生駒山系に連なる金剛・葛城山系の主峰『金剛山』から始めた山登り。その時々で気になる山へ、気の向くままに・・・

葛城山 + 金剛山 第226回 (2010.12.30)  

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左から、キバラー、夜登さん、中村さん、kosiziさん、katsuyukiさん

『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分36秒)



登り:水越峠→葛城山→水越峠→もみじ谷本流ルート→金剛山頂→香楠荘
下山:香楠荘→ダイトレ→朝原寺跡の道→関谷道→水越旧道→水越峠



<登場人物プロフィール>

夜登さん
 ブログ「金剛山の夜景」の管理者。
 ピープスという特殊なクライミングのメーカーのザックがひときわ目を引く。
 それもそのはず、クライミングにかけては一流の技術と完璧な道具を所有。
 しかしながら登山はもっぱら金剛山がメイン。
 夜の金剛登山は夜登さんの右に出るものはいない。

kosiziさん
 御歳75歳。58歳から登山を始められて、すでに日本百名山、
 近畿百名山、関西百名山はとっくにクリアされて年間250日は山登り。
 今年、あのハードな大阪府チャレンジ登山大会では、
 30分もスタートの遅かったkosiziさんに途中で抜かれ、
 ついに追いつくことができなかった。
 mixiには山に登った写真と日記を必ずアップされていてITにも明るい。
 
katsuyukiさん
 去年から登山を始められ、現在はとある山の会に入られていて、
 今年は大峰山系でのハードな山登りやクライミングもこなしておられる。
 そのポテンシャルは潜在的能力と思われるほど最初から凄く、
 怒涛のパワーで周りから「速すぎる」と言われている。
 mixiではkatsuyukiさんの日記が見れる。

中村さん
 空白期間があったものの、昔から登山をやっておられた実績は大きく、
 コンパスを使った読図はもちろんのこと、天気図まで意識した登山ができる。
 とにかく驚くほどマメで、本格的な山行きでは入山届はもちろんのこと、
 関係各警察署に根回しまで。
 ザックのパッキングの美学はすばらしく、完璧で効率的。
 登山のポテンシャルはkatsuyukiさんを凌ぐパワーで、
 長距離登山になると自分はまったく着いて行けない。


今日は香楠荘で納山会(宴会)をしようということに急遽決まり、
各自好きなルートで登って11時に香楠荘に集合するというミッション。
自分は電車で来られる中村さんを送迎するので一緒に登ることにする。
そこにkatsuyukiさんも飛び入り参加。

二日ほど前に大雪が降ったので、まだ十分雪がのこっていると思っていた。
積雪といえば葛城山頂がスキー場のようになって雪遊びに最高のステージとなる
と聞いていたので、金剛山に登るだけではモノ足らないので葛城山を先に登る計画にした。
水越川公共駐車場に着いてみると、雪が積もっているといった様子がまったく無い。
失敗したと思ったが時すでに遅しであるが、とりあえず葛城山に登ることにした。

駐車場を7時ちょうどにスタート。
いきなりの急登ですぐにカラダは温まりフリースを脱ぐ。
予定では、葛城山頂に登って再び水越峠に下山完了する時間を9時に設定していたので
ハイペースで登ることになった。
息切れしながらもせっせと登ってパラグライダー場に着いたのが8時ちょうど。
少し休憩して、さらにツツジの丘を抜けて葛城山頂に着いたのが8時20分。
風がよく通るので少々寒く、気温は低いはずなのに雪がほとんど残ってない。
葛城山頂からの眺めはいつもながらすばらしい。
360度の展望で遠くに台高山脈や大峰山脈、そしてすぐそばには金剛山がそびえる。
高原ロッジで一度泊まってみたいなと思った。
葛城山頂ピークに着いたところで時間が押しているのですぐさま下山開始。
水越峠に下山完了したのは9時ちょうどで計画通り。
ダイトレをカヤンボに向けて歩く。
快適な林道であるがこれが結構長い。
カヤンボが近づいてくると路面は雪が凍った状態になってくる。
登りなのでアイゼンはなんとか使わずに行けそうだ。
もみじ谷の入口に到着したのがすでに9時35分。
あと1時間25分で香楠荘に着けるのだろうか?

ほぼノンストップで登り続け、
もみじ谷ルートともみじ谷本流ルートの分岐に到着したのが10時10分。
あと50分あれば香楠荘まで行けるかぁという思いがアタマをよぎる。
氷瀑で有名な最後の大堰堤に到着したのが10時20分。
少し休憩する。
そしてそして大堰堤を巻いてさらに進み、詰めの急登を登る。
休み休み登らないと息切れする。
山頂の転法輪寺に着いたのが10時45分。
時間に正確な性分の自分は、遅れることを極端に気にする。
(人が遅れることは気にならないが)
捺印しないで香楠荘に直行すれば間に合うかもしれないが、
帰りに山頂を通るかどうか未定、というかもみじ谷ルートで下りるつもり
だったから、やっぱり山頂は踏まない。
だったら捺印していくしかないなぁと判断した。
国見城址広場に行くのはパス。
温度計の撮影と捺印所での捺印、そして転法輪寺での捺印。
これだけでだいたい5分かかった。
あと10分。
転法輪寺の捺印はボーさんではないもうひとりの方が。
捺印を済ませて去ろうとすると奥からあのべっぴん山ガールのダーさんが。
いつから転法輪寺の住人になったのかな!?
挨拶もそこそこに香楠荘に向かう。
途中、雪で滑りそうになりながらもなんとかバランスを取って
おそるおそる歩いている中村さんと、12本爪のアイゼン装着のkatsuyukiさんを
残したまま、とにかく香楠荘へ猛ダッシュ。
途中、近道の橋を通って香楠荘到着が11時13分。
個室にはすでに夜登さんとkosiziさんがお待ちかねでした。
予約制の宴会メニュー(4,000円)は、
個室+入浴+鍋料理+うどん+雑炊+珈琲で3時間までというもの。
今回、入浴はしなかった。
部屋から外を眺めると猛吹雪。

14時05分、香楠荘を出発。
ちはや園地で夜登さんと別れる。
山頂方向に向かって歩くも、踏み跡がすぐに消えるほどの吹雪で
どんどん雪が積もっていく。
一の鳥居からはダイトレ方面へ。
みなさん余力がおありなので朝原寺跡の道を経て、
未踏の関屋道ルートに行くことにした。(この計画は香楠荘で立てた)
15時15分、朝原寺跡に到着し、左へと伸びる関屋道のほうへ分岐する。
ほぼ道なりで、途中テープなどを頼りにどんどん進む。
等高線に出ないような痩せ尾根のようなところを歩き、
小田和地蔵(第二十二番経塚)を経て下山するととんでもない所に出た。
1994年版の山と高原地図では、水越トンネルの上を跨いでいる風だったが、
実際は水越トンネルを抜けた所に出た。
途中分岐があって、どちらを選んでもだいたい同じようなところに出る感じ。
車に注意しながら反対側に渡り、さらにブッシュに覆われた道を通って
なんとか旧道に出たものの、とてもおすすめできるような道ではなかった。
ここんとこはあまり多くを語りたくない。
さてその旧道、ヘアピンカーブを幾つも経て登っていく延々と長い舗装道路で、
山ひとつ登るくらいの高低差と距離で、祈りの滝を経て
駐車場に戻ったら真っ暗闇になった。
17時30分、下山完了。
関屋道ルートはぜったい最初で最後だ。
疲れた。
こんなプランにみなさんを巻き込んで申し訳ありませんでした。

その他の画像は以下より。

金剛山の全ルート一覧 

20101227-1.jpg
金剛山の登山ルートGPSログ
 ※歩いたのにログを取っていなかったルートは上図にはありません。(ダイトレや青崩道など)
 ※未踏のルートはあたりまえですが上図にはありません。
 ※上図ログにはいろんな色がついていますが意味はありません。

これまで歩いたルート+未踏ルートを合わせた現時点で
全てと思われるルートを総括してみた。

《ご注意》
・確実に人が歩いていて道筋が確かにあるもので、バリエーションルートは含まれていません。
・無数にあるルート間を相互につなぐ道もたくさん存在しますが省略しています。
・すべての名のある道に「ルート」という表現を便宜的に付け足しています。
・名前の無いルートについては勝手に名前を付けているものもあります。
・ベテラン回数登山者や山主様によっては、これをルートだとは認めないぞというものがあるかもしれません。



【大阪側】

千早本道  昔は正面登山道と言っていたようだ。
本道千早城趾ルート
本道水場ルート
妙見谷ルート
妙見尾根ルート
タカハタ谷ルート
ツツジオ谷ルート
ツツジオ谷源流ルート
松の木ルート
カトラ谷ルート(全4系統あり 内2系統は未踏)
かま道ルート(ターザンルート?)
かま尾根ルート
かま谷ルート
わさび谷ルート
黒栂尾根ルート
黒栂谷ルート
清井山ルート
サマーハウスルート<未踏> 先日、kosiziさんに案内してもらうところだったが時間が無くて断念。
五条林道ルート
村界尾根ルート
赤滝谷ルート
ババ谷ルート(途中、無数の組み合わせあり)
出作谷ルート<未踏>
鱒釣場ルート(出作尾根)
カタクリ尾根ルート
香楠荘尾根ルート
ロープウェイ山上駅ルート<未踏> ちゃんとトラロープなどが付いているらしい
寺谷ルート
文殊中尾根ルート
文殊東尾根ルート(通称:ハードルート)
馬の背ルート(2系統あり)
木場道ルート(通称:シルバールート)
伏見峠ルート(念仏坂)
細尾根ルート
久留野峠ルート

【奈良側】

久留野道ルート
伏見道ルート<未踏>
クソマル谷ルート(危険度:★)
天ヶ滝新道ルート
小和道ルート
橋本院からの道ルート<未踏>
朝原寺跡の道ルート
百々川ルート(危険度:★)
イワゴノ谷ルート(危険度:★★)
郵便道
マツバカケ尾ルート
ヒロセの道ルート<未踏>
高天滝ルート(危険度:★★★) 但し、最近トラロープをたくさん設置してくださった情報あり。
関屋道ルート<未踏> ←2010.12.30完了

【水越側】

ダイヤモンドトレール(略してダイトレ)
ガンドガコバルート
サネ尾根ルート
カヤンボ谷ルート
サネ尾根ルート(カヤンボ尾根)<未踏> ←2011.1.8完了
狼谷ルート
もみじ谷ルート
もみじ谷本流ルート(新・旧の2系統あり)
太尾東尾根ルート
太尾西尾根ルート
丸滝谷ルート(危険度:★)
石ブテ東谷ルート(危険度:★)
石ブテ西谷ルート(危険度:★)
中尾の背ルート
石ブテ尾根ルート(2系統)
石ブテ47番尾根ルート
青崩道
水分道
坊領ルート

これら以外にもまだ存在するものと思われるし、実際、バリエーションのつもりで行ってみたら
確かな踏み跡があった所もあるが、着地地点が駐車場やバス停の無い集落の中などは
地元の方が昔から利用されていたルートと思えるため取り上げていません。
抜けがあれば教えていただけると幸いです。

※つぶやきを削除し、山と高原地図(2010年版)にGPSログを当ててみた画像を追加。
 その画像は以下より。

55歳は山では若造。 

尊敬する大先輩で、最近何かとよく金剛山頂で出会う山友達の鉄人の方ですが、
なんと58歳から登山を始められたそうです。
平成17年2月に嶽ノ森山で関西百名山を制覇され、
平成19年9月には鳥海山で日本百名山をクリア、
平成20年4月の但馬妙見山で近畿百名山を達成されてらっしゃいます。
そして遠征の無いときは毎日のように金剛登山。

それを思うと55歳なんてホント、若造ですよ。
そういう自分はガキですがナニか?
こんな記事がありました。


鹿笛:9月に初めて御所市の金剛山…
2010/11/30 毎日新聞 地方版 26ページより引用

 9月に初めて御所市の金剛山(標高1125メートル)に登った。
07年12月26日から毎日登っている葛城市尺土の加島伊佐夫さん(65)が
連続1000日を達成する記念日で、私も一緒に行きたいと願い出た。
 最初は「午前4時40分に登る」と連絡があったが、さすがに真っ暗の中の登山は遠慮し、
同6時からにしてもらった。
加島さんは普段、1時間余りで登るが、私に付き合って倍以上も時間を掛け、ゆっくりと登った。
 道中、加島さんを含め私よりも高齢な人たちが、生き生きと登る姿を見た。
55歳の「若造」の私は、「まだまだ、これからだ」と思った。


ちなみに鉄人に、日本百名山でいちばん印象に残っている山はどこですか?と
お尋ねしたところ、屋久島とか北アルプスあたりの山という答えが返ってくるかとおもいきや、

つづきは以下より。

金剛山 第225回 (2010.12.18) 

20101218-1.jpg
水分道を登り詰めた青崩道の近くにて。

『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分34秒)

※休憩込みで8時間半かかったルートを3分ほどで紹介するには無理があります。(笑)

登り:水分道ルート  道の駅ちはやあかさか(7:30)→山頂(10:30-45)→香楠荘(11:10)
下山:坊領ルート  香楠荘(12:10)→湧出岳→山頂(12:45)→坊領山→上赤坂城跡→道の駅(16:00)

朝5時頃の山頂の気温は0℃。
昨日の朝に確認したときはマイナス6℃だったのでまだましか。
モンベルのジオライン中厚に長袖ミッドレイヤー重ね着。
そして薄いフリース。ズボンは冬用。
7時30分、道の駅「ちはやあかさか」を中村さんとスタート。
1台の車で来たのでデポできないわけで、また同じ所に戻ってこないと行けない。
しかもここからのスタートは最低3時間はかかる金剛山の数あるルートの中でも
極めて長いルートである。
水分道ルートで登るということは、水分道をピストンするか坊領ルート以外には無い。
そういうわけで水分道で登って、坊領ルートで下山する計画である。
水分道ルートはずっと前から気になっていたルート。
山と高原地図にある登山ルートでは、水越側唯一の未踏ルートだったからだ。
こんな長尺ルートは誰かと来ないと挫折しそうなのだ。
南河内グリーンロードを跨いで道なりに民家のある舗装路を行く。
やがて林道となる。
林道を延々とあるくと最後に「通行止め」の看板。
山と高原地図によると、立派な林道が足谷川に沿って、水分道と青崩道の
合流地点に迫るところまで続いている。
この林道が登山道として使えたら人気ルートになるに違いないが、
ここを行くことは山主から断じて禁止されている。
仮に見つかろうものならこっぴどく叱責を受けるとか。
「通行止め」の看板を右に見ながら左へと進入していく。
そちらにも林道がしばらく続き、最後は左手に白い建物があるところで終わり。
白い建物は廃墟になっているが、あまり関心を持たずにそのまま通過する。
道なりでも、左手へも進むことができるが、どちらも結果は同じになる。
このあたりはちょっとややこしかったので、
金剛山公式ページのまっくんさんが作られた案内を見て進む。
あとはほぼ道なりに延々と行く。
たまに立ち止まるとたちまち寒くなる。
目を楽しませてくれるものはほぼ何も無く、ひたすら林道を行く。
途中、高圧線の鉄塔の下や横を通過する程度で、
急登があるわけでもなければほんとに何も書くことがない。
そのうち、前にも二度来たことのある777mのピークの横を通過して
少し下がって、再び登りつめて合流したところを左に進んで青崩道に合流する。
青崩道では、セトを過ぎて登り始めたあたりからだんたんと雪道になってきた。
気温がかなり下がったのが体感できる。
山頂広場が近づくと、木々には樹氷が付いていて綺麗な景色となる。
路面の雪はパウダースノーで、歩くきしみ音が気持ちいい。
10時30分ちょうどに山頂広場に着いた。
時間がまだ早いのか、人は少なめ。
この寒さだと売店に避難したくなるところだろう。
ちょうどその時、あの鉄人kosiziさんが松の木ルートから登って来られた。
先日遠征されていたところなのに、帰ってからも毎日金剛山に登られているとか。
捺印を済ませると、kosiziさんはログハウスに行かれるとのなので、
我々は香楠荘に行こうと思っていたので途中まで一緒に行くことにした。
途中といっても、ログハウスはちはや園地の前、香楠荘はそのすぐそばだ。
ログハウス前でkosiziさんと別れる。
香楠荘には11時過ぎに到着し、およそ1時間お昼の休憩をする。
窓から眺める千早本道の稜線がかっこいいと中村さん。
言われてみれば真横から千早本道が眺められるとは考えたことなかった。
たしかに美しく、かつ、かっこいい。
さすが正面登山道である千早本道の風格を象徴しているようだ。
香楠荘を12時過ぎに出てからはログハウスに立ち寄ってkosiziさんに挨拶。
みなさん結構盛り上がっておられてご機嫌んさん。
売店併設で、ストーブも付いていて暖かい。
そのストーブを利用してお湯をあたためる輩も。
まさに居心地の良いオアシスという感じ。
kosiziさんが長居するのがよくわかる。
さて、再び歩き出した我々は、中村さんが行ったことのないところを案内、
というわけで湧出岳に立ち寄り。
その後、再び山頂へ戻る。
山頂直前のスロープが滑りそうなので、
ブナ林のほうから巻くルートへ迂回して鳥の餌場を通ると、
そこはバードウォッチャー天国。
いったい何人の老若男女がカメラを構えていたことだろう。
鳥が逃げないように気を使いながら通過して山頂に戻ってきた。
そういえばそろそろ夜登さんの力作であるパノラマ夜景写真があるのでは?
と気になって探してみたら、トイレ前の掲示板のガラスの中に掲げられていた。
2010年12月14日から掲示されたとか。
唸るほどの出来栄えだ。
夜登さんが気にされていた謎の光源は、蓬莱山方向に位置するようで、
帰ってから電子地図で調べてみたら、「びわこバレイ」のナイターの照明ではないか?
実際、「びわこバレイ」にはナイターでよく行ったし、
蓬莱山のリフトはナイター営業をやっているゲレンデであった。
が、しかし、最近、経営母体が変わって?最近、ナイター営業が無くなったと聞いた。

12時45分、下山開始。
国見城址広場の後ろから青崩道でまずはセトまで。
セトから少し登って山火事跡の反対側にある、坊領ルート、足谷ルート、清井山ルートと
共用している道へと入って行く。
道なりにボケ~と進むと清井山に行ってしまって「まつまさ」へ下山してしまうので
しっかりと目印を見落とさないように進む。
前に登ったときの記憶となかなか一致しない。
登りと下りじゃまったく別モノの風景だからだ。
前はもっと難しかったが、テープや案内が増えて迷わない。
だいたい半分ほど下ってきた頃、坊領山(坊領城址)ピークに立ち寄る。
ここまででも頻繁に中村さんの山と高原地図の等高線や、
GPSの地図との照合を繰り返してきた。
坊領山を過ぎて後半戦になってくると、やや複雑でステージ変化がはげしい。
迷いそうになったのが「猫路城跡」付近。
「猫路城跡」から「砦跡」までは坊領ルート最大の難解路だ。
坊領ルートを前に登ったときは夏場で、蜘蛛の巣やヘビ、虫に悩まされ、
もう二度と来ることは無いと思ってものだが、季節が冬に変わると
落葉により明るく雰囲気が一変してとても楽しく歩けた。
「上赤坂城址」からの展望はなかなかのもので、夜景も街が近くて綺麗だろう。
坊領ルート登山口に駐車すればアクセスも近く、20分足らずで来れるはずだ。
立ち寄れるところはすべて立ち寄って、ようやく坊領ルート登山口にある林道に出た。
そこからひたすら舗装路を歩いて駐車場まで戻った。
なんか下山は長く感じたなぁと思ったら、
下山なのに、登りの水分道よりも時間がかかっていた。
それにしても水分道とは大違いで楽しかった。

その他の画像は以下より。

『金剛山のサムライたち』 佐奈田欣也著 新潮社(自費出版) 

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・・金剛山を舞台にした「サムライ」と呼ばれる人たちの活躍を描いてあますことなき、
これは現世に生きとし生ける人間たちのロマンである。
 ※帯より引用。

たまに山頂でお会いすると、これ以上ないという最高の笑顔で声をかけてださる石山さんと
またまた山頂でお会いし、石山さんのそばでお昼を摂っていたところ、
蜻蛉の生きているんだ働こうBLOG」の蜻蛉(とんぼ)さんが蜉蝣21(かげろう21)という
ペンネームで書かれた創作作品「槇尾山蔵岩殺人事件」の話になった。
同じような創作作品であるが、著者の実体験をそのまま反映したとしか思えないような
傑作書物を、数年前に石山さんが古本屋で見つけられたというものがコレ。
「金剛山のサムライたち」という本で、著者の佐奈田欣也氏が出版社に持ち込み、
自費で本格的な装丁をした本を3000部ほど作り、自力で本屋を訪ね歩いて持ち込んで
販売してもらったという。
その本の内容が話を伺っているとすぐに興味を持ち、どうしても読んでみたくなった。
金剛回数登山の練成会ができたころの話や、金剛登山ブームのルーツ、
さまざまな登山者との人間模様が盛り込まれているという。
詳細は読んでみないことにはわからないので、そんなどこにも売ってないような
入手困難な貴重な本をお借りできるという話にまで至ったわけだが、
たまたま運良く独自で見つけることができ、本に書かれた定価である1800円で入手できた。
石山さん、この場をお借りしてお礼申し上げます。

OCRでデジタル化してPDFにしたいほどだが、ページ数が半端無い。
本文はまだ読めてないので、「あとがき」などにある著者自身のコメントや
これを読まれた方からの感想などから一部抜粋して紹介してみたい。

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 ・・・私は私の念願とする長い作品の執筆過程において、この書下ろしに手をそめた。
 その長い作品は、最初から意図したものではなく、結果的に長くなったのであるが・・・

 ・・いま書いている以上のものがこの世にあるだろうか。あるわけないと思っていた。
 たまたま縁あって五十六年の秋、井関信という人物に親しく会うまでは。
 私が、私のライフワークとする長編小説の筆を途中で擲って(なげうって)でも、
 書いてみたいと思う人物が現れたのだ。それほど井関信は「魅力的」だった。
 そして、その舞台となる金剛山も、背景となる山の群像も。
 ここではじめて私は三十年近くあたためつづけてきた「おもしろくて、ためになる」
 小説の構想をもちえた。文章のアヤで売る小説の時代は去った。
 かんじんなのは、そのモチーフである。ほりさげ方だ。

 ・・・枚数といえば、山へ登りながら半年あまりかかって書き上げたときは、五百十一枚だった。
 書き上げたものの、どこに発表するあてとてなかった。そうして、山と自宅との往復だけの
 孤独な魂が救いを求めるようにこの年の六月、知人の勧めで入会した尼崎市の
 同人雑誌「AMAZON」にも、その枚数からいって到底掲載の対象外だと思われたので黙っていた。
 ご多分にもれず、同人雑誌といえば情けないほど薄い本である。・・・・ 

最終的には700枚にも達したものを、さまざまな方々の意見を取り入れて圧縮し、
完成に至ったという最高傑作「金剛山のサムライ」について、
評価された方々からのコメントも書かれてました。

 ある女性より。(女性の立場から)
 「山など、高校時代に半強制的に一回登ったきりで興味はありません。したがって、
 井関の刻苦奮励などに就いてはさほど感動がないのです。にもかかわらず、
 終局の”金剛山のサムライたち”の活躍の段は圧巻たるもので、たたみかけてくるような文章
 もさることながら、はじめてわたくしは”山の現場”に参加しえたような興奮にかられました。
 が、それよりもわたくしは、沢田幸治の生きざまに目をうばわれ、ややもすると説明文的な
 ページを読み飛ばしつつ、沢田ひとりを追い続け、追い続け、あやうくその項ばかり
 拾い読みしそうで難儀しました。・・・」

 ・・・激励の言葉より嬉しかったのは、四年前、交通事故に遭い脚を骨折して半年間入院の結果、
 どうにも元へもどらず跛(ちんば)をひいている彼が、たとえロープウェイであろうと、
 私の作品を読んで金剛山へ行く気をおこしてくれたことであった。・・・ 

そんなにまで高く評価されているこの本ですが、いったいどのような内容なのでしょうか。
早く読んでみたいところです。

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Check [ 2010/12/15 21:32 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(6)

昭文社 『山と高原地図』 昭和56年版 を読み解く (3) 

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Nakaさんから借りたまんまの地図より。

登山装備表、今昔。

登山装備表は最新版の山と高原地図にも存在する。
つっこみどころ満載!29年前の登山スタイルはこんなだったのか。
当時は速乾性の機能ウェアもなければ、登山靴も金属製の小さな爪の付いた重い物だった。
そんな当時の登山装備表を確認してみた。

登山装備表(昭和56年)1981年版より

【服装・履物】

上 着 単に上着とだけ書かれているが、何を意味するのかわからない。おそらく綿シャツのことだろう。最新版ではもっと細分化されていて、長袖シャツやフリース・セーター、ダウンとなっている。
ズボン ズボンっていったい何語?今でも使うけど死語になりつつある。
今ではパンツと呼ぶ事のほうが多い。
半ズボン 今では半パンと呼ぶ。
最新版装備表では半パンの事については書かれていない。山では邪道?
チョッキ ベストのことだろう。毛糸できた重いアレの事だろう。
セーター チョッキの袖ありのほうだな。チョッキもセーターもとなると重量が。
カッターシャツ え~?え?理解不能。
昔は百貨店やデパートにスーツ姿で行っていたはずだから山でもありえる?
ポロシャツ かつては夏場の山ウェアの定番としてのポロシャツ。
すっかり最近見かけなくなったものだ。
ズボン下 ステテコとかパッチ(ばっち)の事と思う。
厳冬期にはタイツを履くことがあるが最新版装備表には無い。
かえ下着・靴下 最新版ではアンダーウェア、ソックスという表現になってはいるが、素材以外は今でも変わりなし。
帽 子 最新版装備表でも変わりなし。キャップ派とハット派あるが。
手 袋 グローブという表現になっている上、当時よりは機能面は劇的に向上し、多種多様になった。
ウィンドヤッケ ヤッケってそもそも何でした?ウィンドブレーカーのような物?
最新版装備表ではアウタージャケットとなっている。
ウィンドズボン 最新版ではアウタージャケットやレインウェアの上下セットが基本という扱いだ。
キルティング
コート
キルティングで?しかもコート?はて?
オーバー手袋 これも最新版で言うところのグローブに統合される。
マフラー 最新版装備表にも掲載なし。
そういえば最近知っている人が使っていたような気がする。
イヤーバンド 何コレ?イヤーマフとか頭に巻く防寒のハチマキみたいなもの?
登山靴 最新版装備表でも変わりない。
昔の登山靴は金属の爪が土踏まずに付いていたのを記憶している。
キャラバン
シューズ
登山靴といったいどう違うの?
登山靴よりライトなトレッキングシューズみたいなもの?
スパッツ 最新版にも掲載がある。現代ではオシャレも兼ねている。
オーバー
シューズ
これも登山靴とどう違う?
本格的な山用の本皮の登山靴みたいなの?
アイゼン 最新版装備表でも変わりないが、4本爪の簡易アイゼンが進化したものがPinoPlan製のワンタッチのマジックアイゼン。
ワカン 金剛山以外の、たとえば明神平の厳冬期などでは必須。
地下足袋 これは今でも履いている人のブログを知っている。(笑)
ワラジ 今ではありえない。
しかし、氷の上でも滑らないし耐久性さえあれば履いてみたい気がする。

【一般携行品】

リュックサック もう死語扱いなのか、最新版装備表ではザックという言葉になっている。
サブザック 現代ではウエストバッグやアタックザックのようなものか?
背負子 ボッカさんのアレだが、見たことが無い。
金剛山なら車で資材を搬入できるが、そうではない山小屋への運搬に必須。
ピツケル ピッケルは厳冬期なら大峰山系でも必須装備。
シュラーフ 当時からシュラーフなんてあったの?発音ちょっと変。シュラフのことだろう。
雨 傘 最新版でも掲載あり。金剛山ではレインウェアよりメジャーだ。
ビニール
レインコート
透湿性ナシなんて今では考えられない。
本格的な山だと透湿性が無いと命にかかわる。
ポンチョ 上にほぼ同じ。
水 筒 最新版では保温ボトルという表現に。
当時は内側がガラスでできた落とすと壊れる重い魔法瓶だった。
テルモス 何なんでしょうコレ?こっちが魔法瓶?じゃ水筒は何?
懐中電灯 現代では消費電力が圧倒的に小さくて球切れしないLEDライトに取って代わった。
ヘッドランプ 最新版でも変わりないが、LEDに取って代わった。
予備電池・球 LED時代になったので予備の電球はもうありえない。
しいて言えば予備のLEDライトだ。
洗面用具 山小屋泊向けの装備なので最新版装備表でも変わりない。
タオル 最新版装備表ではこんなモノはあたりまえに必須なのでいちいち掲載していないと思われる。
サングラス 最新版装備表にも掲載あり。
持ってないなぁ。。自分の場合は度入りが必要になるため。
ゴーグル 金剛山では必要無いが、山と高原地図全般の共通装備品なので風雪厳しい山もある。
ナイフ ビクトリノックスやウェンガーのような十徳ナイフのことか?
果物の皮剥きに使っていたとか?
時計 最新版装備表でも同じ。
地図 最新版装備表でも同じ。
磁石 最新版装備表ではコンパス。それも今ではシルバコンパスが一般的。
細引 細いヒモであるが、最新版装備表には無いけど当時はコレを何につかってたの?
呼子 コレ何でしょう?ホイッスル?
非常食 現代ではカロリーメイトとかソイジョイとかあるけど、当時は何だったんでしょう?
嗜好品 タバコとかワンカップ酒とかコーヒーとか?最新版装備表には記載なし。
救急薬品 薬品って。赤チンとかを思い出す。最新版では救急用品となっている。
古新聞 コンビニのビニル袋のような便利なものが無かったはずなので、何かを包むためのものだろうか?
マッチ・ライター マッチは最近は見かけない。最新版装備表ではライターのみの記載。
チリ紙 ティッシュペーパーが無い時代なので四角いかさばりそうな紙のはず。
最新版装備表ではロールペーパー。
ハガキ・切手 最新版装備表には記載なし。
富士山では山頂からハガキを投函できるが他ではどうなのか?
筆記用具 最新版装備表でも同じ。これって今なら何を携帯する?
鉛筆は芯が折れこと困る。シャープペンか?ボールペンは肝心なときに出ない。
身分証明書 最新版装備表でも変わりなし。免許証とか保険証。
小物入れ 最新版ではわざわざ記載なし。
風呂敷 さすがに最新版装備表には記載なしであるが、衣類などをまとめるのに風呂敷って結構便利。復刻ブームもアリかも。
財布 最新版装備表ではわざわざ記載なし。
予備靴紐 最新版装備表でも同じ。
マリポサシューズも予備のワイヤーを持っているがまず切れることはない。
ゴミ持ち帰り用袋 当時はどんなもの?
現代ではコンビニ袋など。漏れ対策のためにゴミ袋は防水袋に入れている。

現代ならではの装備品としては、高度計・気圧計・風速温度計、カメラ、ラジオ、ハンディGPS、
ストーブ・コンロ、クッカー、ストック、防水袋、ザックカバー、日焼け止め、携帯電話、
衛☆でん話、アマチュア無線機などが加わることだろう。

大峰山系 観音峰 (2010.12.12) 

20101212-7.jpg
観音峰山頂にて

コース:観音峰登山口~第一展望台~観音の岩屋~観音峰展望台~観音峰山頂(ピストン)

元々は観音峰周回の予定であった。
観音峰登山口から観音峰を経て、法力峠に下りてそこから母公堂へ行き、
バスか何かで再び観音峰登山口に戻るか、歩いて戻るか、
そこんとは行き当たりばったりで出たとこまかせだったはずが。。

観音峰登山口を9時にスタート。
大峰はかなり冬模様が進んでいるのかなとアイゼンまで持ってきた。
登山口の気温は5℃。
温度計をぶら下げて登る。
前に来たときに立ち寄らなかった第一展望台や観音の岩屋などを確認して登る。
高度を上げるに連れて気温が下がって行くのがわかる。
植林地帯の中では最低2.7℃まで下がっていたが、
日の当るところに出ると気温が上がりだす。
観音峰展望台に着いたのは10時20分。
寄り道したせいか山と高原地図のコースタイムより20分遅れ。
ここまでは誰も人は見かけなかったが、観音峰展望台では写真を撮影している男性が居た。
ほとんど素通りして観音峰山頂に向かう。
小さい無名のピークを越えて、次の大きな広いピークへと登っていく。
こんな場所でも霧が出て視界5mくらいになると道迷いするのでは?と思った。
スタートから2時間30分後に観音峰山頂に到着。
標高は1347.4mだ。

このペースだと母公堂まで行くにしても2時間30分はかかりそう。
お昼を食べる時間を入れると午後2時半くらいになりそう。
この季節はバスなんかほとんどアテにできないし、タクシーを乗るわけにもいかない。
周回して歩いて観音峰登山口に戻ると何時になる?と自問自答。
それなら折り返して金剛山に行こうかと思い立った。
こんな抜群の天気なのに誰も居ない。
auケータイを取り出してみたらバリ3。
ついでにiPhoneも持ってきたので確認してみたらバリ2。
ケータイのワンセグテレビも映る。
テレビを聴きながらお昼を摂っていたら番組にのめりこんでしまって
気がつくと1時間以上ダラダラと山頂に居た。
下山はノンストップでせっせと降りたら一時間足らずで観音峰登山口に帰ってこれた。
その後、親から頼まれていた水を汲みに行くとものすごい待ち行列。
まぁこれが今日のメインのミッションだったので根気よく待つ。
これだけで1時間ちかくロス。
金剛山麓に戻ってきたら15時40分。
登ろうと思ったけど、他に今日中にやってしまいたいことがあったので帰ることにした。

その他の画像は以下より。
Check [ 2010/12/12 20:22 ] 大峰山系 | TB(0) |   コメント(21)

金剛山 第224回 (2010.12.11) 

20101211-1.jpg
二ノ滝にて

『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分29秒)


登り:ツツジオ谷源流ルート
下山:わさび谷ルート


午後から予定があったので、午前中に千早本道でもピストンするかなぁと思っていたら
katsuyukiさんから連絡をいただいたので一緒に登ることになった。
朝7時くらいに山頂気温を確認してみたら4℃だったので今日は暖かくなりそうだ。

まつまさ8時スタート。
しばらく登ってないルートはどこだろうかと考えた結果、
ツツジオ谷ルートの沢を最後までつめるという冬場しか適さない源流ルートを登ることにした。
このところトータル8時間クラスの長距離が多かった。
金剛山であればだいたい2時間もあれば登り切れるので時間が読めて、
気持ちにゆとりをもったのんびり登山ができる。
源流ルートは大阪側と思えないようなちょっとした沢ルートを楽しめる。
夏場はブッシュで苦労するということなので登ったことは無いが、
枯れ落ちた冬場である今日は障害もなく登れた。
最後の急登はキツイという印象があったが、
もっと長い急登をたくさんこなしてきた今となっては一瞬で終わったかんじ。
六地蔵のほうには抜けず、笹薮のプールを本来のルートで進んで下の広場の奥に出る。
汗をかかない程度のゆっくりめのペースで、撮影などしながら登っても
あっという間に山頂に着いたかんじ。
それでもゆっくり過ぎたのか2時間もかかってしまった。

山頂10時の気温は6℃。
高い木の上のほうは風でゴーゴーとざわめいているが、
下の広場の井戸の近くは風も通らず暖かい。
午後から雨が降るとかの予報のせいか、この時間はいくぶん人は少なめ。
お昼には下山完了するつもりだったが、せっかくなのでカップラーメンでも食べて
のんびり休憩をすることにした。
いつも山頂でよく会い、明るい笑顔で声をかけてくださる石山さんのそばに座ったので
いろいろとお話ができた。
かなり興味深い情報をいただきました。ありがとうございます。
ぜひとも後日記事にさせてください。

ほどなく鉄人kosiziさんがタカハタ谷ルートで登って来られた。
最近のkosiziさんの活躍はというと、冬季閉鎖一日前の11月30日に
テント泊で大台ケ原を登っておられたのをチョリオさんの日記で読んだばかり。
あいかわらず逞しい活躍ぶりを続けてらっしゃる。
こんどまた遠くの山へ行かれるとか。
一緒にお昼を摂る。
そうこうしていたら、こんどは金剛山のキムタクさんが登ってきた。
いつもゴミを回収しながら登られて、山頂で大声で歌を歌っている赤い半袖を着たあの人である。
どうやらkosiziさんと知り合いのようであった。
そんなこんなで1時間以上山頂で過ごした後、kosiziさんと共にわさび谷ルートで下山。
途中、いろんな新しい道を教えていただいた。
清井山からサマーハウスに通じる道を下山してみようかという話になったが、
タイムリミットがあったので泣く泣く見送り。
疲れのでない程度のちょうどよいのんびり登山を楽しめた半日だった。

その他の画像は以下より。

金剛山で初冠雪 (2010.12.9) 

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2010年12月9日 ※本日登っていらっしゃった、只今開店休業中(笑)のkatsuyukiさん撮影・提供

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2010年12月9日 ※本日登っていらっしゃった、只今開店休業中(笑)のkatsuyukiさん撮影・提供

今日の朝晩こそはものすごく寒いなぁと思っていたら、
金剛山頂ではこんなことになっていたようです。
寒いのには極端に弱い自分であるが、もう逃げも隠れもできない真冬に突入してしまった。
(先日まではまだ晩秋のつもりで居た)
あの夏の猛暑とブヨで悩まされた事がまだこの間のことのようです。

新聞各社は申し合わせたように報じています。

金剛山で初冠雪、昨年より7日早く。
2010/12/09 日本経済新聞 大阪夕刊 社会面 19ページより引用

 大阪府と奈良県にまたがる金剛山(1125メートル)で9日朝、
山頂から6合目ほどまでがうっすらと雪化粧し、初冠雪となった。
 観測する大阪府千早赤阪村によると、昨年より7日早い。
 同日未明ごろから雪が降り始め、午前7時半時点で、8合目付近にある
「金剛山ロープウェイ」の金剛山駅周辺は積雪約1センチ、気温は氷点下1度だった。
【図・写真】初冠雪し、雪化粧した「金剛山ロープウェイ」の金剛山駅周辺(9日午前、大阪府千早赤阪村)


初冠雪:金剛山で記録
2010/12/09 毎日新聞 大阪夕刊 9ページより引用

 大阪・奈良府県境の金剛山(標高1125メートル)が9日朝、初冠雪した。
ふもとの大阪府千早赤阪村によると、昨年より7日早い。
山頂付近では午前7時半ごろ、氷点下1度を観測、
6合目(同900メートル)付近まで、うっすらと雪化粧した。
 大阪管区気象台によると、この日、近畿地方には上空1500メートルに、
氷点下3度の強い寒気が流れ込み、山間部を中心に各地で今冬一番の冷え込みを記録した。
■写真説明 白く染まる金剛山の山頂付近=大阪府千早赤阪村で9日、本社ヘリから小関勉撮影


金剛山ほんのり雪化粧
2010/12/09 産経新聞 大阪夕刊 1ページより引用

 西日本に強い寒気が入り込んだ9日朝、大阪と奈良の府県境に位置する
金剛山(標高1125メートル)では、頂上付近がうっすらと雪化粧しているのが確認された。
昨年よりも1週間早い初冠雪となる。
 ふもとの大阪府千早赤阪村によると、山頂付近では9日未明から雪が舞い始めたといい、
午前8時ごろには、8合目付近の金剛山ロープウエー金剛山駅で氷点下1度、積雪1センチを記録した。
 大阪管区気象台によると、近畿地方では10日にいったん寒さが緩むが、11日には再び冷え込むという。


近畿で厳しい冷え込み、高見山の山頂近くで霧氷
2010/12/09 読売新聞速報ニュースより引用

 近畿地方は9日、上空に氷点下30度以下の強い寒気が入り、
滋賀県高島市今津町で0・7度(平年2・3度)、甲賀市信楽町で氷点下2・2度(氷点下1・4度)、
京都府福知山市で0・9度(2・1度)を記録するなど、冷え込みの厳しい朝となった。
 奈良県と三重県の県境にある高見山(1248メートル)の山頂付近では、
空気中の水蒸気が樹木に付着して凍り付く「霧氷」が見られた。
大阪府と奈良県境の金剛山(1125メートル)でも昨年より7日早い初冠雪を観測した。
 大阪管区気象台によると、10日の気温は平年並みだが、
大気が不安定になるため、落雷や突風への注意を呼び掛けている。

夜のハイキング 

20101208-1.jpg
写真はイメージです。 ※金剛山のどこで撮影したのか忘れました。

「夜のピクニック」という本がある。
そしてそれは映画にもなった。
何年か前、そのタイトルに惹かれて本を読んではみたけれど、ナイトハイクなんて学校行事向けだろうし、
せいぜい懐中電灯を持って住宅街を散歩するくらいが関の山かなぁ、けど不審者と間違われたりもあるだろうし、
なかなか現実的ではないけど憧れるなぁ、と思ったことはあった。
あれから数年。。。
いまでは金剛山の夜の山歩きも慣れっこになってしまった。
時間帯にもよるが、単独でも千早本道と伏見道、文殊東尾根ルートなら平気だ。
夜に山に行くという事はどこかタブー視されていた感があって、道理に外れてるのかなぁと思っていたら、
金剛山の夜景」の夜登(よると)さんとの出会いで、その不安と後ろめたさはすっかり吹っ切れた。
そんな夜登さんと初めて一緒に登ったのは昨年の12月6日のことなのでちょうど一年前になる。
夜の道を歩くということは、眼から入ってくる情報が暗闇によりかき消され、余計なものが見えないぶん、
五感がとぎすまされ、敏感になって人間本来の自己防衛本能が湧き上がってくるようだ。
最近では東京のほうの都会でもナイトハイクへのイベントが盛んに行われ、関心が高まっているとテレビでやっていた。

以下のような新聞記事がありました。


動きたい:ひと汗いかが トワイライトハイク モンベル
2010/12/07 毎日新聞 大阪夕刊 2ページより引用

 ◇闇を抜けて眼下に夜景
 登山やハイキングと言えば、早朝に出て日中歩くのが一般的だ。
しかし、ヘッドランプをともし、探検気分を楽しむツアーがあると知り、好奇心が刺激された。
「夕闇迫る山道を歩きます」。
アウトドア用品メーカー「モンベル」主催の「トワイライトハイク」は初心者でも大丈夫という。
「なぜわざわざ、暗い山道を?」と思われるかもしれないが、参加してみると、そこには昼間とは違う山の魅力があった。
 大阪、奈良両府県にまたがる生駒山のふもと、東大阪市の近鉄額田駅を発着点とする約6キロのハイキングコース。
高度約100~400メートルのルートで、長尾の滝や枚岡公園の額田山展望台などを約3時間かけて巡る。
 午後3時半、駅前広場に集合したのは、私を含め20~40代の女性7人と男性2人、
そしてガイド役でモンベル高の原店の小川卓志さん(36)と山崎麻子さん(41)。
膝を回して準備運動をし、ヘッドランプを装着して出発する。
 枚岡公園近くの住宅街から、谷に沿って滝を目指す。
「早起きしなくてもいい」「屋久島で山登りにはまって」など、参加者同士でおしゃべりしながら急な坂道を登る。
色づいたモミジやアケビに、苦しさも和らぐ。
午後4時15分、滝に到着。そばの寺は寺務所を閉めるところで、ひっそりしている。
滝の脇の急な階段から細い山道に入り、縦一列になって登り詰めると、
こずえの間から夕映えに染まる大阪のビル群が見えてきた。
 徐々に暗くなり、ヘッドランプをともす。
最後尾の山崎さんに夜の歩き方を教えてもらった。
「1メートルほど先を歩く前の人の足元を照らして、その動きに注意して」。
前日の雨で道はぬかるみ、所々で斜面が崩れて倒木に遮られる。滑らないように一歩一歩、注意して足を運ぶ。
 午後5時すぎ、暗闇に包まれると、視野が狭まるからだろうか、感覚が鋭敏になる。
京都府向日市の保育士、山田芽(めぐみ)さん(26)は「落ち葉を踏みしめるカサカサという音が強調され、
ササの中で小動物が動くのも聞こえた。耳で感じるハイキングですね」。土のにおいも心地よい。
 展望台に到着すると、眼下に大阪の夜景が広がる。おびただしい街の明かりに、
トンネルを抜けた時のような感覚になる。
気温約11度。体を休めると汗が一気に引いた。
小川さんたちがお湯を沸かし、用意してくれたカップ麺をすする。
温かくて塩味が格別だ。タヌキが1匹顔を見せた。
 小川さんは「でこぼこの下り坂も、見えない分、足の裏に神経を集中して体全体のバランスを取るので、
平衡感覚が鍛えられる。
坂道では、膝の横など平らな道では使わない筋肉も使います」と説明してくれた。
 神戸市の看護師、塩川ゆりさん(42)と樋本有里さん(30)は「夜景に目をとられ、こけそうになった。
暗い中を歩くのは一人では怖いけれど、皆と一緒なら面白い」と笑顔を見せた。
そういえば、歩くしんどさも忘れていた。凝り固まった体も心もほぐれ、「探検」はあっという間に終わった。
 ◇若い女性に人気
 モンベル主催の「トワイライトハイク」は初心者でも参加でき、若い女性を中心に人気が高まっている。
ご来光を拝む富士山登山の予行演習や、本格登山をする人が夜間に歩く経験を積むために
参加するケースもあるという。
 近畿では、生駒山のほか、京都市の大文字山、神戸市の六甲山、滋賀県の伊吹山などでも、
春、秋のシーズンを中心にツアーを組んでいる。今シーズンは終了し、来春以降の場所、時間は未定。
 ツアー料金は、今回の生駒山の場合一般5000円(ガイド料、保険料込み)で、
他のコースも5000~7500円程度(モンベル会員は1500円割引)。
安全のため、足元を照らすヘッドランプ、雨具、防寒具、登山靴は必携。

■写真説明 大阪の夜景を見下ろしながら歩くトワイライトハイクの参加者たち=東大阪市で

※写真の引用はしていません。

昭文社 『山と高原地図』 昭和56年版 を読み解く (2) 

※タイトルをシリーズものに変更しました。
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1981年版 山と高原地図より ※地図クリックで拡大可

Nakaさんからお借りしている1981年版の山と高原地図「金剛山・岩湧山」
昨日歩いたルートを確認してみた。

現在の山と高原地図では南葛城山は5万分の一の地図なのに対して、
29年前のものは2万五千分の一になっている。
あれ?ダイトレのルートが現在のものとだいぶ違うようです。
ダイトレ、つまりダイヤモンドドレールというのは29年前にはすでに存在していたのだろうか。
岩湧山頂から滝畑までの線が尾根をトレースしていないし、
カキザコあたりから千石谷へと引かれている破線もダイトレとは違う。
千石谷林道の最後のほうには相互タクシー事業所なんてのもあったようです。

紀見峠側から岩湧山へ向かう途中の「五ツ辻」。
昨日はどうみても5つに分れてなかったのですが、
この地図だとちゃんと5つありますね。
「五ツ辻」から岩湧山の東峰までの間にある「展望台」は現在はコンクリートの廃墟。
50年くらい前には栄えていたのでしょうか、植林も成長して展望は無し。
茶店跡というのもそばに書かれているので、展望台が現役の頃は茶店もあって
賑わっていたんでしょうね。
眺めれば眺めるほど現在の山と高原地図とはずいぶん違っていることに気づく。
30年で山も変わるものだ。
Check [ 2010/12/06 22:46 ] その他の山 | TB(0) |   コメント(11)

南葛城山・岩湧山 (2010.12.5) 

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南葛城山の山頂にて 左からキバラー、arajinさん、中村さん、ぱろやんさん

『今日の南葛城山・岩湧山』 ハイビジョン(HD)撮影 (2分59秒)


コース:南葛城山~岩湧山周回

関西の秘境、千石谷。

沢歩き、急登、笹道、林道、ダイトレ、バリエーションルートで
休憩を含めた所要時間は約8時間。
今日はちょっとスタミナ不足でバテ気味だった。

今日はarajinさんに南葛城山を案内してもらうというプランで
ブログ「ぱろやんの金剛登山」のぱろやんさんも参加。
そしてさらに、中村さんも飛び入り参加ということになった。
午前4時半に自宅を出発された中村さんは
和泉中央から自転車で槇尾山山麓まで来られて、
槇尾山とそれに付随するピークを越えて
ダイトレから滝畑ダムまで下りてこられてわれわれと合流した。
ということは、我々と一緒に登った後、また槇尾山を越えてから自転車に乗って・・。

午前8時。
滝畑ダムの新関屋橋をスタート。
モンベルジオラン長袖ハーフジップに長袖中間着の重ね着、
ズボンも今日から冬用にしたが、歩き出してしばらくは寒い。
気温は2℃だ。
光滝寺のほうに向かって舗装道を出合橋まで歩く。
そこからは千石谷林道に平行する千石谷渓谷に下り、まずは沢の左側を行く。
ほどなく沢の右側へ。
こんどは左側へ。
右へ左へとどれくらい横切っただろうか。
わざわざ沢を行かなくても、平行する千石谷林道を行けば平和そのもの。
しかし、やっぱり渓谷の中を行くほうが楽しい。
千石谷林道と沢との高さが最も近づいたところでようやく林道に上がる。
途中、大滝というスポットがあったので立ち寄ってみた。
ものすごい勢いでキレイに落ちる滝は、金剛山の妙見の滝を彷彿させる。
また林道に戻り、ダラダラと少々退屈な林道を歩く。
千石谷は関西の秘境とも言われ、最近は「奥河内」と命名されたところだ。
しかしながら、南葛城山と岩湧山に囲まれた少々寂しいところである。
山と高原の地図では「道標」と書かれたところから沢を跨いで対岸へ渡り、
そこからは南葛城山の山頂ちかくの一本杉に向かって急登をひたすら登る。
この急登はなかなか厳しい。
登りつめたあたりから明るく自然林の多い所になる。
海側への展望がひらけるところも。
山頂が近づくと笹薮の道となるが、キレイに手入れされていて
登山道の周りの笹が刈られているので歩きやすい。
がんばって登ってきた甲斐があったと思える雰囲気だ。
しばらく笹薮を歩いたところで「一本杉」という分岐に出る。
和歌山側へ下りる道、山頂へ行く道、岩湧山方面に行く道等に分かれる。
南葛城山の山頂に向けてあるくこと5分足らずで到着。
時間にして午前11時。
ここまでのルート、arajinさんや中村さんに
山頂はものすごく雰囲気が良くてしずかで落ち着ける。
なんと表現したらいいのか言葉が出てこない。
森のオープンカフェと呼ぶのが適当かな。
おあつらえ向きのテーブルや丸太の椅子があったのでお昼とした。
南葛城山では女性をみたことがないというarajinさんだったが、
昼食を摂っていると、関電道のほうから笹プールをかき分けて
単独の女性が出てきた。すごいな。
さらにマウンテンバイクの男性2人。
その後、また関電道から単独の男性一人。
この男性はわれわれと同じ広場で昼食を摂っておられた。
南葛城山のみに行く場合は、関電道から登って一本杉から千石谷林道に下山し、
滝畑に戻るというルートがスタンダートだと思われる。
しかし、今日のわれわれは「五ツ辻」を経由してさらに岩湧山へと向かう。
南葛城山山頂からしばらくあるくと林道に合流し、あとは延々と林道を歩く。
これがオモシロ味がなくて単調で退屈。
途中、単独の男性や、オフロードバイクの男性とすれ違う。
このあたりは林道が縦横無尽に張り巡らされているようだ。
ようやく阿弥陀山前分岐でダイトレに合流し、そこからは岩湧山に向けて登り返す。
登り返すといっても底まで下りたわけではないので、
南葛城山と岩湧山の二つ分を登るW登山というわけではない。
それでも登ることは登るので疲れも出てきてキツイ。
岩湧山のススキの登りでさえもつらい登りとなる。
ダイトレはさすがに人が多く、岩湧山頂も賑わっていた。
少しの休憩の後、ダイトレをトレースしながら滝畑方面に下山する。
鉄塔75過ぎて少し行ったところの顔文字トーテムポールとベンチのある所から
ダイトレを外れて扇山経由でバリエーションルートにて下山。
尖った尾根を忠実に下山しているつもりだったが、途中、どっちに行けば良いのか
迷うようなポイントに出くわした。
GPSと、読図とプロフェッショナルのarajinさんの地図とコンパスとで正しい方向を確認して
無事ダイトレに合流し、下山完了した。
南葛城山への急登以外はそんなに厳しい登りがあったわけではないが結構くたびれた。
時間的にはまだ間に合いそうだった金剛山行きは見送ることにした。
それにしてもまた槇尾山を登り返してから自転車で帰るという中村さんは果たして大丈夫なのか!?
と、心配していたらメールがあった。
1時間半はかかると思われた槇尾山へ55分で着いたとか。
蔵岩で警察ヘリが飛び交う遭難事故があったそうです。

その他の画像は以下より。
Check [ 2010/12/05 21:57 ] その他の山 | TB(0) |   コメント(13)

スターバックス 「VIA」 と おさだ苑 「煎茶まるごと物語」 

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いよいよ冬山シーズン到来!
暖かい飲み物が恋しい季節。
去冬は完熟トマトスープだの、カップしるこだのがお気に入りに加わった。
それでもお茶と珈琲は欠かせない。
お茶は食事中、珈琲は食後の楽しみだ。
お茶に関してはティーバッグを嫌い、去冬から実戦投入しているのが「煎茶まるごと物語」だ。
一方、珈琲に関しては普段からちとうるさい。
毎朝、珈琲豆を手回しミルを使って挽き、ハリオの円錐ドリッパーを使って丁寧に入れているほど。
そんなわけでいくら山でもインスタントコーヒーという妥協ができない。
ここまでこだわるのはきっとミルクや砂糖を使わないからだと思う。
スイーツや甘いものは大好きであるが、コーヒーに砂糖はぜったい無理。(すんません)

これまでは仕方なく、ドリップオン式(カップの上に載せてお湯を注ぐ展開タイプ)、
または、あまり出まわってないがティーバッグ式の珈琲を利用してきた。
それでも満足の行く味には辿りつけないでいた。
それにドリップオン式でちまちまとお湯を注いでいたら、冬山では冷めてしまって間に合わない。
ティーバッグ式はお茶でも言えることであるが、ガラの後始末に難あり。
そこで最近スターバックスから登場したスティックコーヒーを試してみたところ、
エスプレッソのクレマが立つような雰囲気と濃厚な味わいがとても気に入ってしまったので、
この冬の山の定番アイテムの殿堂入りとなってしまった。

スターバックス 「VIA」
 なんと開発に苦節20年を要したという、ウワサのスティックコーヒーだ。
 スタバの店舗で提供されているドリップコーヒーと同じ最高品種のアラビカ種コーヒー豆を使用されていて、
 添加物や保存料を使ってなくて、スタバの店舗で提供されるドリップコーヒーに劣らない
 品質と風味を実現したものだとか。
 天然水(軟水)を使って90℃程度まで寝かしたお湯を、正確に180ml注ぐと、
 ドリップした珈琲に限りなく近い味わいがあった。
 販売されているのは「コロンビア」と「イタリアンロースト」の2種類に加え、
 季節限定モノと、水で溶けるアイスコーヒー用がある。
 スタバではVIAシリーズを「スティックコーヒー」と呼び、従来のインスタントコーヒーとは
 一線を画していると主張している。

おさだ苑 「煎茶まるごと物語。スティック」
 いわゆる粉茶。
 静岡県の山奥の春野町で栽培した100%有機のお茶を粉末にしたもの。
 茶殻としてふだん捨てている成分もまるごと体に摂取することができるという。
 有機JASマーク認定品。

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Check [ 2010/12/02 21:54 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(6)

登山家 田部井淳子さん 

いまの70代は本当にパワフルだ。
これまで生きてきたあらゆる経験、知識、技術を集大成させて全力投球しているという印象を受ける。
今をいちばん太く生きている世代ではないだろうか?

田部井淳子さんという存在を知ったのは、はずかしながらも最近のことである。
その名を知らない人は居ないというほど有名で、山関係の著書も多数。
当ブログでも、

 NHK趣味悠々「山で元気に! 田部井淳子の登山入門」
 『田部井淳子の はじめる!山ガール』(NHK出版)

この2つを取り上げたことがある。
そんな田部井淳子さんは、いったいどうやって登山家への道を歩んでこられたのか、
興味深い新聞記事がありました。


[子どものころ] 田部井淳子さん 山への好奇心 恩師のおかげ
2010/11/28 大阪読売新聞 朝刊 21ページより引用

◇登山家 71歳 
登山家といえば、大きな人を想像されることが多いですが、身長は152センチ。普通のおばさんでございます。
 小さな頃は体が弱くて、よく熱を出しては肺炎になる。体育もだめで、逆上がりも跳び箱もできない。
運動会も授業がないのがうれしいだけで、競争するのは苦手でした。
 1939年、福島県三春町に生まれた。7人きょうだいの末っ子。両親は印刷業を営んでいた。
山に囲まれた町は段々畑が広がり、春には梅、桃、桜が咲いた。
 初めて山に登ったのは小学4年の夏休み。
山好きだった担任の渡辺俊太郎先生が、「行きたい人は連れていくぞ」と誘ってくれました。
クラスからは4人が参加。2泊3日の旅で、行き先は栃木県・那須山系の1900メートル級の山でした。
町から出たことのない私にとっては大冒険です。
 その一つの山は、歩くうちにだんだん草や木がなくなって、砂と岩だらけ。
おまけに硫黄の変なにおいがして、地面がぶつぶつと煮たっている。
 三春の緑の山しか知らなかったから、なんだこれ、とびっくりの連続です。
「夏なのになんで寒いの」「山なのになんで木がないの」。わくわくどきどきで、疲れも感じません。
先生は「ゆっくり登ればいいからね」と言ってくれました。
 そして、頂上に立てた時の心地よさ。
山登りって競争しないんだ、ゆっくりでも自分が一歩、一歩進めばいいんだ。
同時に、どんなにつらくても、誰も交代してくれず、自分が歩かない限り、頂上には着かない。
そんなことを、小さな体で感じ取りました。
 もっと、もっと知らないところに行きたい。好奇心が目覚めました。
 先生は当時20代で、珍しい長髪姿だった。
6年まで同じクラスの担任となり、子どもたちが朝、自宅に迎えにいくほど慕われていた。
 テストや勉強した記憶はほとんどないんです。先生は黒板に字を書いていたかな、なんて思うくらい。
先生とは何度も山に登り、新しい発見がありましたが、それ以外もたくさんのことを学びました。
 天気のいい日は、学校近くの城山に上って、お弁当を食べました。
その後に、先生は島崎藤村の「夜明け前」や「破壊」などの小学生には難しい小説の内容を、
かみくだいて話してくれました。
本を読むことが好きになりました。
 雨の日は、先生が教室に図書館から世界の名画の本を持ってきて、ゴッホやセザンヌ、
ルノワールの絵を解説してくれる。
私たちは机の周りに群がってのぞきました。
何十年かしてから、ルーブル美術館で本物を見た時は、「これだ」と感激し、当時の教室の風景も頭に浮かびました。
 卒業後も先生との付き合いは続き、東京の大学に入学してからも三春町に帰ると必ず会いにいった。
 私がエベレストの登頂に成功したとき、先生は「あの淳子ちゃんがなあ」と喜んでくれました。
そして70歳の時、「生きているうちにエベレストが見たい」とおっしゃったので、同級生と一緒にネパールに行きました。
 乗り込んだヘリコプターからエベレストが見えると、先生は窓に鼻がつぶれるほどくっつけて見ていました。
少しだけど恩返しが出来たのかな、と思います。その先生も昨春、84歳で亡くなりました。
 私が今も山を登るのは、先生が奮い立たせてくれた好奇心から。
先生と出会わなかったら、山に目が向くこともなかったかもしれない。感謝しています。(聞き手・古岡三枝子)
 
 ◇たべい・じゅんこ 大学卒業後、社会人の山岳会に入り、登山活動を本格化。
1975年、女性としては世界で初めてエベレスト登頂に成功。
92年には女性で世界初の7大陸最高峰登頂者になった。
年数回は海外登山に出掛け、現在58か国の最高峰・最高地点を登頂。近著に「日本人なら富士山に登ろう!」、
「田部井淳子のはじめる!山ガール」など。

金剛山頂の気温

金剛山の一日  
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プロフィール
こんちくわ。
キバラー
と申します。
ほぼ毎週金剛山をメインで
登っています。
飽きっぽいのか色々やってきて
自転車→オフロードバイク→
大型バイク→登山へと変化し、
その間、
テニスやスキーにハマった数年間。
キャンプは今でも細々と。
今は山に全力で年中夢中
ヤマ仲間
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