にぶれずに飛ぶのが理想。
実際には気流があるからその飛行を維持するのは神業に近いけれど、妥協しないで理想を追求するのがプロなんです」
中島は遭難者の救助だけでなく、遺体の収容にも全力を尽くす。
「必ず遺族の元に返してあげたい。遺体は絶対に見つけ出すという執念です」
 10年1月、冬の奥穂高岳を目指した男女3人パーティーが遭難した。
尾根で見つかった男性の遺体はすぐに収容できたが、他の2人の行方はわからなかった。
中島はヘリで30回以上周辺を捜索し、7月にもう一人の男性の遺体を谷から収容した。
遭難から8カ月後の9月、最後の女性が遺体で見つかった場所は、中島が経験した中でも「最悪の現場」だった。
谷の最も狭い所は幅20メートルで、両側は切り立ったがけだ。
ヘリの回転翼は直径14メートル。現場で旋回することは不可能だ。わずかなミスでも墜落の危険がある。
 中島は谷の方から慎重にヘリを進入させて上空60メートルで空中停止し、警備隊員2人を現場に降ろした。
その後、ヘリをいったんバックさせて谷から出た後、再び進入し、警備隊員が雪の中から掘り出した遺体を収容した。
 今年3月、中島は無事故で定年退職を迎えた。現在は航空指導官として後輩の指導にあたっている。
     *
北アルプスの富山県側を守るのは、富山県警山岳警備隊だ。
最近の遭難救助はヘリコプターが主役だが、悪天でヘリが飛べない時は遭難者を背負っての救助となる。
副隊長の佐伯乗彦(さえきのりひこ)(50)は人力による救助が主体だった時代を知る一人だ。
佐伯らは今も50キロの重荷を背負う厳しい訓練を続けている。
佐伯は「立山ガイドの村」で知られる富山県立山町芦峅寺(あしくらじ)で育ち、81年、山岳警備隊員になった。
「スキーで鍛えた自信はあったが、初めての冬山訓練で先輩が化け物に見えた」と佐伯は言う。
60キロの荷を背負い、胸まで埋まる雪の斜面を登るうちに体が悲鳴を上げ、2日目には血尿が出た。
事故現場では何度も遭難者を背負って登山口まで下った。
「雪崩の恐怖に耐えて遭難者を救助した時、自然と涙が出ました」。
佐伯は人を救う喜びを感じた半面、悔しさも味わってきた。
過去、搬送中に自分の背中で3人が亡くなったからだ。
「痛みを訴えてもがいていた遭難者が急におとなしくなって、肩にずっしり重みを感じるんです。無念でした」
佐伯はふだんは富山空港前の交番で勤務し、今秋で51歳になる今も遭難現場に出動する。
Check [ 2011/10/07 20:41 ] アルプス | TB(0) |   コメント(2)

テン場での防犯対策  

ザックをデポっていると、ザック自体を目当てに盗まれる事があるという話を聞いた。
中にGPSなど高価なものを入れていたりするともう泣くに泣けない。
大峰山系の弥山小屋周辺でも多発していると聞いたことがある。
弥山小屋にザックをデポし、身軽にして八経ヶ岳までピストンする人が多いからだろう。

テン場において、テント内にいろんなものを入れた状態で出かける時、
貴重品こそ置いていなくとも、ひとたびチャックを開けて中に入られてしまうと
外から見られることなく物色できるわけで、
山グッズのひとつでも盗られたりするとこれはかなり痛い。
どんなつまらぬものでも必要だから持ってきてるわけで、
しかも山グッズはどんなものでも意外と高いのだから。
隣のテントの人が自分の持っていたモノを持っていたとしても確かめようがない。
テントをそのままにしてテン場を離れるとき、その事がいつも気になっていたのだ。

そんなわけで好日山荘で南京錠を買ってきた。
この状態で南京錠の本体を手に持って画像で言うところの右上に引っ張ると簡単に開いてしまう。
一瞬焦った。
しかしながら、テントを建てた状態であれば簡単には開かない。
さらには持ち物すべてにマジックインキで平仮名なんかででっかく名前でも書いておけば最強?!
そしてさらに、テント内では山ラジオでも鳴らしておこう。
さて、これでちょっとは防犯効果があるのかな。

20111005-1.jpg
ミリオンロック 4桁のものはめずらしい。
Check [ 2011/10/05 20:32 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(8)

「登山・ウォーキング外来」とは 

自己の戒めのために、羽根田 治著の遭難シリーズを持っている。
自分の山歩きスタイルでの重要度の高いものから買っているうちに
以下のものを全部買ってしまっていた。

 ・ドキュメント 気象遭難
 ・ドキュメント 道迷い遭難
 ・ドキュメント 滑落遭難

実はこのシリーズで、著者が違う一冊「ドキュメント 山の突然死」柏 澄子著というのがあるのだが、
これだけは持っていない。
突然死の可能性については深く考えたことがなかった。
心拍数についてもあまり意識することがなかったし、
「息が上がって会話ができないほどのペースは早すぎ」という程度の知識というか認識でいた。
10代の若い人であってもスポーツ中に突然死のニュースをたまに目にする。
以下の記事を見るとひと事ではないなと思った。

登山・ウォーキング外来:記者が受診 動脈硬化の恐れ、改めて知る
2011/09/28 毎日新聞 地方版 24ページより引用

 山登りを始めて15年、47歳。私は持久力には自信がある。前の人をどんどん抜いていけるが、
心筋梗塞(こうそく)で突然死する登山者もいるので、自重した方がいいとも考える。
登山に欠かせない健康状態や体力を知る「登山・ウォーキング外来」が今月、
苫小牧東病院(苫小牧市明野新町5)に開設されたので受診してみると、思いがけない結果が出た。
 心電図を取る電極を左胸に貼り、ベルトが電動で回る器具「トレッドミル」の上を走った。
1分ごとにスピードと傾斜がきつくなる。安静時は表れない心臓の変化を診る。
 スタートから13分経過。時速8・5キロで傾斜20・6%。息が苦しい。
モニターを見ていた船木上総(かずさ)医師(55)が「もう1段階きついマックスまでいけるかな?
 あっ、STが下がったね」と言い、ベルトを14分で止めた。
 STとは心電図の最も大きな山と、次の中くらいの山の間を指す。
正常なら水平な線を描くが、私の場合は落ちこんだ。だが胸に痛みはなく、まだ走れそうだった。
船木医師は「心臓に十分な酸素が届かない時に表れる形。
冠動脈の内側が狭く、酸素を運ぶ血液が行き渡っていない恐れがある」と説明した。
 いわゆる動脈硬化だ。この状態を心配するのには理由がある。
私は20代から、この原因となる悪玉のLDLコレステロールが高く、
この日の血液検査でも1デシリットル当たり182ミリグラムと基準上限より42ミリグラムも高い。
心臓の精密検査を勧める船木医師は「問題ないと診断されるかもしれないが、それはそれで安心できる」と話した。
 道警によると、昨年まで5年間、道内の山で病気遭難したのは15人。
うち9人が死亡し、5人は心臓の異変が原因だと分かった。
高血圧や糖尿病、喫煙習慣も心筋梗塞の危険因子で、脳卒中にも用心が必要。
山ではすぐに救助隊が来ないから倒れれば致命的だ。
私も心筋梗塞のリスクが高いことを知った。精密検査を真剣に考えている。

 ◇過信せず心拍数に注意を
 無理せず楽しく登山するには自分の「無酸素性作業閾値(いきち)」(AT)を知り、
その時の心拍数を超えないように登ることが有効だ。
 中程度までの運動の時、人体は酸素を使って脂肪を燃やす仕組みを中心に、体を動かすエネルギーを作る。
「有酸素運動」と呼ばれ、長時間疲れない。
次第に運動を激しくすると、酸素摂取が追いつかなくなり、酸素が不要な機能として、
筋肉内のグリコーゲンを元にエネルギーを作る仕組みが活発化する。
だが、この状態は体に負担をかけ、すぐ疲労してしまう。
 切り替わる時点がATで、呼気に二酸化炭素が急に増える形で分かる。
トレッドミル上ではマスクを着けて呼気を分析し、私は時速5・5キロ、傾斜19・7%の開始8分過ぎに表れた。
この時の心拍数は毎分162回だった。

 検診では▽酸素を取り込む能力「最大酸素摂取量」は、体重1キロ当たり毎分55ミリリットルで、5段階評価の5
▽肺活量4・85リットルなどから「肺年齢」は39歳
▽目を閉じて90秒片足立ちできるなどバランスは正常――といい結果が出た。
それでも異常が隠れていた。船木医師は「体力を過信している人こそ危ない」と警告する。
 同外来は登山やウオーキング以外のスポーツにも有効。
毎月第2土曜日の午前で予約制。料金は1万8000円。申し込みは同病院(0144・55・8811)。
■写真説明 トレッドミルで心電図と呼気を取る。奥はモニターと私の表情を観察する船木医師=病院職員撮影

※写真は引用しておりません。

金剛山頂の気温

金剛山の一日  
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プロフィール
こんちくわ。
キバラー
と申します。
ほぼ毎週金剛山をメインで
登っています。
飽きっぽいのか色々やってきて
自転車→オフロードバイク→
大型バイク→登山へと変化し、
その間、
テニスやスキーにハマった数年間。
キャンプは今でも細々と。
今は山に全力で年中夢中
ヤマ仲間
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