生駒山系に連なる金剛・葛城山系の主峰『金剛山』から始めた山登り。その時々で気になる山へ、気の向くままに・・・

映画『アイガー北壁』 

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映画『アイガー北壁』オフィシャルサイトより画像を引用しています。

最初に、
この映画、まだ観ていません。

アイガー北壁」と聞いてまず頭に思いつくのが、
日本のアウトドアブランドの「モンベル」の社長(現在は会長)の辰野氏のことだ。
辰野氏は大阪出身であり、かつ、金剛山にもゆかりがあるということについては
以前にもこちらに取り上げたことがある。
登頂に成功したのが、この辰野氏が日本人では2人目というスゴイ快挙であり、
これらのことが影響して「mont-bell(モンベル)」というブランドを築くに至った
ということくらいは、モンベル製品着用率の高い自分が知らないわけはないのであって、
それゆえにとても気になる映画というわけである。
ミニシアター系でしか上映されていないので、最も近いところでは
梅田のスカイビル(空中庭園のところ)になってしまう。
今日、会社帰りにモンベル(天王寺Mio店)に行ってきたら、
なぜかモンベルのカウンターにこの映画のポスターがあった。
モンベル社もこの映画に協賛しているのだろうか。
自分にはこんな過酷な山に挑むことがこの先の将来には無いとしても、
登山に対する意識や教訓、試練、忍耐、希望など相通じるところがあるのかないのか、
少なくともナニカの参考になりそうでとても興味深い。

道具は進化しても、今も昔も山の危険度は変わらない、と辰野氏。


独映画で再現 「アイガー北壁」の魔力 「先人の失敗」教訓に
2010/03/30 産経新聞 東京朝刊 14ページより引用

 ■登山用品メーカー「モンベル」辰野勇会長に聞く
 ナチス政権下の1936年、国家の期待を担ってアルプスの未踏ルートに挑んだ若き登山家たちの実話を描いた
独映画「アイガー北壁」が公開中だ。映画の舞台から33年後、当時世界最年少の21歳で北壁登頂に成功した
登山用品メーカー、モンベルの創始者、辰野勇会長(62)に“北壁の魔力”について聞いた。(戸津井康之)
                   ◇
 標高3975メートル。垂直に切り立つ岩が高さ1800メートルに及ぶアイガー北壁は「最後の難所」と呼ばれ、
幾多の登山家の命を奪ってきた。1936年、独人登山家、アンディ・ヒンターシュトイサーとトニー・クルツの2人
は、オーストリア隊の2人と合流し山頂を目指す。ベルリン五輪間近のドイツではヒトラーが北壁征服者には
金メダルを贈ると宣言。彼らは国家の威信を背負って挑むが…。
 「当時、アイガー北壁は世界中の登山家の憧(あこが)れ。初登頂は正に五輪金メダルに等しい栄誉でした」。
こう話す辰野会長は、北壁征服者のオーストリア人、ハインリッヒ・ハラーの自伝「白い蜘蛛(くも)」を
高校時代に読んだことがきっかけで山登りを始め、「いつか自分も北壁を」と夢見ていた。
 21歳の時に挑戦の機会が来るが、過酷さは想像を絶した。
 「とにかく身軽になりたくて途中で装備を捨てていく。最後は撮影したフィルムを抜いてカメラも捨てました」
 アンディらの挑戦は無謀ともいわれたが、彼らが編み出した振り子トラバース(ザイルにぶら下がった体を
左右に振り、岩場を横断する登攀(とうはん)技術)など山岳界に残した功績は多い。
 辰野会長は山岳での実体験から登山道具の重要さを痛感し、自ら商品開発する会社「モンベル」を28歳で設立。
軽く薄い保温性の高いジャケットや寝袋など画期的な製品を次々と開発し、世界屈指の登山用品メーカーに
育て上げた。
 映画は“登山史を揺るがす事件”をありのままに描く。辰野会長は「史実に基づいたウソのないドラマ。
山岳事故は必ず複数のミスが重なって起こります。尊い先人の失敗例を検証し、教訓として生かさねばならない」
と話している。

金剛山 第186回  (2010.3.27)  

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『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分29秒)


水越側大周回コース(ダブル登山)

水越側公共駐車場(7:45)-25min-丸滝鉄板(8:09)-
40min-石ブテ尾根合流(8:48)-45min-大日岳(9:34)-
7min-金剛山頂(9:41-10:00)-43min-パノラマ台(10:43)-
35min-水越峠(11:18)-58min-葛城山頂(12:20-13:20)-
1h10min-水越側公共駐車場(14:30

絶好の天気なのにかなり寒い。
朝、山頂気温をチェックしたら、マイナス6℃以下。
真冬と同じ装備を準備する
二週間ぶりの登山なので、並みのルートじゃ物足らなく思い、
チャレンジ登山目前トレーニングのつもりで金剛山と葛城山のダブル登山。
題して「水越側大周回コース」だ。
制限時間付きで、8時出発14時帰着(6時間)の計画だった。
結果30分超過してしまった。

朝8時前にTakeshiさんと水越側駐車場を出発。
石筆端を渡り、30分ほど舗装路を行く。
丸滝谷ルートの鉄板のところから分岐して「石ブテ尾根47番ルート」へ。
このルートを下りに使うと転がって行きそうな急坂であるが、
今日は初めて登りに使ってみたところ、下りで感じたほど急だとは思わなかった。
やっぱり中尾の背のほうが急かもなぁ。
そうなると百々川ルートの終盤の急坂は金剛山一ではないかと思う。
今日こそはと「顔文字石柱」を2つ発見した。(前からどこにあるのかが気になっていた)
この石柱こそがこのルートの最大の名物!?
本来の石ブテ尾根ルートに合流してからはアップダウンを繰り返す。
こちらも登りに使うのは初めてだ。
丸滝谷ルート・中尾の背ルート・石ブテ東谷ルートが合流する手前の、
「なんちゃって石ブテ西谷ルート」から分岐してきたルートと
石ブテ尾根ルートとが合流する場所からのショートカット道(六道ノ辻をパス)で大日岳をめざす。
大日岳から金剛山頂へ、国見城址広場経由で捺印所到着。
山頂945分の気温はマイナス2℃。
10分ほどうろうろして、捺印所での捺印、転法輪寺での捺印等を済ませる。
朝10時少し前だとまだ登山者は少ない。
今日は天気が良い日なのでたくさんの登山者が登ってくるのだろうな。
山頂が賑わっていると、すぐに山頂を後にするのは後ろ髪を引かれる思いにかられそうだが、
人も少なく寂しそうな山頂ならそういう思いはない。
今日は葛城山にも登るので、気持ち的には「山頂に着いたぁ、プハー、お疲れ~」
とはならなかった。
ひとつの通過地点であり、まだまだこれからドンドン行こうという気持ちのようが強い。
気持ちの持ちようでずいぶんやる気が出たり出なかったり、
それによってチカラも出たり出なかったりするもんだなぁと実感。
チャレンジ登山では、後にも先にも人があるので、だらだらと歩いてられない。
周りのがんばっている人のペースに合わせて自分もチカラを振り絞ろうという気持ちが湧く。
これが誰にも会わずに一人でチャレンジしていたとしたら、
休憩がだんだんと増えてきて、そのうち途中でやめてしまおうかなと思うかもしれない。
一の鳥居経由でダイトレを通ってパノラマ台からの眺めを少し見て水越峠まで下山。
そこからは、ただちに葛城登山を開始。
登りに転じたとたん、きついなぁ、しんどいなぁという感じ。
登るチカラがあまり出ない。
金剛山まではあんなに元気だったのに、葛城山となるとなぜか気力もイマイチ。
こんなことなら、元気のあるうちに先に葛城山を登ったほうが疲れも少なかったかも。
昨年参加したチャレンジ登山でも、慣れた金剛山のステージは気が楽だった。
まるでホームグラウンドのような感じ。
ダイトレのパノラマ台から無休憩で歩いていたことに気づいて少し立ち休憩をする。
水を飲んで1,2分休憩したら、急にまたチカラがみなぎってきたので
登り出すも、すぐに失速。
バテるまでに何かちょっとでも行動食をクチにしたほうがよかったのかも。
空腹感も頂点であるし、前に登ったときのに感じた以上に今日は葛城山の階段が長いし多いと思った。
金剛山の千早本道を登るくらいはありそうな感じ。
もうすぐツツジの丘という直前に、何やら吹き流しがあって広場っぽいのがある事に気づく。
そっちのほうに行ってみると、パラグライダーが飛び立つ滑走路?になっていた。
こんな所があるのは知らなかったなぁ。
なかなか下界の眺めがよろしくて、寝転がって昼寝でもしたいと思った。
絶好の奈良側夜景撮影スポットかも。
のんびりもしてられず、再び山頂へ向かって歩き出す。
ツツジの丘に出たら山頂に着いた気分であったが、実際はけっこう階段が続く。
金剛山を登った後なのであんまりせっせとチカラが出ない。
計画より10分くらい遅れて山頂に到着する。
葛城高原ロッジで昼食を食べるのをやめて、庶民価格の白樺食堂へ。
下山は未踏の「天狗谷ルート」から。
金剛山には無い雰囲気のルートで、沢あり、プチ鎖場あり、舗装路ありで、
青崩の公衆トイレ前に下山。
そこから水越側駐車場に戻る坂道を行く時には疲れて果てて無クチに。
山に登ったあとって、眠くてしかたがない。
14時30分、水越川公共駐車場に帰着。

その他の画像は以下より。
Check [ 2010/03/27 22:40 ] 金剛山(動画) | TB(0) |   コメント(8)

モンベル 2010年春・夏カタログ 

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ちょっと前に届けられていたモンベルのカタログ。
どうせあまり変わってないだろうと開封もせずに放置していた。
何点か確認したい物が出てきたので、いざ開封してみたらずいぶんモデルチェンジしていた。
前々回の登山で本降りにやられて、ようやく本格的に役に立ったレインウェアの
モンベル主力モデル「ストームクルーザー」であるが、
買ってから2年ほど経っても活躍したのがたったの三回くらいなのに、
今回のモデルチェンジでデザインやスペックがすっかり変わってしまった。
これまでのモデルでも驚きの軽さだったのに、さらに軽くなったし、
カラーリングについても、いかにもレインコートみたいな単色だったのに
デザイン性のあるものに一新された。
これなら「ターコイズブルー×ダーク」や「レッドブリック×ダーク」なんかが
欲しいターゲットカラーとなってくるではないか。
だからといって簡単に買い増しするという理由にはならないし、
そんな事よりも上下の上だけしか持っていないわけなので、下のパンツを早く買うことが先決だ。
そして、もっともショックだったのが「トレールキャップ」がカタログ落ちしたことだ。
圧倒的な種類を誇るモンベルの帽子であるが、自分の頭のカタチで似合う(と勝手に思い込んでる)
モデルは唯一、どこ探してもこのトレールキャップのみだ。
もうかれこれ2年以上使ってきたので、そろそろまったく同じものを買い増ししようとしていたのに。
帽子が無いと、タダの薄毛で短毛なだけのつまらんおっさんなのがモロバレなのだ。
モンベルとて油断ならないな。

※モンベルのカタログは、モンベルクラブ会員になると年2回届けられます。
Check [ 2010/03/25 22:52 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(0)

山は学者をはぐくむ 

あれは一年ほど前のことだったと思う。
単独で登って、ツツジオ谷ルートを下りていたときの事、
80歳くらいの男性がゆっくり歩いているのに追いついた。
道を尋ねられたのをきっかけに、一緒に下山することにした。
その人は何と神戸から金剛山に来ていた。
神戸の六甲山の近くにお住まいだそうだが、
「六甲山は人の手が入りすぎていて山としての気が無い」と言う。
「その点、金剛山は良い」と。
それでより人の手に入っていないルートをわざわざ登っているのだそうだ。
たしかに六甲山は、容易に山頂まで一般車が乗り入れできる。
何の苦労も無しに。
しかしながら、車でしか登ったことの無い自分が、その言葉に手放しで同意するわけにいかない。
おそらく六甲山にもそれなりの、金剛山には無い魅力があることだろう。
そんな六甲山に関する記事がありました。


【from Editor】未知への渇望満たす存在に
2009/11/29 産経新聞 東京朝刊 6ページより引用

 夜勤続きを言い訳にしばらく遠ざかっていた山歩きを再開した。
最近、運動不足を痛感したこともあるが、学生時代に読んだ新田次郎の「孤高の人」(新潮文庫)を再読して
無性に山に行きたくなった。目指すは六甲山。小説の主人公、加藤文太郎の登山の原点ともいうべき場所だ。
 六甲山は神戸市西部から宝塚市にかけて点在する山々の総称。全長50キロを超える縦走路をはじめ、
100以上のコースがあるといわれ、自分の体力や技量に応じて楽しめる。今回は阪急芦屋川駅から
六甲最高峰(931メートル)を経て有馬温泉までの一般的コースを歩いたが、
久しぶりの山歩きということもあって、次第に重くなる足腰にむち打ってなんとか完歩した。
 それにしても、最近の登山ブームを裏付けるように山中には中高年の人があふれていた。
出会った人全員に聞いたわけではないが、中高年の中でも60歳以上の男女が大半だった。
中には毎週山を歩いているというグループもいた。体力、気力とも十分で、
牛にも劣る速さで歩みを進める私を次々と追い抜いていく。懸命に追いつこうとしたが、
ほとんどの場合、後ろ姿はやがて見えなくなった。 逆に10~20歳代の若者の姿は少なかった。
趣味の多様化やきついイメージなどで若者の登山離れが進んでいるようで、
残念なことにその傾向はわれわれが作っている新聞の現状と重なる。
 そんな若者たちに読んでほしい本がある。
89歳になる民族学・比較文明学者の梅棹忠夫さんが出版した「山をたのしむ」(山と渓谷社)。
本紙(一部地域)にインタビュー記事が掲載されていたから読まれた読者の方もいると思うが、
最近十数年ほどの間に新聞や雑誌に掲載された梅棹さんの山をめぐる随筆や講演、対談などが収録されている。
私自身、平成6年に梅棹さんが文化勲章を受章したときなどに取材した。
すでに目を悪くされていたが、学問に対する意欲は旺盛で、旧制中学時代から始めた登山への思いも
熱く語っていたことを思い出す。
 著書の中では「山は学者をはぐくむ」などと繰り返している。
山は知的探究のフィールド、あるいはワンダーランドというわけだ。
山を歩かなくなった若者たちへの強いメッセージとも受け取れる。
もちろん山と新聞は同じではないが、新聞も若者たちをひきつける、梅棹さんの言葉を借りれば、
「未知への渇望」を満たす存在でありたいと思う。

金剛山の箴言版-(33) 

今月はまだ2回しか登っていないのに、もう23日。
ちょっと油断していると季節は移ろい、気づくとすぐに浦島太郎。
もう山の野草草花はとっくに咲き始めてるようだ。
ネタ切れの救世主、箴言板です。笑

最初の一行目の「一人一切人」とは何のことかさっぱり分からなかったが、
そんな時は、現代ではググってみるだけで簡単に答えが見つかるのは便利な時代だ。
意味は、人と人はどこかでつながっているんだよ、ということで、
一個人が他人と切り離されてひとりぼっちな事は決して無く、
他人とつながることで生きているということ、だそうです。
たしかに、たとえば、医者がなければ今頃生きていなかったかもとか、
今、自分に関係のある人は、何らかの理由で自分とつながっていて、
そして今の自分がここにある、みたいな。
そんななるほどと思い当たる節が誰しもあるのではないかと思う。

【33枚目】転法輪寺にて
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一人一切人
大勢の人々に ささえられている
自分そして みんなの為に働く
そういう自分を知り
そんな私を創る
これが融通の世界です

第36回 大阪府チャレンジ登山大会 (予習編) 

今年も参加する予定にしている「大阪府チャレンジ登山大会」を前に、
初めて参加した昨年を振り返ってみて、さらに余裕を持てるように備えたいと思う。
そこで、前回参加で気づいた点などをまとめてみた。
ご参考まで。

ダイトレ縦走とも呼ばれている大阪府チャレンジ登山大会であるが、
実際にはダイヤモンドトレールの全長はもっと長く、 
そのうちの金剛葛城縦走コースの部分だけをステージとして使われている。
チャレンジ登山大会のルート図などは公式ページをご参考。

スタート地点の「道の駅ふたかみパーク當麻」での受付手続き開始が、午前6時。
手続き後、すぐにスタートできる。
しかし、6時前に「道の駅ふたかみパーク當麻」に来るのが大問題だ。
昨年の場合、参加しない友人が車でわざわざ送ってくれた。

手続きには参加費2000円(高校生以下は1000円)を支払って、
スタンプマップ(カード)やワッペン(必ずつける)、Tシャツを受け取る。

ウエストバッグなどで軽量化して行くと、いきなり土産の「Tシャツ」を貰うのでそれが荷物になる。
ウォーク(登山)だとザック(小さめ)のほうが良い。

一時間差で遅れてスタートするラン(山岳マラソン)の集団が後ろから爆走してくるのが怖い。
ウォークより一時間早くスタートさせれば良いのにと思う。

スタンプマップ(カード)をチェックポイントごとに取り出し、スタンプを押してもらうので、
カードが傷まなくて、効率的に出し入れする方法を考えておいたほうが良い。
ポケットなんかにつっこんでいると、汗等でボロボロになるばかりか、紛失しかねない。

葛城山頂(初級ゴール)に着くのが13時を過ぎると次に進めないが、
今年はさらに、金剛山一の鳥居(中級ゴール)に着くのが14時を過ぎると次に進めない

コース的には金剛山山頂は通らないが、金剛登山回数捺印スタンプを押してもらうために
わざわざ山頂まで行かなくても、スタンプマップ(カード)を後日山頂に持って行くと捺印してもらえる。

給水箇所は、葛城山頂(初級ゴール)と水越峠(チェックポイント)と、金剛山一の鳥居だけだったと思う。
その間のつなぎは、各自持参のウォーターボトルにかかっている。
できれば最低1リットル準備したいところ。
金剛の水」で水を汲むのをぜったい忘れないようにすべき。
金剛山を出ると、あとはもう食べるも飲むも何もないので、行動食は必ず持参。

登山靴だと重く、足が蒸れるので、防水性の無いメッシュの通気性抜群のスニーカーや
トレイルランニングシューズが最適。
それでも足の汗かきさんは予備の替え靴下を持参する。
靴下は分厚い方が良いかどうかはなんとも言えない。
薄いと靴擦れしやすいかもしれない。
厚いと蒸れやすいかもしれない。
靴擦れは絶対すると思っておく。
そのためにはバンドエイドが必須装備。
(皮が剥けそう、あるいは剥けた箇所に貼るか貼らないかで天国と地獄の差)
ただし雨天や雨上がりのステージになると、どう対処すれば良いのか想像できない。

自分的にきつかったと記憶しているのは、
・葛城山への登り階段
・水越峠からカヤンボまでの間
・久留野峠から中葛城山への階段
・タンボ山からブンタ谷までの間
だった。

後半のルートは、道が狭いために縦列一列になって歩くので、
休みたいと思いつつも我慢して流れに身をまかせてたという点があるので
単独ペースで行くよりは比較的早いペースだったと思う。

トレッキングポール(2本組)があるとかなり楽できそう。
まるで足が4本になったかのように。
次回参加するならぜったい持って行こうと思った。(今年も参加したいとは昨年は思わなかった)

大阪府チャレンジ登山大会の金剛葛城縦走コース全行程は以下の動画をご参考。
※音は出ません。<3分26秒>



YouTubeバージョンや昨年の実績は以下より。
Check [ 2010/03/18 00:01 ] 金剛山(動画) | TB(0) |   コメント(8)

金剛山の奈良側の「高天」 

金剛山の大阪側と奈良側はずいぶん雰囲気が違う。
同じひとつの山なのに、こうも雰囲気が違うとまったく別の山のような印象を受ける。
大阪側は駐車場もたくさんあり、登山者がたくさん行き交うルートがあるのに対して、
奈良側はというと、まるで登山者を拒むかのように静かで、どこか寂しげな、のどかな田園地帯だ。
日の出が始まって山に光が差し込んでくると、朝のとてもすがすがしい山という
明るい雰囲気が満点であるが、お昼を過ぎると太陽は大阪側に移り、
たちまち日陰となって暗い雰囲気に様変わりしてしまう。
登山道らしきルートもあまり整備されておらず駐車場もほとんど無い。
しいて登山道として整備されたルートをあげるなら、天ヶ滝新道ルートだけではないかと思う。
そんな奈良側で、ひときわ厳かな、そこに立つと気分がすがすがしくなるパワースポットが高天だ。

天(たかま)を知るひとつの記事がありました。
ちょっと古い記事です。

高天の里(青垣いま模様) /奈良
1995/06/23 朝日新聞 朝刊 0ページより引用

御所市高天の田んぼに立ったのは梅雨冷えの日だった。金剛、葛城の山々には霧が立ち、
晴れた日には見えない山の重なりが現れて、いかにも神のいます山という雰囲気を醸していた。
かっと照りつける太陽の下で青々と広がる稲田の夏、日だまりのにおいを集めて実る秋、
刈り取られた株に霜の降る冬、と田んぼの風景は四季それぞれに美しい。
早苗田もそのひとつである。
水面は周囲の景色をうつし、苗はちょっとした風にも揺れて、
ちょうど首が座る前のおさな子のうなじのように頼りなげだ。
それでいてみずみずしい生命の息吹にあふれている。
田のあぜがゆるやかな曲線を描き、地元の寺・橋本院の屋根を視界に入れて広がり下っていく。
山を背景にした田や畑の風景は人々の心をなごませる。水田は酸素やオゾンを発生させ、
ダムにも匹敵する貯水能力を持って環境を守る。
稲作は日本文化の原点であり、日本人の精神構造にも密接なかかわりがあるという。
豊かな自然の中、いつ訪れても季節の花が見られる橋本院で、住職夫人の前田みのりさん(四七)に聞いた。
「カモが飛んできて田んぼで泳いでいたりするんです。農薬が使われていないからでしょうね。
イモリやサワガニもいっぱいいますよ。古代の農法を取り入れて、モミのじかまきをしている田んぼもあるんです。
稲刈りが機械でできなくて大変だそうですが、いろんな工夫をしてはります。
山野草が好きで少しずつ植えてきたのが増え、楽しみに来て下さる人がだんだんあります。
でも、以前は両手いっぱいにとれたササユリが、田のあぜからすっかり無くなったのは残念ですね」
身近だった自然が遠い存在になってゆくのはいかにもさびしい。
       *      *      *
《あし》
バスだと、近鉄御所駅から五条バスセンター行きで鳥井戸下車、西へ約二キロ。
車だと、国道24号の御所市鳥井戸から西へ。金剛山の東山ろくに当たる。
【写真説明】
田植えが終わったばかりの水田がゆるやかな斜面に広がる高天の里=御所市の金剛山東ふもとで
「両手いっぱいにとれたササユリが田のあぜからすっかり消えた」と話す前田みのりさん

#写真はありません。

金剛山の箴言版-(32) 

久しぶりの箴言板です。
このネタが出てくると、あぁついにネタ切れなんだぁと気づかれた方は
結構するどいです。笑

金剛山の箴言板が、昨年にほぼ一新されたようだ。
特に千早本道のものはすべて新しくなっていたが、
箴言板が一新されてから千早本道を使ったのはたったの一度だけなので、
その時は写真を撮らずじまい。
もたもたしているうちに、あちこちのブログで見かけるようになったので
あえて千早本道以外にある箴言板からご紹介。

ところで最近のものはすべて「博石」とサインがあるが、
よくわからないのが、これは金剛山のために特別に作られたものなのか、
どこかで売っているものなのかどうか?ということ。
実はとあるSA(神戸淡路鳴門自動車道の淡路SA)で売られているのを見かけた。
金剛山にあるものと同じ内容ものもあった。
つまりこれは、「あいだみつお」氏の詩みたいな一般的なものなのだろうか。

【32枚目】転法輪寺にて
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今日もまた無事で
くらせし悦びに
六字唱へて
御礼申せよ


#不勉強なので、六字は何を意味するのかがわかりません。。

大人の部活動「登山」 

金剛山は低山であり、慣れない人にとってはわりとハード。
慣れた人にとっては本格的な山への足がかりに。
季節や天候がリアルに体感できて、いろんなステージの訓練になる。
難所あり、楽ちんありで、これほどバリエーションの富んだ手軽な山が
他にもあればぜひとも教えてほしいくらい。
(近くに無いと行けませんけどね)

さて、大人の部活動「登山」に入られる方も、入っておられる方も、私も、
登山の心構えに対する再認識ができるような記事がありました。

慣れた金剛山だとついおろそかにしてしまいがちで、
他の山で失敗をやらかさないためにも参考になりそうです。


[わいず倶楽部]安全に登山楽しもう 行き先告げていざ出発
2010/03/02 大阪読売新聞 朝刊 33ページより引用

◎大人の部活動。読売新聞が応援!
◇第1週 健康
 外で体を動かすのに適した季節がやってきます。
 シニア世代では、山登りを楽しむ人が増えています。
 登山で得られるさわやかな気分は格別ですが、油断は禁物です。
 警察庁のまとめでは、2008年に全国の山岳で転倒したり道に迷ったりして遭難したのは1933人でしたが、
 そのうち64%が55歳以上でした。不測の事態が起きるのを避けて、
 安全に登山を楽しむためのポイントを専門家に聞きました。

 社団法人「日本山岳ガイド協会」専務理事 磯野剛太さん(56)
 ◆入念な下調べ 水分忘れずに
 ――登山前には、どんな準備をすればいい?
 「1000メートル前後の山を登る時には、自分の足のサイズに合わせた登山靴や、
 腰に負担のかからないリュックサックを用意することは欠かせません。
 シニア世代は自分の体力を考慮しながら、登山ルートが書かれたガイドブックで下調べをしましょう。
 全体の所要時間が4時間程度のコースなら、シニア世代でも無理なく登山できるでしょう」
 ――必要な持ち物は?
 「短時間の登山でも水分補給は不可欠です。ペットボトルなどに入れた水を忘れずに。
 カロリーが補給できる菓子類や、既往症のための薬、救急ばんそうこうも必要です」
 ――天候への注意は?
 「初心者なら天気予報によく注意して、晴れの日に登山するようにしましょう。
 雨天の恐れがあれば中止してください。山は逃げませんので、次の機会まで延期しましょう」
 ――登山の当日に注意することは?
 「出発する時は、留守を守る家族か知人に行き先を告げて下さい。
 現地では、道順などで疑問点があれば、誰にでも質問しましょう。
 行楽日和なら、著名な山には必ず人はいます。
 山の最寄り駅にはたいてい地図がありますし、道に詳しい駅員もいます」
 ――もし、けがをしてしまったら?
 「冷静にけがの程度などを把握して下さい。複数で登山しているなら、1人は助けを呼ぶため下山し、
 携帯電話の電波が届けば119番と110番を。
 けがをした本人はその場を動かず、暖かい服装をして、他の登山客らに助けを求めましょう。
 人がいない場所でも事前に行き先を告げていれば、家族らの通報を受けた救助隊が必ずやって来ます」


金剛山 第185回  (2010.3.13)  

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登り:伏見峠(念仏坂)ルート(初)
下山:文珠中尾根ルート

今日は単独で、登山を開始したのは遅めの15時ちょうど。
百ヶ辻から念仏坂を登って行く。
途中にある文珠中尾根も、寺谷・文珠東尾根も、木場道・馬の背も、
さらに香楠荘尾根ルートに通じる入り口もどんどんスルーして行く。
伏見峠ルートを登りに使ったのは今回がたぶん最初のはずだ。
これまで夜登山や雨登山等で安全に歩くために下山にだけは利用したことがある。
子供の頃の耐寒登山でも、登りは千早本道で、下山は伏見峠というのがお約束だった。
それゆえに、伏見峠ルートというのは自分の中では下山専用道という位置づけだった。
なぜ今まで登りに使うことが無かったのかというと、
コンクリートでつまらなそうな、ひたすら苦行を強いらるだけだろうし、
心臓破りっぽい坂道は、本道同様にただ単にしんどいだけだ、という
勝手な思い込みで片付けてしまっていた。
それに何といっても、車が山頂に上がれる唯一の道ゆえに、関係者の車の往来がある。
せっかく新鮮な空気を吸いに来ているのに排気ガスも嫌で、
登っている真横を車が通ると興ざめする。
そんなこんなで敬遠してきた伏見道(念仏坂)であるが、
今日、登りに使ってみて思ったのは、意外と快適・極楽ルートだということ。
レインウェアの出番が無い程度に時おり小雨がぱらつく中、
多くの登山者はすっかり下山を終えて帰ってしまった後の静けさを行くのは、
しんみり、しっとりで、自分だけの時間を存分に味わえて良い感じがした。
足元の心配は要らないわ、靴やズボンの裾は汚れないわで、何の不自由もない。
山頂へは遠回りなルートではあるが、せっかちな千早本道よりも快適かも?と思ったほど。
しんどいはずだと思っていた坂も特別に何も感じなかった。
肺活量や筋肉量も十分付いた!?今となっては、むしろ物足らないくらいで
あっけなく山頂に着いてしまった。
そんなわけで、登りに使いたくないという無意識は、
まだ登山慣れしていない頃の思いを引きずっているだけの単なる妄想だということが判明。
今日のような時間から出発するしんみり登山では、常用しても良いかもと思った。

さて、念仏坂に新しく道標ができていた。
これは千早本道にできたものと同じものだ。
たしか「ふ-5」ぐらいまではあったのを確認した。
ということは関係者優先の林道というより?正式な登山道として
認定されて市民権を得たという事になるのかな?
そしてロープウェイのケーブルの真下が、ケーブルに沿うように伐採されていた。
念仏坂からロープウェイの支柱がまともに確認できる。

念仏坂を登り切ったあたりから、急に空腹感を覚えた。
13時にお昼を食べたのに、15時スタートして早くもこれだから燃費が悪い。
さっさと登って、とっとと降りるつもりだったので、食べ物は何も持ってきていない。
ボトルの水だけだ。
お菓子を買おうにも、たしか山頂売店は15時で閉まっているはずだ。
もし仮に16時まで開いていたとしてもどのみち間に合わないし。
などと考えながら歩いていると、霧の中、目の前にほのかな灯りが見えた。
ログハウスの灯りだ。
ちはや園地の端からはログハウスが確認できないほどの濃霧なのに、
近づくにつれてだんだんぼんやりと見えてきたのだ。
そういえばログハウスに売店みたいなのがあったのを思い出した。
よく見ると、売店らしきところ扉が開いている。
これは助かった!と飛び込んでお菓子を買う。
尋ねてみると、ここは16時まで開いているそうだ。
まさにオアシス。
普通のペースで百ヶ辻から40分でログハウスに到着した。
お菓子を買ってすぐに売店を出ようとすると、閉店かたづけ中の店員さんから
「お客さま、お客さま、珈琲飲んで行かれます?一杯分もないんですけど」
と言ってホットコーヒーを出してくださった。(コップの半分以上はありました)
小雨が少し冷たいなと思う中、登ってきてこういうおもてなしをされたら
なんかちょっとうれしかった。
前にここでカップラーメンを食べたときも思ったが、
売店の成田さん、い~感じの方です。
やっつけ仕事な店員さんが多い昨今、ここでは確実に癒されます。
まさにログハウス・オアシスにふさわしい方だなと。

5分と滞留しなかった売店を出てすぐ、山頂をめざして再び歩き出す。
こんな時間のこんな天候の中でも、たまに人とすれちがう。
千早本道に次ぐ登山者の多い銀座通りなので、
午前中などの時間帯にはあまり使いたくない。
ちはや園地から15分ほどで山頂に到着。
山頂16時ちょうどの気温は6℃。
山頂の冬の名物「かまくら」がしっかり復活してました。
国見城趾広場でお菓子を食べながらボケ~っと休憩すること30分。
寒くなってきたのでフリースを着込む。
下山は文珠中尾根ルートから。
このルートを下山に使うことが多い理由は、
念仏坂に降りるとすぐに百ヶ辻に着けるから。
寺谷や馬の背を下山すると、念仏坂をダラダラと歩く区間が長い。
16時30分に山頂を出て、文珠中尾根は比較的ハイペースで降りたので
百ヶ辻下山完了時刻は17時。
ぬかるんでいたので、キレイだった靴は下山でドロドロ。
ズボンの裾もしっかり汚れました。

これで今週末の登山は終わり。
今回はちょっと登り足らなかった。。

その他の画像は以下より。

寒の戻り・戻り寒波 

20100311-1.jpg
本日9時の様子です。

金剛山頂の冬の名物「かまくら」も先週の日曜日にはすっかり姿を消し、
いよいよ気持ちを躍動の春に切り替えないと方ないなと思っていた矢先に
またまた寒波が戻ってきて、なんと「かまくら」も復活したようです!(なぜか嬉しい)
けど、こんど暖かくなったら今度こそおわりだろうと思っていたらなんのなんの。
過去に4月に雪化粧したこともあるようです。
温暖化の昨今、今後は無いとは思いますが。


金剛山で霧氷 福井は春の雪 【大阪】
1992/04/13 朝日新聞 夕刊 14ページより引用

 13日、西日本各地は冬型の気圧配置で、上空に強い寒気団が入り、肌寒い朝となった。
大阪・奈良府県境の金剛山(標高1,125メートル)山頂付近は早朝、薄っすら雪化粧し、
雑木の枝には霧氷も見られた。また、福井県内では4月中旬としては珍しく雪模様となった。
 大阪管区気象台の話ではこの寒さは16日ごろまで続きそうだという。


戻り寒波で雪化粧 六甲・金剛・高野山
1992/04/13 大阪読売新聞 夕刊 14ページより引用

 戻り寒波で冷え込んだ十三日朝、六甲山(九三二メートル)では山頂付近がうっすらと雪化粧した。
 雪は、前日午後から舞い始め、十三日午前五時ごろには、気温も氷点下二・三度まで下がって
真冬並みの寒さに。芽ぶき始めたツツジなどの木々に霧が凍りついて霧氷ができ、一面冬景色。
モモの花も雪をかぶり、霧に包まれた谷間から聞こえるウグイスの鳴き声だけが春をうかがわせた。
 和歌山県高野町の高野山でも、十二日午後八時ごろから雨が雪に変わり、
山内寺院のひわだぶきの屋根がうっすら雪化粧。大阪、奈良府県境の金剛山頂付近でも
霧氷の花が咲いた。
 大阪管区気象台によると、近畿地方はこの朝、最低気温が平年より二―四度低く、
三月下旬から四月上旬並み。彦根の四・六度をはじめ、京都四・七度、神戸、
奈良各五・五度、大阪七・三度、和歌山七・九度を記録した。

登山者今昔 

20100310-1.jpg

昨日も取り上げた、元毎日新聞記者の藤田健次郎氏の著『ひとり歩きの金剛山
をあらためて拾い読みをしていたら、こんな一節があった。

『鳥の声、風の音、木々のそよぎに耳を傾けず、ふれあいを拒む。
深い自然の中に身を置きながら、ひたすらラジオの世界に埋没する男性が少なくない。
たいてい疲れていて無表情。
ゆっくりと自分の足元を見つめて歩いている。
こうした特別に暗い印象は、ひとり歩きの女性には見られない。
違和感のある中高年男の風景である。
とはいうものの、人の世は憂きことだらけだ。
家庭のこと、仕事のこと、先の見えた人生のこと。
そして他人から見れば、取るに足らない些事のあれこれについても、
わずらわしいことが多くある。
半世紀を生きれば、そりゃいろんなことがありますよ、と割り切ってしまえるほど
単純にはいかない。身につまされる。
たぶん、そんな心象が歩く姿に浮き出てくるのであろう。』


この本が書かれて20年経った現代でも、こういう人、居るよなぁ。
それより自分も単独登山だったら、知らず知らずどこか暗い印象で、
陰を落として歩いているかもしれない。
ラジオこそ聞いてはないけれど、登っているときは自然を感じながら活き活きと、
しかし下山となると足早に、今日の目標を達成した後の消化試合さながらに
脇目もふらずに歩いているのではないかと思う。

努めて明るく愛想良く振る舞うようにしようという気になってきた。

赤滝谷ルートの真実  

20100309-1.jpg

元毎日新聞記者の藤田健次郎著『ひとり歩きの金剛山』が発刊されたのは
1991年となっている。
もうかれこれ20年近く経っているわけであるが、
その本の中には『「危」の印がつく赤滝谷遡行』という目次がある。
読んでみると「鉄の小橋」や岩肌が赤いという「赤滝」についても書かれている。
たしかに鉄の小橋は渡ったし、赤滝は金剛山のいろんなルートを登ってきた中で見た
どんな滝よりも横幅があって圧巻だった。
また当時はこの滝のどちら側かを遡行しなければならなかったようで
地図には危険の「危」のマークがあったようだ。
現在発行されている唯一の山岳地図である昭文社の「山と高原地図」シリーズで
金剛山系が載っているのは「49 金剛・葛城・紀泉高原」だが、
最近教えてもらった話、これらの地図の少し前のものと最新のものとでは内容が違う。
前の地図には引かれていた登山道が、最新の地図では消されているものが多い。
赤滝の例では、最新の地図では「赤滝」と「赤滝谷」という文字が
かろうじて入っているだけであるが、ほんの数年前の地図だと、
赤滝谷ルートのラインや所要時間も書かれているのだ。
そしてさらに「滝のそば滑落注意」とも書かれている。
また当時は赤滝谷ルートを登っている人もそれなりに居たようだ。
それにしても赤滝谷ルートが始まるやいなや「赤滝」が現れたものだから
楽しみが半減してしまった。
もっと苦労してやっとのところであればよかったのにと思う。
大好きなおいしいオカズを先に食べてしまって、キライなオカズだけが皿に残ったような気分。
見所の赤滝をすぎてからはひたすら試練あるのみ。
ちなみに赤滝は、右からも左からも登るのは大変危険なのでやめたほうがよい。
もっと手前に比較的安全な巻き道がある。
古い地図によると、「登山口バス停」から15分で「赤滝」、
「赤滝」から「露岩の出合」というところまでが40分、
そして「露岩の出合」から東條山までが35分となっており、合計一時間半ということになる。
ところで「露岩の出合」って何のことだろう?
そのようなものにはまったく気がつかなかった。
赤滝から迷うことなく東條山に着けたかというと、
途中は沢が右から合流してきたり、尾根が分かれたりと、
マーキングが見つけられなかったら迷っていたに違いない。
登山口バス停から百ヶ辻に向かう舗装路と平行しているのでは?という程度に
思っていたが、現実には複雑きわまりない。
それにしても東條山を降りきったところ、五條林道(千早峠まで)の
まだ半分程度の場所であることに気付いたときにはどっと疲れが出た。
五條林道に合流してからは幅広の快適な道で、その後の千早峠からも
ダイトレそのものなので何の障害もなく歩きやすい。
東條山、高谷山、中葛城山を経て金剛山に至るわけで、
山を三つも越えていくなんてとんでもないと思いそうになるが、
実際には、最初に東條山まで高度を上げて登り切ってしまえば、
ずっと尾根にいる感じなので、大きな高低差は感じられない。
しいて言うなら、千早峠からの登りが少しだけきついくらい。
千早本道を何度も往復するような極端な高低差は無い。笑
さて、そんなこんなでかなりの長距離を登ってきたので、
香楠荘で昼食を摂るのがちょうどよい。というかこのあたりで空腹の限界。
ここで一時間ほど休憩。
香楠荘を出たあとは、消化試合のようにダラダラと残るチカラをふりしぼって
山頂を経由して今回の目標である大阪側最大周回コースの黒栂谷ルートを目指す。
登りがしんどかった分、下山が短いのは楽で良い。
下山も同じだけ時間がかかるようなルートだとどうなっていただろうか。

ちなみに今回のルートで、チャレンジ登山大会のルートの約半分です。
実際には、金剛山(中級ゴール)まで来れたなら、あとは惰性でなんとか
上級ゴールまで歩けるものです。(責任は持てません)

その後の情報で、大阪側最大周回コースと思っていたのはどうやら誤りで、
さらに大きな周回コースがあるという。
スタートはトンネルのあたりから尾根に取り付き、ゴールはまつまさのある谷より
北側の尾根を通って登山口バス停の近くに降りてくるらしい。
はぁ。。。ため息。
想像しただけでお腹いっぱいです。

金剛山 第184回  (2010.3.6) 

20100306-1.jpg

『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分29秒)


登り:赤滝谷ルート(初)
下山:黒栂谷ルート

今日は大阪側ルートでもっとも大回りな大周回ルートを敢行。
これは、今年の1月の五條林道ルートからの周回ルートよりもさらに大回りだ。
まつまさ駐車場に9時前に着く。Takeshiさんと待ち合わせだ。
今日は遅めのスタート。
車を降りるときからすでに本降り。
今日は最初から雨なので、以前に使っていた防水のヌバッグの登山靴だ。(ヒモ靴)
いつもの靴もゴアテックスなので防水ではあるがメッシュなのでやめにした。
ひさしぶりのヒモ靴なので、さっそくほどけにくい結び方(A)を実践してみた。
なるほどほどけにくそうだ。(最後までほどけることはなかった)
まつまさ駐車場を出て、一旦は下のバス停までおり、車道を百ヶ辻のほうに向かって歩き出す。
千早の集落を下に眺めながら、鱒釣り場のほうへ下りて行く。
別荘地を思わせるところを少し歩いた後、鱒釣り場のところから鉄の小橋を渡る。
これは意外とコワイかもと思わせるギミック(仕掛け)だった。
正直、雨に濡れていて滑りそうで、わりと沢からの高さがあるので少々ドキドキものだ。
その後、すぐにずっと気になっていた「赤滝」が目の前に。
金剛山では他で見ることができない規模のすばらしい滝だ。
アリスの父さまから伝授いただいた案内図を確認しながら進む。
東條山までの前半はピンクのリボンを頼りに進み、後半は赤いテープを頼りに進めば良い。
もし、これらの目印がなければGPSでも無いかぎり、分岐だらけでぜったいに迷うことだろう。
「東條山(880m)」に着いたのは、出発してちょうど二時間後の11時だ。
予定ではあと一時間後の12時には香楠荘に着きたかったのだがムリそうだ。
東條山からは自然林の中をどんどん下る。
しっかり道が付いているので安心だ。
下りきったところでどこに出たのかさっぱりわからず、コンパスで方角を確認する。
方角がわかったところでどっちに行けば良いのかわからないので、
とりあえずもう少し下ってみたところ、Takeshiさんが見覚えのある目印に気がついた。
その瞬間、自分たちが今、どこに居るのか気付いた。
それは五條林道との合流の部分で、千早峠よりずいぶん手前であることが判明。
もし五條林道ルートを登ってきていたら、登り始めて30分程度のところなのだ。
「二時間以上かかって、まだここか~」と、さすがにショックを受けたが、
今日は訓練なのでと自分に言い聞かせる。
そこからは、まだ記憶にあたらしい五條林道そのものを千早峠目指して歩く。
あいかわらず雨は止みそうにない。
東條山から25分で千早峠に着いた。
千早峠からは階段の登りがしばらく続く。
こんな天気の中を歩いているのは自分たちだけだろうなと思っていたら、
大勢の団体さんとすれ違った。
さらに雨のなかをどんどん歩いて、スタートしてから3時間で中葛城山に到着。
かなり空腹をおぼえてきた。
中葛城山から久留野峠まで階段を一気に下りる。
久留野峠から階段を眺めると、その高さと階段の数に圧倒されるが、
実際は、登っても下っても見た目ほど激しくはない。
久留野峠からの登りが空腹に堪えて少々パワー不足に。
そのとき、見覚えのあるコスチュームの人が現れる。
やはりそうだ、「金剛山の夜景」の夜登さんだった。
こんな雨の中の昼間の時間帯だというのに、まさかの偶然だった。
ちはや園地まで一緒に登る。
夜登さんはかなりのハイペースなので追いつくのがやっと。
ようやく今日いちばんの楽しみの香楠荘に到着。
スタートして3時間40分後だった。
このところ香楠荘を利用する機会が多かったので、
さすがに「ミニカツ丼定食」には少々飽きがきていた。
そこで、前から気になってきた「カレー南蛮」にすることに決めていたのだが、
あまりの空腹なので「ミニカツ丼」とセットにしてもらえないかとかけあったところ、
メニューにはないがOKとのこと。
150円UPの1100円だった。
さてその裏メニューの「ミニカツ丼カレー南蛮定食」、もう最高。
カレー南蛮は美味い!
とろみのあるあんかけ蕎麦のカレー版のような感じ。
今日こそまさに「生き返る~」だった。
というのも、レインウェアを脱いでもカラダは湿っているし、靴の中までなぜかずぶ濡れ。
もうどこもかしこも濡れまくっていて寒かっただけに暖まった。
一時間もまったりしてから、山頂に向かい再スタート。
外に出ると寒く、フリースを着込む。
山頂14時20分の気温は5℃。
家を出るときに確認したら10℃だったのに、5℃も気温が下がっていた。
山頂では時間そこそこに、すぐにセト方面に向かって下山体勢に入る。
大周回ルートというできるだけ大回りが目標なので、黒栂谷ルートにて下山する。
とうとう最後の最後まで雨が降りっぱなしだった。

今日は縦走訓練を兼ねてと、先週あまりにもスタミナ切れで登れなかったのにショックを受け、
もし、今週も同様に足にチカラが入らなくて登れなかったら縦走どころではないと思ったからだ。
結果として、まだまだ十分歩ける余力を残して完歩できた。
今日はなぜか元気がみなぎっていた。

その他の画像は以下より。

朝原寺跡ルートの高低差の錯覚 

20100303-3.jpg
クリックで拡大できます。

先週末の登りの軌跡を等高線マップに当ててみた。
等高線の細い線一本が20mなので、
百々川ルートに取り付いた時には約480mの高度。
そこからその高さの約半分の高度240mの起点(山麓線の近く)まで一旦下山。
起点からはずいぶん登ったつもりで朝原寺跡に着いた高度が650mだ。
高度差では起点からたったの410mしか登っていないのに、
そろそろ山頂か?と感じるくらい長く感じた。

山頂までは朝原寺跡のある高度650mの地点から
さらに約400mほど登ることになるので、
朝原寺跡のある場所が、起点-山頂間のちょうど半分ということになる。
朝原寺跡からの後半は、歩きやすいダイトレや、一の鳥居からの幅広の道があるので
同じくらい登ったという実感がない。
後半のほうが疲れているはずなのに体感的には前半のほうがはるかにきつかった。
そういうわけなので朝原寺跡は中間より上の、山頂に近いあたりにあると思っていた。

登山においては、意外とこういう錯覚が起きているのかもしれない。

ほどけない靴ヒモの結び方  

以前、靴ヒモがほどけるのを何とかしたい対策として
モンベル「モンベルコードロック」なるものを使うという
いわゆるチカラわざのようなものを紹介させていただいたが、
伊東家の食卓をはじめとしたネット上のさまざまな情報源によると
ちゃんとほどけにくい結び方が存在していました。

まずは、

(A)
 1.まず基本の「だんご結び」をする。
 2.次にそれぞれを折り返したものを図のように通す。
 3.左右それぞれの先っぽと輪の両方を持って調整する。
20100302-1.jpg
というもの。
それ以外にも、

(B)
 1.基本の「だんご結び」では二回巻く。
 2.次に、いつもは最後に折って通すヒモを二回巻く。
20100302-2.jpg
という感じ。

前者のほうがスマートでキレイで簡単なように思う。
すみません、私の靴はヒモ式じゃないので実践できていません。。
Check [ 2010/03/02 21:28 ] その他 | TB(0) |   コメント(2)

朝原寺跡ルートの真実 

20100301-1.jpg

奈良側は駐車場に困る。
確実と思われるのは二箇所しか無い。
あとは農道脇に路駐となるが、せいぜい1,2台しか駐めれない。
路駐はおちつかないので、結局はその二箇所のいずれかに駐めることになるので、
そこからそれぞれの起点へと移動することになる。

朝原寺跡ルートであるが、高天から橋本院の方向へ地元の舗装路を横移動する。
百々川ルートの時は、橋本院の方へ行ってしまったために山麓線に出るハメになった。
今回はその失敗を繰り返さないよう、橋本院のほう(北東)へは行かず真北へ行く。
舗装路が終わって植林地帯に変わるところで、山頂方向へ行く道と、
そのまままっすぐ進む道に分かれる。
山頂方向へ行くと「橋本院ルート」(橋本院の道)となる。
そのまま直進すると百々川ルートの中心に向かう。
途中、分岐があったりもするが、正確に真北をめざすとどんどん下りていって
百々川ルートの沢に出る。
そこはすでに百々川ルートの真ん中あたりになるので、
百々川ルートをそのまま登ってしまうほうが楽だろう。
そこを朝原寺跡ルートの起点まで、百々川の荒れた沢を苦労して下山する。
こんな苦労するのなら、高天から山麓線を歩いて起点に向かうほうが
よっぽど楽ではあるが、山麓線を通る車の排気ガスがきびしい。

さて、朝原寺跡ルートの起点はいくつかあるが、もっとも高天に近い起点は
百々川の起点とほぼ同じような場所にある。
鬱蒼とした感じの暗い森の中に入って行く感じは、
わくわくとした期待どころか、逆に暗い気分になる。
しばらく溝伝いに歩き、溝蓋の鉄板を渡ると尾根伝いに上がる入り口が確認できる。
そこからははっきりと道が付いている。
植林地帯に入ると、一瞬「どっち?」という迷いがある場所に出るが、
ひたすら直進すれば、ふたたび道が確認できる。
すぐに谷のほうに道が落ち込んで行き、別の尾根にどんどん登って行く。
あとはひたすら登るのだが、踊り場のような平坦なところがほとんど無く
ずっと登りが続くのでバテてくる。
特に先日はいつものようにチカラがみなぎってこなくてひさしぶりにしんどい思いをした。
時折下界が見えたりするので、晴れていると光が差し込み、
郵便道よりも明るい雰囲気だろう。
いったいどれだけ登るのかとイヤになりかけた頃に「朝原寺跡」に到着する。
ここからは関屋(水越トンネルを抜けた奈良側?)のほうへの分岐がある。
朝原寺跡については知識がないので詳しくは触れないが、
こんなところによく寺なんか造れたものだと感心する。
誰が何のために?
もちろん寺そのものは無いが、名残がある。
そこからまたどんどん登っていく。
あまりにも似た様子なのでどれくらい登ったかよく覚えていないが
巨石がごろんと転がっている。
写真を撮るような印象が無かったので撮っていないが動画には登場する。
そこからしばらくしてやっとダイトレに合流。
わりと下のほうだ。(パノラマ台の近くだろうと思う)
ダイトレは歩き易いが、ハードルのような障害物になってしまっている
階段部分はつらい。
やっとやっとで一の鳥居。
最後のチカラを振り絞って山頂へ。
しかし先日は、お昼は香楠荘予定だったのでダイトレを香楠荘のほうへ向かった。
そんなこんなで、余分に歩いた距離は計り知れない。
下山は香楠荘からマツバカケ尾ルートで50分ほどで高天まで下山完了。
十分すぎる健脚ルートだったと思う。
こんな行程を真似する人なんて居ないと思う。。

金剛山頂の気温

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プロフィール

こんちくわ。
キバラー
と申します。
ほぼ毎週金剛山をメインで
登っています。
飽きっぽいのか色々やってきて
自転車→オフロードバイク→
大型バイク→登山へと変化し、
その間、
テニスやスキーにハマった数年間。
キャンプは今でも細々と。
今は山に全力で年中夢中

ヤマ仲間
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