生駒山系に連なる金剛・葛城山系の主峰『金剛山』から始めた山登り。その時々で気になる山へ、気の向くままに・・・

金剛山 第174回  (2009.12.31) 

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『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分11秒)


2009年の登り納めの今日、
寒さに強風まで加わって、とんでもない寒さだった。

今日は雨でも雪でも登りに行く気満々で、6時に起きたものの、
外はゴーゴーうなっていて、とても寒そう。
夕べは雨も降ったりで、なんとなく戦意喪失ぎみ。
着替えるのもイヤ気がさしそうであったが、なんとか準備を整えて金剛山へ。
移動中もかなりの風。
途中でセルフの給油に立ち寄るも、寒くて給油の手が凍えそう。
洗車機は待ち行列の長蛇。

駐車場に着いて外に出たら、やっぱり風が強くてきわめて寒い。
20分も歩けば暖かくなるだろうと思っていたが、
結局、山頂までフリースを脱ぐことができなかった。

 登り:ツツジオ谷源流ルート
 下山:千早本道派生ルート

ツツジオ谷源流ルートへ行くのは、およそ2年半ぶりぐらいだ。
源流ルートのことをすっかり忘れていて、
最近では常に尾根に上がるか、ハゲ山ルートを登っていた。
おそらく源流ルートはあまり良い印象が無かったからだろう。
この季節だからブッシュは無いものの、足場は悪く、ぬかるんでいたり、
枝が張っていたり、倒木があってくぐらなければならなかったりで、
慣れない人を連れてくると、きっと怒り出すことだろう。
しかも、沢登りのような楽しさはあまりない。
最後は激登りの後、笹こぎで下の広場の裏に上がる。
エスケープして六地蔵に出てもよい。
今にして思うと、大阪側にしてはなかなかワイルドなルートだ。
大阪側なのでルート自体は長くはないが、
妙見谷ルートに次いでがんばった感が出る、運動になるルートかもしれない。

山頂10時15分の気温は、氷点下6℃で、風速5m程度の風があり、
おそらく体感気温はマイナス10℃を越えるくらいだと思う。
山頂をうろちょろしていると、カラダの芯まで痛くなるような寒さだった。
あまりの寒さでカメラがオートフォーカスしてくれず。
使用可能温度域を超えているからだろう。

山頂売店内に避難して昼食のカップ麺を食べていると、katsuyukiさんからメール。
手がかじかんで、文字入力しづらい。
食事後ライブカメラの前で、昨日とは逆に今度はこちらが見られる立場になった。

今年の登山はこれにて終了です。
ほんとにたくさんの出会いがあった一年でした。
ご覧いただきましたみなさま、本当にありがとうございました。

今晩、年越しで登られるという夜登さん、katsuyukiさん、どうかお気を付けて。

2010年にお会いいたししましょう。
みなさんよいお年をお迎えください。

本日のその他の画像は以下より。

すぐに下りるのはもったいない金剛山 

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掃除をしていて、ほっと一息ついたところで外を見るととても良い天気。
今日は金剛山に登りたかったなぁと、なにげなくノートパソコンを開いて
金剛山ライブカメラ(錬成会員向けリアルタイム動画)を眺めていたら、
見たことのある人影が写った。

あれ?このカラーリングで、このコスチュームはkatsuyukiさんっぽいぞ。
katsuyukiさんから、今日金剛山に登ったというメールがあったのは2時間ほど前。
もうとっくに下山完了しているはず。
しかし、これはどうみてもこれはkatsuyukiさんだと思ったので、念のためにメールしてみたら
やっぱりご本人だった。
山頂と自分のいる下界間を音声通信で交信してみると、(無線じゃなくて電話ですが)
「すぐに下りるのはもったいないので、ちはや園地など二時間ほどあちこち歩き回ってました」
とのこと。
なるほどなぁ。
どこを登ってもそんなに距離が長くない金剛山。
下山してしまったらあっけなく楽しい時間が終わてしまうからなぁ。

そしてさらにライブカメラに、あのタフガイのTakeshiさんも登場!
お二人は偶然に山頂で出会ったとか。
午前中はたいしたことしてなくて、しかも八時半くらいまで寝ていただけに、
登りたかったなぁ。
家にじっと居るほうが寒い。。

明日はなにがなんでも時間を作って登りに行かないと年が越せない。

金剛山 第173回  (2009.12.27) 

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左より、katsuyukiさん,kosiziさん,Takeshiさん,あ~ちんさん,キバラー
#クリックで拡大可

今日は単独登山の予定で、誰とも約束をせずに金剛山に向かった。
出発時間もそれぞれ違い、それぞれ単独で登ったのに偶然合流。
このブログに最近よく出ていただいているメンバーが大集合した。
2009年の締めくくりとして、とてもうれしい顔合わせとなった。
といっても年内まだ登れるかもしれませんが。

今年はほんとに多くの新しい出会いがありました。
元来、文章が下手で言葉足らずなので、コメントのコメントに対しても
不快な表現や言葉使いがあったかもしれません。
声を掛けていただいた方、ブログにコメントいただいたみなさまにお礼申し上げます。
ありがとうございました。


登り:清井山ルート+なんちゃって石ブテ西谷ルート(エスケープ)
下り:ババ谷ルート+鱒釣り場ルート


金剛山に向けて車を走らせていたら、偶然、友人あ~ちんの車が目の前を走っていた。
そんなわけで、まつまさ駐車場から一緒に登ることになった。
駐車場スタートが9時20分。
マイミクで金剛山大先輩のkosiziさんに、以前、ちらっとヒントをいただいていた
未踏の新ルートの確認に、単独登山で行くつもりだった。
その気持ちは曲げることができず、あ~ちんご一行も一緒に登ってくれることになった。
ルートへの取り付きがよくわからないまま、どんどん高度は上がって行っているのに
山頂からはみるみる離れていっている。
そしてようやく入口らしい部分を見つけて進入。
ほどなくして尾根に出ると、くっきりはっきり道が続いている。
道なりにその尾根を登り切ると、そこは「清井山」と書かれた山頂だった。
清井山山頂を越えて少し下ったあと、ひたすら登っていく。
ずいぶん進んだところで、左から坊領ルートが合流してきた。
坊領ルートの最後の激登りが終わってさらに進み、青崩ルートの山火事跡に出る。
その後、すぐにセトに到着。ここまででおよそ一時間。
そこからはまた少し下って「なんちゃって石ブテ西谷ルート」をトレース。
大日岳に出る少し手前で、青崩道の尾根に取り付いてエスケープし、迂回路を通って山頂へ。
山頂到着が11時10分。気温0℃。少しだけ雪が残っていて滑りやすい部分もあり。
到着と同時に、前からkatsuyukiさんが向かってこられた。
今日はkatsuyukiさんは単独で登られるとあらかじめ聞いていた。
山頂でお会いできるといいですね、というメールを送っていたところ、
結果的に待っていてくださった。
登りだしてからは圏外で、連絡が取れなくなっていたので、
わざわざセトまで様子を見に行ってくださったりと、
ずいぶんお待たせして申し訳ありませんでした。
山頂で売店でみんなで昼食をとろうとしていたところに、
サングラスをかけてベンチに座っている怪しそうな人を発見。
なんと、先日もみじ谷本流で大冒険を共にしたTakeshiさんでした。
Takeshiさんも予定が急に変更になったそうで、たまたま山頂にいらっしゃった。
それだけにとどまらず、売店の中にはあの金剛山の大ベテランで大先輩の
kosiziさんがいらっしゃいました。 

昼食後、記念写真を撮ってもらった後、水越側に下山するkatsuyukiさんとは分かれ、
その他のメンバーで鱒釣場ルートを目指すことになった。
こちらも未踏ルートで気になっていたので、わがままを聞き入れてもらった感じ。
kosiziさんを先頭にまずはババ谷ルートをめざす。
鱒釣場ルートは、kosiziさんは登りで使ったことしかないとのことで、
分岐がよくわからないかもしれないとのこと。
ババ谷ルートを下りていると3方向分岐があらわれた。
真ん中のルートがそれだったかどうか下山で使ったことないとのことで思い出せない様子。
とりあえずそちらにはいかず、さらにババ谷ルートの下山を続けた。
ババ谷ルートは後半部で2つ3つに分かれる。
その一番右側のルートを選んで下山していくと、そこは松の木がある見慣れないルートだった。
これは期待できるかも、とさらに下山を続けるとババ谷に下りきってしまった。
妙見谷ならともかく、ババ谷に下りきってしまうのは(まつまさに駐車しているので)
ほぼ百ヶ辻からまつまさまで車道を行く、最悪のパターンだなぁと言っていたら、
kosizuさんがさりげなく「登り返しましょうか」と。
なんと、ババ谷前の車道を目前にして、99.9%下山完了と思われる状況の中で、
鱒釣場ルートへのやりなおしができるの??と一同唖然。
せっかくなので行きましょう!と全員の同意を得ることができたので、
またまた知らない道をどんどん登っていくことに。
そして尾根を登り切ると「鱒釣り場→」と書かれたテープを確認。
あとはkosiziさんの後について思った以上に長くアップダウンのあるルートを行くと
無事、鱒釣り場に到着した。
どんなところに出るのかなと思っていたら、まったく予想外の場所に出た。
車道を歩いていても入口を見つけるのはむずかしいほど意外な所だった。
14時少し前にまつまさに到着して下山完了。
今日も長い距離の登山を楽しめた。
みなさんお疲れ様でした。

その他の画像は以下より。

金剛山の登山道「杉尾ルート」!? 

金剛山の登山道に「杉尾ルート」なんて聞いたことがないなぁと思ったら、
よくよく記事を読んでみると、ずいぶん遠い所にあるような感じです。
「五條林道ルート」や南海の千早口駅から登るとか、ダイトレ縦走のような
いわゆる健脚ルートのうちのひとつなのでしょうね。


金剛山の登山道「杉尾ルート」点検 橋本の住民と県職員ら
2003/04/02 大阪読売新聞 朝刊 26ページより引用

 国内で初めて集落全体(二十六戸)で有機農法に取り組んでいる橋本市杉尾地区の住民と、
県伊都振興局職員ら七人が和歌山、大阪、奈良の府県境にある金剛山の登山道「杉尾ルート」を点検した。
同地区は、ここが金剛登山の入り口の一つであることもアピールしたいとしている。
 標高千百二十五メートルの金剛山は金剛・生駒・紀泉国定公園内にある。
尾根伝いを登山道「ダイヤモンドトレール」が走り、三府県の山ろくから約十本の登山道が通り、
年間約百万人の登山客が訪れるといわれる。
 同地区の「古代米の会」の尾上賢一会長ら七人が、ダイヤモンドトレールまで約三キロ、
さらに金剛山まで十一キロを往復約七時間かけて歩いた。
 杉尾ルートは幅一・五―四メートルで、途中、杉の倒木二本が道をふさいでいたが協力して除去。
その他は土の道も舗装され、よく保たれていた。
一方、方向や距離を示す案内板が一枚もなく不便なこともわかった。
 住民らは「行政と協力して案内板を立て、金剛登山もしやすくしたい」と話していた。
写真=金剛登山道の橋本市杉尾ルートを点検して歩く杉尾住民ら
#写真は引用していません。

金剛山の箴言版-(31) 

【31枚目】香楠荘内の蕎路坊にて
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五戒
辛いことが多いのは 感謝を知らないから
苦しいことが多いのは 自分に甘えがあるから
悲しいことが多いのは 自分のことしか分からないから
心配ごとが多いのは 今を懸命に生きてないから
行きづまりが多いのは 自分が裸になれないから


もう出尽くしたと思われた箴言板ですが、
最近、あちらこちらで一新されているようです。

金剛山 第172回  (2009.12.23) 

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※クリックで拡大可

『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分12秒)



Takeshiさんと登山を開始したのは7時半。
一緒に登るのは「石ブテ西谷ルート」を登った時以来の一ヶ月ぶりだ。
どうも「Takeshiさん=沢=ハード」というイメージが付きまとう。
果たして今日はどうなるのだろうか。

駐車場からカヤンボ小屋付近まで、普通にゆっくり歩いてちょうど40分。
意外にも遠い。
ダイトレで下山してきてカヤンボ小屋に着くとほとんど下山完了したような気分になるが、
駐車場までまだ残り4キロほどもあるのだ。

今日のルートはスタートしてからもまだ決まっておらず、あ~でもない、こ~でもないと
ひととおり言いたいことを言い放ったあと、ぎりぎりになって「もみじ谷本流ルート」に決定した。
「もみじ谷ルート」は良く知っていて、「もみじ谷本流ルート」はどう行けば良いのか
最初の分岐を把握しているだけで、あとはあらかじめの予習はしてこなかった。
通常、週末のいつに登山に行くのかということも、前日や前々日に決まることがほとんどなので、
昼食の材料などを買い集めたり準備をするという時間も無い。
そんなわけで山頂での昼食は、カップ麺か香楠荘での食事かのいずれかしかない。
手軽で準備も早く、あれとあれを買っておくだけでOK!みたいな山めしを伝授していただける方は
どこかにいらっしゃらないものだろうか。。

カヤンボから沢に下り、しばらくは「もみじ谷ルート」と共有する部分を行く。
4日前に登った時とくらべると雪は少ない。
あれから降っていないので、日中に溶ける一方なのだろう。
いくつもの堰堤を越えて「もみじ谷ルート」と「もみじ谷本流ルート」の分岐に到着。
「もみじ谷本流ルート」に進入してからも歩きやすく、どんどん先に進む。
Takeshiさんはこのルートがたいへん気に入った様子。もちろん自分もだ。
しばらく進んだところで目の前に大きな堰堤が出現。
しかもその一部が氷瀑となっている。これは圧巻だ。
ぜんぶ凍るとすごいことになりそうだ。二の滝の氷瀑よりも迫力があるのでは?と思った。
見とれていて、ふと我に返ったところで「これ、いったいどこから登るの?」という疑問が湧いた。
周りを見回してもよくわからないし、とても登れるような様子ではない。
そこで少し来た方向へ戻ってみたところ、雪の上に人が歩いたような足跡を発見し、巻き道が判明した。
堰堤を越えて、またしばらく行ったところで大きな分岐があった。
予習してこなかったので、さすがにこれはどちらに進めばよいのかさっぱりわからない。
左へ進むといきなり小さな沢登りがある。
右は比較的進みやすそう。
そんな見た目の判断で、右へ行くことにした。
どんどん進んでいくと、どっちへ登っていけばよいのかわからない状態となり、
それでもその谷を先へ進むと最後は行き止まりとなった。
周りを見渡しても何の目印も人の足跡もない。
あるのはイノシシの足跡だけだ。
さっき迷った分岐まで戻ろうかどうしようかというところまで追い詰められただ、
イノシシのボサボサした足跡を追って登ることにした。
尾根に登りきると、左から右にかけて往来のある人の足跡が続く道に出た。
やはりさっきの分岐の選択が間違っていたのだと気付く。
そこからはひたすら急な尾根を登っていく。
ほぼ登りきったところで、見たことのある石柱を発見。
その瞬間、どこに出たか認識した。

山頂10時20分の気温は2℃。
日差しまぶしいほど天気が良く、2℃にもかかわらずとても暖かいと感じた。
こんなことなら、カップ麺におにぎりの昼食でも良かった。
10分ほど山頂に居たのち、香楠荘へ移動開始。
11時10分前に到着し、開店までの間、メニューを眺めて何にしようかと考えていたら、
まだ開店前なのに「どうぞお入りください」と通してくれた。
今日こそは「ミニカツ丼定食」から脱却しようと思っていたのに結局同じ。
香楠荘で一時間も過ごした後、再び山頂へ戻り、ガンドガコバルートで下山開始。
14時ちょうどに下山完了した。
通常、山頂をゴールとして折り返すはずなのに、前回も今回も山頂は単なる通過地点で、
香楠荘がゴールで折り返し地点になってしまっている。。

あとで確認したところ、右への分岐は正しく、その先の尾根への取り付きが間違ったようだ。

その他の画像は以下より。

「香楠荘」の真実 

冬には避難小屋的なありがたさのあるオアシス的存在の香楠荘。
ずいぶん前はもっと古ぼけていて年季が入った感じだったのに、
気がつけばとてもキレイになっていて驚いたのものだ。
最近ではレストラン「蕎路坊」の「ミニカツ丼定食」がお気に入りだ。
一度は泊まってみたい「香楠荘」ですが、実は日帰りプランもあるようです。
新しい年に向かって、ここはちょっと大盤振る舞いで
日帰り格安パック(入浴つき)でもいかがでしょうか。

リニューアルしたのはもうかれこれ7年も前の事なんですね。

【関西かんさい】千早赤阪 村おこしに民間の知恵 グルメ杵屋
2003/12/24 産経新聞 大阪朝刊 3ページより引用

 ◆宿泊施設をロッジ風に…1泊5000円プランも
 近畿の名峰・金剛山を抱え、南北朝時代の武将・楠木正成の生誕地としても知られる
大阪府千早赤阪村の村おこしに強力な“助っ人”が登場した。
うどんチェーンなどを手掛ける外食大手、グルメ杵屋(大阪市)が、利用低迷が続く金剛山上の
村営宿泊・休憩施設「香楠荘(こうなんそう)」の運営を委託され、ロッジ風に改装して
今月二十日にリニューアルオープンさせた。
平日に格安パックを設けたり、自社の店舗網でPR展開する一方、従業員に山上とふもとを結ぶ
ロープウエーの運行技術を学ばせて夏季のナイター営業を目指すなど、
民間の知恵を絞って施設の再生に挑む。
 (高橋寛次)
 村は、山上のキャンプ場の一角に立ち、総ひのき風呂を備えた香楠荘を大阪府から無料で借り受け、
これまで別の業者に運営委託してきた。
しかし年間の宿泊者数は平成十年にピークの四千二十二人を記録した後、四千人以下が続いており、
料理や弁当、イベント運営などのノウハウを持つグルメ杵屋へ委託先を変えることにした。
 グルメ杵屋は宿泊客や日帰り客に「非日常」を楽しんでもらおうと、三千万円をかけて施設を全面改装。
木材をふんだんに使ってロッジ風にし、転落防止のためのテラスのさくを強化ガラスに取り換えて
眺望にも配慮した。
梅干しやみそといった特産物、ハクサイや大根など地元産の野菜売り場を施設内に設けた。
 最大の課題である平日の集客対策としては、宿泊と日帰りの格安パックを用意し、
日曜-木曜(休前日などを除く)は一泊二食付きで一人五千円、弁当・入浴の日帰りで三千円とした。
宿泊の夕食は施設内の同社レストランで、かも鍋、地鶏鍋、うどんすきの三種類から選べる。
いずれもロープウエー半額券(往復大人千三百円)が付く。
 金剛山は冬の樹氷の美しさで知られ、元日の朝には初日の出を拝む入山客でにぎわう。
ハイキングや釣り、キャンプにも人気で年間百万人以上が入山するという。
 また千早赤阪村は南北朝争乱で活躍した武将・楠木正成が生まれ、居城もあったところで、
同社は歴史的な遺産を使った集客策も検討中。同社の関西の二百店舗にポスターを張ったり、
パンフレットを置くなどして金剛山の魅力をPRする。
 さらにロープウエーに関して来年四月から従業員に運行技術を学ばせ、
夏場には来訪者に夜景を楽しんでもらえるように、ナイター営業にも取り組む予定だ。
 同社の椋本彦之社長は、「若者の入山客はまだまだ少ないので、若い人をもっと呼び込みたい。
金剛山の豊かな自然を体得してもらいたい」とアピール。
山の魅力を組み合わせて「総合的な村おこし」(同社)に挑戦する。

金剛山 第171回  (2009.12.19) 

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『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分13秒)


先週末からたったの一週間で、まるで別の銀世界。
気温はなんと10℃以上の落差だ。
数日前に初冠雪があってからは寒くなるいっぽうだ。
そしていきなりアイゼンの出番。

katsuyukiさんと水越川公共駐車場で待ち合わせ。
約束の時間に30分くらい早く着いたとしても
katsuyukiさんはいつも先に到着されている。
いつもながら時間にきっちりの方だ。

今日はいつもより遅めの9時ちょうどに水越側からスタート。
しばらくダイトレを進む。
「金剛の水」の水場までもなかなか着かない。
なぜかいつもより距離を感じる。
雪のせいだろうか。
山頂の雪景色だけでも非日常的で目を楽しませてくれるのに、
今日のこのコンディションで、あえて未踏の新ルートを行く必要があるのか?
という思いもあるにはあったが、
2名様以上となると慣れたルートでは物足らない。
ちょっと冒険したくなるものだ。

「金剛の水」を過ぎてダイトレ方向に行くカヤンボの橋を越え、
しばらく進んでから沢に下りる。もみじ谷ルートのすぐそばだ。
今日の登りは「カヤンボ谷ルート」という未踏のルートだ。
大きな堰堤(えんてい)があるのがこのルートの最大の特徴と言える。
堰堤をすぎてからも沢伝いにひたすら進む。
途中一ヶ所分岐があったが、右へ行く方が進みやすそうという理由で右へ。
石ブテ系の谷や丸滝のような難所はまったく無い。
気づくと沢の流れもなくなり、そこからはようやく本格的に登りはじる。
新雪で雪深いのでアイゼンの出番がまだ無い。
前方に尾根が横切っているところが見えたので「もうあれはダイトレでは?」と
そこまで登り切ると、ルートでも何でもなく単なる尖った尾根だった。
だいたい「もみじ谷ルート」を跨いでもないのにダイトレに出るわけがないのだ。
その尾根伝いに右方向に進む。
尖ったその尾根はどんどん急峻になっていく。
新雪なのに滑って登りにくいので、ここでようやくアイゼンを装着。
急な登りが延々続くのに、気温が低いので汗かくこともなければアウターを脱ぐこともない。
どちらかといえば寒いくらいだ。
いつまでたっても道らしい道に出ない。
雪があるため、人が通った形跡というものが確認できない。
ようやく「サネ尾」と書かれた道っぽい所に出た。
奈良の爺々さんの資料によると、左に下りるとダイトレに合流し、
右に行くとサネ尾を行くことになるらしい。
ダイトレに出てしまったら冒険が終わってしまうので、
未踏のサネ尾を道なりに、つまり右に行くことにした。
途中、分岐でどちらに行けば良いのか判断しにくい所が一ヶ所あった。
その後、正しいはずの方向に行くものの、どんどん下っていく。
不安になるほど下っていくが、しばらく進むと登りに転じたのでひと安心。
杉の木にとても目立つ赤いマーキングがあるので、ほとんどそれを頼りに進んだ。
それはマーキングだったのか、林業の伐採の目印なのかわからないが、
いままでに見たこともないほど太くて赤いマークが密な間隔でつけれらていた。
廃墟の小屋を左に見ながら、さらに登っていくと、太くて赤いマーキングの杉は
そのまま追っていけないほどややこしい方向に続いていたので、
困ったなぁと悩んでいると、違う方角にテープを見つけた。
赤いマーキングの杉からは離れ、テープのほうに進む。
雪で下がどうなっているのか想像できないが、
もうそこはルートらしい足場ではなくなっていた。
黄色と黒のテープをさらに先で発見。
笹をかき分けるような歩きにくい状態の中を進んでいくと、
いきなり一の鳥居が見えた。
気がつくと道らしいものがあり、一の鳥居に続いていた。
とうとう最後までダイトレと合流することがなかったので道を間違えたかもしれない。

一の鳥居に出たところで所要時間3時間。
空腹をおぼえたので、そのまま山頂へは行かずに香楠荘へ直行。
山頂の気温はだいたいわかっていたので、カップ麺といえども外で食事するのは
不可能に近い寒さだから、最初から香楠荘で食べるつもりだったのだ。
香楠荘に入るとやっぱり生き返る。
暖かいし、広いし、そば茶も自由に飲めるし、食事もおいしいし。
食事中、ふと外を見ると猛吹雪になっていた。
食事後、下のルートから山頂をめざす。

山頂14時前の気温は氷点下4℃だ。
捺印後、しばらく雪景色を眺めてうろうろ徘徊した後、
太尾東尾根ルートにて下山。
下山中、風が強く吹き付け、とんでもなく寒かった。
今日も十分な距離を歩けて充電できた。

その他の画像は以下より。

金剛山に初冠雪 

昨日の朝、かなり寒くて、前夜は雨が降ったというので
もしかしてという予感がしていた。
やはり積雪があったようですね。

金剛山の夜景」で有名な夜登さまのサイトでは、なんと今朝の山頂の雪景色がアップされています。

昨日の夕刊では、各社一斉に金剛山の初冠雪を報じていました。
いよいよ本当の冬将軍の到来ですね。
なんとなく遅いんじゃないの?と思っていたら、やっぱりです。

さらに寒くなるというこの週末は、いったいどうなっていることでしょうか。


ようやく冬化粧
2009/12/16 産経新聞 大阪夕刊 1ページより引用

 近畿地方に寒気が入り込んだ16日朝、大阪と奈良の府県境にある金剛山(標高1125メートル)で
初冠雪が観測された。昨年よりも約1カ月遅い。
 大阪府千早赤阪村や山頂付近の葛木神社によると、午前3時ごろから雪が舞い始め、午前7時45分時点で
山頂は氷点下3度、約5センチの積雪となり、ふもとまで真っ白く雪化粧した。
 近畿地方はこの日、冬型の気圧配置となり、最低気温は、和歌山市で4・3度、
兵庫県洲本市で3・7度を記録し、いずれも今季一番の寒さ。
また大阪市で5・2度、京都市で5・3度など、各地で冬本番の気温に見舞われた。
 【写真説明】
 初冠雪した金剛山の頂上付近=16日午前9時14分、大阪府千早赤阪村(本社ヘリから、塚本健一撮影)


初冠雪:金剛山で確認
2009/12/16 毎日新聞 大阪夕刊 9ページより引用

 近畿地方は16日、上空に今季一番の寒気が入り込んだ影響で、山間部では未明から本格的な雪となった。
大阪・奈良府県境の金剛山(標高1125メートル)では初冠雪が確認され、8合目付近(同1000メートル)は
午前7時ごろまでに約5センチ積もった。ふもとの同府千早赤阪村によると、昨年(11月19日)より
27日遅いという。
また和歌山県高野町の高野山金剛峯寺(同860メートル)でも約4センチの積雪で境内が白く染まった。

 大阪管区気象台によると、正午現在の最低気温は、和歌山市4・3度▽兵庫県香美町香住4度
▽兵庫県洲本市3・7度――と、それぞれ今冬一番の冷え込みを記録した。
近畿地方では週明けにかけて冬型の気圧配置が続き、北部を中心に雪が降りやすいという。【武井澄人】
■写真説明 寒波の到来で、一面の銀世界となった金剛山=大阪府千早赤阪村で16日午前9時18分、大西岳彦撮影

金剛山にまつわるエトセトラ(2) 

金剛山で初日の出を見るという感覚はこれまでまったく持ち合わせていなかった。
つまり夜登山を意味することになり、金剛山を夜に登る人なんているのか?
いるわけないだろうなぁ、と無意識に思っていた。
最近になって、自分も多少の夜登山をする機会があったりで、
まんざらありえなくもないと思うようになった。
そしてもっと最近の情報では、大晦日から年明けまで、一年にただ一度だけ
山頂のすべての照明と、普段は決して灯ることのない灯籠なども全点灯するという。
想像しただけでもとても圧巻であろう。
きっと人も多くて賑やかなんだろうなと思う。
可能であれば、この大晦日は登ってみたいところではある。
しかし、初日の出となると、仮に山頂で年越しを迎えたとしても、一旦出直さないと、
およそ7時間後の初日の出まで山頂に居れるわけはないと思う。

さて、金剛山の初日の出に関する記事がありました。

【きのうきょう】わたしの初日の出
2007/01/17 産経新聞 大阪朝刊 23ページより引用

 黒豆とごまめだけを煮ておいて、金剛山へと向かった。
大みそかを村営の宿で過ごし、元旦の初日の出を期待してのことだった。
 雪のない暖かいお正月を迎えた山頂の広場には、初日の出を見ようと、
多くの人がリュックを背に山道を登ってきた。
5時過ぎごろから、カップラーメンや売店のコーヒー、ぜんざいなどで体を温めていた。
それぞれが会社や家のこと、友人知人、学校のことなど、
いろんな話が飛び交うのを聞き、日の出を待つ。
 7時を少し過ぎたころ、重なった山間から太陽が顔を出した。
「うおー」。歓声と拍手が沸き起こる。手を合わせ、拝んでいたら、
あっという間に日は高く昇っていく。
この時間、日本のいたるところで、初日の出に向かって、
手を合わせている多くの人がいるだろう。
 家に帰って田辺聖子さんの本を読んでいたら、
「身から出た錆(さび)だから…自分の器量であれば…持って生まれた宿命であって…
汝(なんじ)が性(さが)の拙(つたな)きを泣け…」とあった。
正月から一発ガーン、とやられた思い。
よっしゃ、今年も頑張ろう。
 大阪市西区 井原敦子 68歳

ツツジオ谷ルートの真実 

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やや鳥瞰で見た感じ

ツツジオ谷ルートとタカハタ谷ルートは前半部と後半部を共有している。
名前が別々になるのは中央部分だけだ。

GPSログでよく見てみると、タカハタ谷ルートが尾根になるのに対し、
谷になるのがツツジオ谷ルートになる感じだ。
じゃあタカハタ谷ルートは、ツツジオ尾根ルートということになるんじゃないか?
なんて言い出すと話がややこしくなる。

じっくり眺めてみると、ツツジオ谷ルートは大部分が谷である。
タカハタ谷ルートは大部分が尾根である。
谷の部分が長いほうが良いか、尾根の部分が長いほうが良いかはお好み次第でどうぞ。
という無駄話は置いておいて、
どういうわけか遠回りしているようにしか見えないツツジオ谷ルートのほうが
なぜか人気であるように思うのは自分だけ?
先日のような雨が降り出しそうな天気でさえ登ってくる人が大勢いた。
前からもなんとなくそう思っていた。
一方、タカハタ谷ルートではなぜか人に会うことが少ない。

奈良側・水越川・大阪側と3つに分類すると、
ツツジオ谷ルートは、大阪側では一番の難ルートだと思う。
タカハタ谷ルートは登り下りどちらでも楽しめるのに対し、
ツツジオ谷ルートはこれまで下山で使おうという発想すら湧かなかった。
アドベンチャーなルートは、圧倒的にツツジオ谷ルートのほうがステージの変化に富んでいる。
気を緩めれないちょっとした緊張感が良いのかもしれない。
いままで下山にはほとんど使わなかったルートを下山に使う事で、
やや食傷気味だった大阪側ルートに、新鮮味が取り戻せるかもしれないと思った。

20091214-1.jpg
真上から見た感じ

#アリスの父さまより情報いただきました。
 ツツジオ谷ルートの終盤で尾根に上がらずに直進するツツジオ谷源流ルートというのが
 本来のツツジオ谷ルートでは?とのことです。
 そういえばツツジオ谷ルートからハゲ山ルートにも行けます。

金剛山 第170回  (2009.12.12) 

20091212-1.jpg

『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分7秒)



誰とも待ち合わせや約束の無い休日は、朝起きるのがつらい。
このまま寝たいだけ寝ていたいが、
朝早くの登山は気持ちがよいのでがんばって起きることにした。
6時起床。
7時50分、単独登山開始。
あれ?今日はこんな天気だっけ?
先週の土曜日と似たような雨がぱらつく天気となった。
このところ週末の登山は好天になかなか恵まれない。
山頂の気温をチェックすると、なんと8℃近くもある!
どうりで朝起きてもぜんぜん寒くないと思った。
そんな気温なので、インナーはユニクロのヒートテック長袖丸首にした。
モヤっとして湿度が高く、久しぶりに大汗かくことになった。

今日の登りは、確認しておきたかった黒栂谷ルート+石ブテ西谷ルート(後半)という合わせ技。
つまり、大阪側から黒栂谷を利用し、石ブテ西谷ルートの難所部分をパスした
いわゆる「なんちゃって石ブテ西谷ルート」(ダーさま特許)だ。
まつまさ駐車場から20分で黒栂谷の登り口へ。
途中、すぐに暑くなってフリースを脱いだ。
こんなに早く脱ぐことになるのなら、最初から着ないでスタートしてもよかった。

たっぷり運動するためにも、撮影で行ったり戻ったりの繰り返し。(失笑)
朝が早いと、人が少なくてよい。ましてや下山してくる人なんてひとりもいない。
セトまでは気持ちよくクリア。
ここから山頂へ道なりに行くとどんどん高度をあげていくのだが、あえて西谷方面へ向かう。
かなり下るのかと思ったら、わずか10~15mほどだった。
沢に沿ってどんどん行く。
前に行かなかった分岐を確認。
あれ?倒木だらけのすごい場所は、分岐よりも先にあったんだっけ?
今日ここに来たのは、分岐を左に登っていくルートの行く先が気になっていたからだ。
迷わず分岐を左に道なりに登っていく。
すぐに植林地帯の中に入り、あたりはかなりの暗さになる。
上を見上げるが、覆われていて空を望めない。
進むべき道はなんとか視認はできるけど、ライトを点けたいほど暗い。(持ってきてないが)
ちょっと心細い雰囲気だ。
しばらくず~っと登って行くと、だんだん足下がぬかるんできて、とうとう行き止まりになった。
稜線に出るためには左右どちらかに登って行かないといけないのだが、
登ろうと思えば全方向どっちにでも登れてしまうので迷う。
さてどっちに登ろうかとあたりを見回していると、左側に道筋らしきものがあるのを発見。
そこをどんどん登って行くと、すぐに稜線に出た。
しっかりした道が付いている。
ん?どこかで見たことあるぞ、これ。
そう、そこは先週の土曜日に下山で使ったばかりの石ブテ尾根ルートの途中だった。
え~、まだこんな場所かいな~、と少々がっくりきたが、
気を取り直して、まずは六道の辻から下った丸滝谷ルートとの分岐点のあるポイントまで向かった。
丸滝との分岐はまだ先で見えないが、もう少しかなというところで新たな分岐を発見。
せっかくなので、その分岐を知らない道のほうへ(つまり右)に登っていくことにした。
わりとはっきりと道が付いている。
どんどん進んで、どんどん登っていくと、おや?この雰囲気・・もしかして?やっぱり!
そこはというと、大日岳から下りきって広くなったところを左に行けそうだと
前から気になっていたあの場所にうまくつながった。
ようやく長年の謎、判明。
しかし、ここにつながるまでに右から合流してくる道があったので、
やはり西谷にはまだ他にもここにつながる分岐があるに違いない。
今日の西谷の分岐より先の、ぶらさがり鍋までの所までの間をもう少し研究する必要があると思った。

撮影しながらであるが、所要時間1時間40分。やっぱり短い。
山頂9時半の気温は7℃で暖かい。7℃が暖かいと思うなんて。
国見城趾広場にて、塩分控えめの日清スープヌードルシーフード。スパイシーでなかなかいける。
タイガー「サハラ」500mlに熱湯を入れてきたが、カップ麺だけでずいぶんお湯が減り、
いつものコップに半分しかお茶が入れれなかった。
これ以上はやはりジェットボイル+水を持ってこないといけないな。

下山はツツジオ谷ルートから。
筒城谷と言ったり、ツツジ尾谷と言ったり、いったいどれが正しいのかわからない。
それにしてもこのルート、下山で使うのはやっぱり難あるルートだ。
今日のように乾いたところが無いようなコンディションであればなおさら細心の注意が必要だ。
このルートを平気で下山に常用できるのなら、少々の山だって平気だろう。
タカハタ谷ルートより人気が高いこのツツジオ谷ルートは、
こんな天気の中でありながらも登ってくる人15人以上とすれちがった。
その中で、ひとりのおじさん、なんと、はだしに鼻緒のついたゴムぞうりで登ってこられた。
おもわず「ぞ~りですか~」と声かけた。「そや、いつもこれや」って、オイオイ。

今日のこれらルートの組み合わせは、ともすればもの足らない大阪側ルートを
さらに楽しむためにも良い組み合わせだと思った。
もう少し西谷を研究したいので、このパターン、また繰り返してみようと思う。

#河内長野の観心寺の前にある小学校?の紅葉がものすごくキレイだった。

その他の画像は以下より。

金剛山登山口の標高 

20091211-1.jpg

コメントいただいた方から、各登山口の標高が知りたいということで、
GPSのデータを元に、代表的なルートのログを配置するとともに、
標高データを調べてみた。
多少の誤差はご容赦。

標高1125メートルの金剛山を登ったぞ、と言っても、
登る登山口によっては、高さたったの480メートルしか登っていないのだ。
いかにも千メートル登ったように勘違いすることがある。
そんなんで大峰山系の1700メートル級などを登るのはちょっとハードすぎて
こんなはずじゃなかった、と打ちのめされる事もあるかもしれない。
金剛山は登山口から登る以上は、登山ではなく低山ハイクと言われても仕方がないように思う。
それでも繰り返し登る事は、体力・筋力・気力・精神力・忍耐力を養うのには十分だろう。
それでなくても季節の移り変わりに対応していかなければならないのだから。

#ハチさまからご指摘をいただきました。まつまさ駐車場の標高は525mということです。
 ありがとうございました。

金剛山にまつわるエトセトラ(1) 

10年ひと昔と言われるが、生活居住区、つまり下界では、
ひと昔前やふた昔前と今とでは、ぜんぜん様相が一変してしまっている。
お店はできては消え、またできてと。中でも住宅だけは所狭しと増え続けているように思う。
昔の話をするときは「ここに僕が子供の頃に○○があって・・」となる。
ところが金剛山の事となると、今も昔もさほど大きくは変わってないように思う。
そんな金剛山は、さまざまな人々にさまざまな人生のエピソードを作ってきたようです。

こんな新聞記事がありました。

【談話室】テーマ投稿「あの時の味」 忘れられない母の唯一の味
2007/10/14 産経新聞 大阪朝刊 9ページより引用

 ■無職 中村淳子 78
 私は、母が高齢になってからの子だったので、物心がついたころには、
一家の台所は兄嫁が仕切っていた。
だから母の手作り料理の味は記憶にない。唯一覚えているのは、おにぎりの味だ。
 私が通っていた女学校では年1回、大阪府南部の金剛山で登山を行っていた。
全校生徒が最寄り駅から、頂上を目指す。それほど高い山ではないが、
けわしい坂の連続で、先生たちに励まされながら、歩き続けた。
 初めて参加したときのことだった。頂上に着いた後、少し休んで昼食の時間になった。
弁当はおにぎりと決められていた。
 眼下の雲を見下ろしながら、ほおばったおにぎりのおいしかったこと。
今でも忘れられない。帰宅後、おにぎりのことを母に話すと
「疲れているやろ、と思うたから、いつもより余計に塩をきかせたのや」と答えが返ってきた。
 そのときは「なあんだ」と思ったが、翌年に母が亡くなり、そのおにぎりが、
唯一の母の手作りの味となってしまった。あのときの味は今もまねすることができない。
(大阪市阿倍野区)

※昔は電車の駅から登山口まではバスもまだ無く、歩いて行ってたようです。
 今でも南海「千代田駅」界隈から金剛山まで歩いて来て、
 登って帰られるという、そんな方もいらっしゃると聞きました。

太尾西尾根ルートの真実 

20091209-1.jpg

今年の3月の積雪期に「太尾東尾根ルート」のほうを一度だけ下山に使った。
太尾塞跡を過ぎてしばらくすると、かなり急激に下りになり、
アイゼンをはずすタイミングが難しく、はずしたと思ったらまた凍結していて、
勢い余って転がって行きそうになったほど。
そして緩やかになった後も、水越側公共駐車場のそばに出るまで、
延々と長いなぁと思ったのは今でも覚えている。

先日「太尾西尾根ルート」を登った。
途中で「太尾東尾根ルート」と合流するので、
そこから先は西でも東でもないので「太尾尾根ルート」と表現することにする。
「太尾西尾根ルート」というのは、実質、最初のたった1/3ほどだけの話なのだ。

「太尾東尾根ルート」と合流するまでの「太尾西尾根ルート」の印象はというと、
ダイトレよりも明るい感じで、とても登りやすい。
これなら人に勧めても良いなぁと思った。
ただ一つ、一カ所だけ難所がある。
動画で写っていた部分であるが、足場が20cm足らずで、転落すると10mほど下へ。
ただし、ロープはあるし、仮に落ちたとしても幅広の滑り台みたいな、
なんとなくやわらかそうな感じなので、なぜか恐怖感ゼロ。
それと、難所のだいぶ手前に尾根のほうに行く分岐がある。
「太尾西尾根ルート」という名前なのに、ひたすら尾根なのではなく、
その尾根を巻くように進むのが正規のルートのようだ。
じゃあ尾根のほうに行くといったいどこに出るのか?と気になっていたところ、
「太尾東尾根ルート」との合流地点に、尾根から下りてくる道も合流した。
つまり、「太尾東尾根ルート」と「太尾西尾根巻きルート」と「太尾西尾根ルート」
の3本が合流する形になる。

しんどいのは合流後の「太尾尾根ルート」なのだ。
急になったかとおもったら楽になったり、また急になったり楽になったり・・。
それが大日岳まで続いておわり。

所要時間に関しては、
水越側公共駐車場からゆっくりめに歩いて、時々撮影で立ち止まったりで
ちょうど一時間で「太尾東尾根ルート」との合流ポイントに到着。
そこから山頂売店までさらに一時間のトータル所用時間は2時間。
大阪側にそんなに長いルートは無いが、あえて言うならば「妙見谷ルート」だろうか。

金剛山 第169回  (2009.12.6) 

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『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (1分58秒)


厳しい寒さの中に、オアシスあり
昼間には無い良さがいっぱい詰まってました。

午前2時起床。
こんなに朝早く起きるのは、スキーに行く朝を思い出す。
待ち合わせの午前4時に、20分も早く金剛登山口に到着。
katsuyukiさんはちょうど到着されたばかりだった。
そしてほどなく夜登(よると)さん到着。
金剛山の夜景」の夜登さんは当ブログを開設した初めの頃からコメントいただいており、
お互いずっとコメントの書き込みだけでの長い付き合いがありながらも、
一度もお会いしたことがなかったのだ。
今日初めて対面することになり、とても楽しみで、
夕べは9時前に寝たものの興奮してなかなか寝付けず。

午前4時になるのを待たずに全員が揃ったので、さっそく登山開始。
もちろん真っ暗闇なのでヘッドランプを灯す。
朝起きたとき思ったほど寒くないなと感じたが、山頂気温を確認すると0℃だったので
迷わずブレスサーモ極寒仕様ハーフジップをインナーに、中間着、薄フリースでのスタート。
5合目中間地点に着いたときにはすっかり暑くなり、インナーと中間着のみになって、
ジップフル開放でクールダウンしながら残り半分を登る。
5合目をすぎてしばらくすると体感気温が一段と低くなった。
途中、トイプードル2匹を連れた登山者の集団を追い抜く。
それぞれのワンちゃんにピカピカ光るLEDランプを付けてもらっていて、
それらがうろちょろ走る回るのでとてもかわいい。
夜登さんはすっかり早朝登山者の中では有名人で、
その登山者たちからも「カメラマンさん」と呼ばれていた。
夜登さんもkatsuyukiさんも登るのがものすごく速い。
クールダウンする暇もなく、ついて行くので必死だった。
スタートからおよそ50分で山頂到着。
他のルートに比べるとずっと短いのに、ペースが速いとしんどいものだ。

山頂5時前の気温は0℃。
トイレ前で一息ついていると、夜登さんにはすっかりおなじみの早朝登山者たち集まりだした。
それからも続々と山頂に人が到着。
山頂で最も明るい場所である売店前(自販機の明かり)とトイレ前に分かれて
登山者がわらわらと集まり出す。
そんな中でも夜登さんは有名で、みなさんから声をかけられる。
「今日はカメラマンさん大勢つれてきて・・」などなど。
登山者のみなさんと色々おしゃべりしているとなんだか宴会のようで楽しい。
いろいろ撮影にきたので移動しようとするも、この場を離れるのが惜しいと思うほど。
なんかこういう「みんなはひとつ」という感じが良い。
人の温もりが感じられるオアシスだ。
これらの人々のふれあいを求めて早朝登山をしたいなと思わせる価値がそこにはあった。

後ろ髪引かれる思いで登山者のみなさんたちから離れ、夜景の撮影に行く。
テキパキとやることやらないとたちまち時間が立つ。
山頂に着いてから30分以上経過し、寒さがかなりこたえるようになってきた。
本当に寒い。。。。人並み以上に寒がりだから余計だ。
まだ凍結もない気温が0℃の時期に、これ以上の冬装備は無いというほど着込んでいるのに
寒さに耐えれなくてひとりブルブル震えていた。
山頂で飲もうとしていたお茶を作る余裕もなく、ポットのお湯を飲んでカラダを暖める。
寒い中だとお茶でもお湯でも同じだ。暖まれば良いのであって、味なんてどうでも良い。

5時40分になって売店前のみなさんも、トイレ前のみなさんも一同に下の広場に集まりだした。
いつもは国見城趾広場なのだが、今日は風が強いからということで、
どなたが指揮を取っているのかわからないが、下の広場でやるという伝達があった。
そこに居合わせた人が全員でラジオ体操をするのが日課になっているらしい。
暗くてよく確認できなかったが、どなたかが持ってきた何か?からラジオラジオ体操の放送が流れる。
時間帯的にはラジオ体操の放送時間じゃないはず。
だがしかし放送よろしく準備体操のアナウンスが流れ、その後、ラジオ体操第一が始まった。
その様子を撮影していたのだが、なんだか自分も仲間に加わりたくなり一緒に体操をやった。
ラジオ体操第一が終わり、次は前からやりたいとおもっていたラジオ体操第二かなぁと音楽が流れたとたん
みなさん手のひらを返したようにわらわらと散っていった。アレ~、第一だけなの~!?
まったく温もらず。
捺印所が開く午前6時の10分ほど前になると、みなさんきちんと窓口に並ばれて、
たちまち長い待ち行列ができた。
その人数、ざっと50人以上。すごい。。
そんな長い待ち行列も、捺印所が開いて10分もすると誰も居なくなった。
みなさん、転がり落ちるような鬼スピードで下りていかれた。
そのあまりの速さには、夜登さんでも追いつけないのだとか。
我々もあとを追いかけるように駆け足で下山を開始したが結局誰にも追いつけず。
30分強ほどでまつまさ駐車場に着いたが、もうあたりは静まり返っていた。
あの人たちはいったいどこへ消えたのだろう。
午前8時から出かける用事があったので、夜登さんらとの立ち話もそこそこに先に金剛山を後にした。

夜登さんのHPのポリシーに配慮して、お顔は掲載できないが、
芯が太くてシャキットした感じの方で、あのシャキッと感は、
どう考えても柔道か空手か少林寺か、それなりの武道家の師範のような印象を受けた。
まるで早朝登山者たちを見守る山岳レスキュー隊であるかのようにたくましかった。

夜登さん、今日はありがとうございました。
そしてkatsuyukiさん、連日お疲れ様でした。

その他の写真は以下より。

金剛山 第168回  (2009.12.5) 

20091205-1.jpg

『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分18秒)


12月最初の登山の今日、
朝5時起床で山頂気温をチェックすると5℃。
これを確認しないと着ていくものが決められない。
昨年の今頃は氷点下だったのだから。
そこで、2℃以下を想定していたら雨のせいか意外と気温が高いことがわかったので
インナーにミズノのブレスサーモ極寒仕様(ハーフジップ)を着ていくのやめて、
ユニクロの長袖のヒートテックのTシャツにいつものミッドレイヤー、
そしてアウターは内側が防風になった薄手のフリース。
今日はレインウェアを用意した。
レインウェアは山では必需品なのだが、金剛山であれば天気次第で決めている。
ユニクロの長袖のヒートテック、カラダが暖まってくるとやっぱり暑いくらいだ。

午前7時前。水越川公共駐車場に到着。
ここで今日はkatsuyukiさんと待ち合わせだ。
15分前に着いたら、すでに来られていた。
katsuyukiさんと会うのは2回目で、前回はもみじ谷ルートを一緒に下山し、
その速さに驚かされたものだ。

今日の登りは、未踏だった「太尾西尾根ルート」だ。
天候は今にも雨が降り出しそうな感じ。
水越川公共駐車場からスタートすると登り口までけっこう遠い。
しかも、一旦ずっと下ってから登り口までまた上がる。
慣れない人を連れてきたらきっと「どうしてトイレの近くに車止めないの~」と
ボヤかれることだろう。
下山ルートはスタート時点では考えてなかったので、とりあえず無難な所へというわけだ。

さて、太尾西尾根ルートを登るのは初めてであるが、太尾東尾根ルートのほうは
一度だけ下山に使ったことがある。
その時の印象は、かなりの急角度だったので、登りはきついだろうなぁと思った。
太尾西尾根から登った印象はというと、登りがあったかと思うと
平坦になったりを何度か繰り返す感じで、特に太尾東尾根ルートに合流してからは
少々登りがきつい。
ひとりで黙々と登たとしたら自然とハイペースになって「ぜ~ぜ~、は~は~」な事だろう。
今日はkatuyukiさんと一緒でしゃべくっていたので、ゆっくりめだったので、
きつさの程度についてはあまりよくわからなかった。
ダイトレの久留野峠のような比較的歩きやすい道で、難所?っぽい所が一ヶ所あるのみ。
途中で雨が降り出してきたのでレインウェアを羽織る。
それにしても最近登山をはじめたばかりというkatuyukiさんが本気で登ったら速いのなんの。
前にこれといってスポーツされてなかったのに、このポテンシャルは何?
初心者じゃないみたい。。
油断していると、あっという間に見えなくなってしまう。
いろいろ話をしていると、どうやらカメラに関しては機材もウデもほとんどプロっぽい。
それに、かつてはモトクロスバイクで石ブテ西谷みたいな沢を夜な夜な登っていたというから
人間、見かけではわからんものです。(笑)
そんなこんなで、最近出会う人はみんなチャレンジャーで根性あるなぁと感心しきり。
自分がかなりの軟弱に思えてきた。。

山頂9時45分の気温は5℃。
売店のカップ麺と、ポットでお茶を作ったりしてお昼を取りながら下山のルートを考える。
今日の下山ルートは「石ブテ尾根ルート」になった。
石ブテ尾根ルートを下山に使うと、アップダウンの小山が大日岳を含めると3つ4つある。
こんなルートはおそらくここだけだろう。
終盤の分岐は、前回下山に使ったときとは違う左側へ行った。
急激に下ったあと、石ブテ西谷ルートのちょうど沢に下りる所に着陸。
あとは舗装路を延々と駐車場まで。
今日もたっぷり歩けて、いい運動になった。
雨模様のすっきりしないどんよりな一日だったけれど、katsuyukiさんのおかげで楽しめました。
ありがとうございました。

その他の画像は以下より。

金剛山奈良側の北宇智周辺と万葉集 

金剛山の奈良側ルートに、北宇智駅からのルートがいくつかあり、
麓の光景は、大阪とはまるで別の山であるかのように、
とてものどかで、時間の流れも緩やかに感じてしまう独自の良さがある。
金剛山公式ページでも紹介されている藤岡家住宅があるのも北宇智駅の近くだ。
実は万葉集ととても深い関係がある地だったんですね。


万葉巡礼:宇智の大野(五條市) 広がる「野」に人の営み /奈良
2009/12/02 毎日新聞 地方版 19ページより引用

 ◇地域の拠点、藤岡家住宅「奈良の宝物に」
 「万葉集」に収録されている約4500首のうち、約250首に「野」が出てくる。
ススキ、ハギなどの植物の歌を含めると、野にまつわる歌はさらに多くなる。
「野」は万葉人の生活と心に深くかかわる、大きな存在だった。
この「野」で、最初に万葉集に登場するのが、
五條市の金剛山ろくに広がっていた「宇智の大野」だ。

 西日本の平地では、人手が入らなければ照葉樹の森になる。
だから、野は伐採、火入れなど人の営みで形成され、維持されてきた。
そんな土地は、ススキなどが生え、やがて森林へと移っていく。
 万葉集には、「春野焼く」と詠まれている歌もある。
これは、よいススキを育てるための作業。
ススキは屋根や壁、肥料や飼料になる有用植物だった。
 万葉集では巻第一―三、つまり先頭から3首目に、「宇智の(大)野」で詠んだ歌が登場する。
五條市教委の前坂尚志学芸員は、この「宇智の大野」の範囲を
市内の出屋敷町から西久留野町、西河内町、三在町一帯と考えている。
東西、南北とも約3キロの範囲だ。
 続く巻第一―四は
「たまきはる宇智の大野に馬並(な)めて朝踏ますらむその草深野」
と宇智の大野を詠む。
この歌碑は武者小路実篤の揮ごうで、「野」の推定区域からは少し外れるが、荒坂峠に建てられている。
 野の中心部にあたる近内町には現在、江戸時代からの豪農屋敷で国登録有形文化財になっている
「藤岡家住宅」があり、整備されて昨年から地域センターとして公開されている。
荒れていた住宅を手入れした藤岡家当主の宇太郎さん(62)=茨城県在住=は
先日、1周年記念行事で訪れ「この家を僕の代では壊せなかった。
それにしても、こんなにきれいになるとは。
今後、ぜひ地域の触れあいの拠点になってほしい」。
母親の多恵さん(85)は
「ここで育った私の母は、万葉集に出てくる最初の野だと宇智野を自慢していました」と感慨深そう。
「藤岡家住宅」を管理しているNPO法人「うちのの館」の田中修司理事長(79)は「五條だけでなく、
奈良県の宝物にしたい」と語る。

 館の周囲の「野」を歩いた。JR北宇智駅までの間には、整然と長方形に区画された水田が続く。
古代の条里制の名残だ。集落を外れると、刈り入れが済んだ田んぼに畑。
草地もあちこちにある。空気がおいしい。
 「宇智の野」で詠んだ万葉歌は、猟に出かけた舒明天皇にささげられた。
舒明天皇の在位は7世紀前半。猟には馬が使われ、
乗馬は大陸文明にあこがれた上層階層のステータスシンボルだった。
万葉集には、人は馬に乗っている人もいるのに、自分の夫は徒歩だと妻が悔しがっている歌もあるほどだ。
 最後に、改めて「うちのの館」でスタッフから話を聞いた。岩本孝事務局長(59)は
「(歌を知って)葛城、五條にかけて、そんな歴史があるんやなと教えられました。
館を野を訪ねる拠点にしてもらいたいと思います」。
「ここに勤務していると、宇智の大野の中にいるのだと実感します。五條の財宝です」と言うのは川村優理学芸員(51)。
パソコン技術を見込まれて就職した木下喜博マネジャー(25)は
「すごくいい場所。私も、大自然の中でのびのび働いています」とうれしそうだった。

KAVU(カブー)「トマスチョップスティック」 

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KAVU「トマスチョップスティック」

金剛山で、お昼を食べようとして箸を忘れたことが何度かある。
箸を持って来たらきたで、わりと長いもんだから、
ザックのあちこちをつっつきまくる。(割り箸の場合)
食べたあとはポキっと折ってかたづけても良いのだが、
割り箸を折るという事にどうにも抵抗があってできない。
人がやっていてもまったく気にならないのに、自分ではなぜかできないでいる。
割り箸なんだから、縦に割っても横にわっても自在と考えるべきなんでしょうね。
貧乏性なのだか何だかわからないが、バチ当たりな気がするのかもしれない。
割り箸がザックの中をつっつくのがイヤなら、
ちゃんとした箸を、箸ケースに入れて持って来れば良いだけの事なのだが、
やっぱり割り箸で済ませてしまいたい。
家に割り箸自体が切れていて無いという時もある。
道の駅「黒滝」なんかに行くと、割り箸がさかんな所でもあるので、
吉野杉の割り箸がどっさり入って300円で売られていたりする。
捨てるのがもったいないような素材。
そんなのを買っておけば、割り箸でも十分間に合う。
家にころがっているような箸に限って変な割れ方しているような箸でも
洗って使い回ししていたりする。
(箸だけで話しが長すぎるって)

箸を忘れたのに気づく時というと、
スーパーでカップ麺を買って持ってきて山でお湯を沸かして、さぁ食べようというとき。
コンビニなんかで買えば店員さんが入れるのを忘れない限りはたいてい入っている。
弁当なら本体に貼り付いている。
金剛山に至っては、山頂売店でお願いすればどうにかなるし、
何なら山頂売店のカップ麺を買えば良いだけのことだ。
ところが、売店も茶店も無いような山に行くことなども想定しておくと、
やっぱり予備の箸を忍ばせておくのが良いと思われる。
ステンレスやチタンのアウトドア用のスプーンやフォークで済ませなくもないが、
やっぱり箸でないとという事のほうが多い。

そこで心配性の自分は、予備としてKAVUの「トマスチョップスティック」を
ザックに常備している。

KAVU(カブー)社とは、アメリカのアウトドアブランドのメーカーで、
風速100kmの暴風でも飛ばされないストラップキャップ(サンバイザーを発展させたもの)
で有名になった会社である。

 ちなみに箸のことを英語で「チョップスティック」と言う。

箸の場合、メーカーやブランドなんてどうでも良い話であるが、
よくあるアウトドア用の箸は、先端部分のみ木製になっている製品が多い。
木製の部分があると、あまり長持ちしない気がする。
一方、KAVUのチョップスティックはオールステンレス製だ。

 オールステンレス=冷たそうで重そうで火箸か編みものの道具みたい。

そんなふうに見た目では悪いイメージを持ちそうになるが、
実際はというと、
多少は冷たいけれど、中空なのでアルミ製のように軽く、
手に持ってみるとたしかにコレは箸以外の何者でもないと実感できる。
実際に試しにカップ麺を食べるのに使ってみたが、
木のような暖かみはぜったい無いが、気分的にはまぁ問題ない。
使用後は分離して、洗い物袋に放り込める。

けど、やっぱり木がいいので、忘れなければ割り箸メインで、
非常用にザックに放り込んであるだけだ。

ちなみに、KAVUのチョップスティックには2種類の製品があって、

「トマス チョップスティック」
「ベッキー チョップスティック」

がある。
トマスって何?ベッキーって何?ってことは深く考えないことにしよう。

※KAVUのチョップスティックは、A&Fカントリーで扱っています。

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※こんなふうに分離できる。

Check [ 2009/12/03 23:04 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(0)

石ブテ東谷ルートの真実 

20091202-1.jpg
※忘れてはいけないあの坊領ルートを入れると、他のルートが小さくなってしまった。

石ブテ西谷ルートから一週間後に、石ブテ東谷ルートを登ったわけであるが、
さすがに一週間も経つと「たしか難儀なルートだったはずだよなぁ」という程度に
漠然と記憶に残っているだけだ。
「のど元過ぎれば・・」何とやらで、良かったことはいつまでも記憶に残っていても
良くなかった事はすぐに忘れてしまうという都合の良い自分。
そこであらためて、撮影した動画の素材(編集したものはずっと短いので)を見直してみた。

石ブテ西谷ルートの難ルートは全長の半分程度で終わる感じであるのに対して、
石ブテ東谷ルートの難ルートは終盤直前まで続き、終盤はというと延々の激登り。
そのため、石ブテ東谷ルートのほうが体力的に過酷である。
しかし危険度はというと、確実に石ブテ西谷ルートのほうが上だと思う。
雨で濡れていたり、凍結するようなコンディションでは望まないほうが良い。
ましてや単独で行かれて何かあった場合(足の怪我)、
運が悪ければ丸一日、人は通らないであろう。
石ブテ西谷ルートに比べるとまだ登る人が居る可能性は高い。

ちなみに石ブテ西谷ルートの前半は、もう登りたくないなぁと思う。
石ブテ東谷ルートはまた登る?と問われると・・う~ん。
甘ったれたヤツをお連れするには最適な修行場かな?
じゃあ、石ブテ東谷ルートと坊領ルート、次に登る可能性があるとしたらどちら?と問われると
う~~んと悩んだあげく、石ブテ東谷ルートでしょうね。

どちらのルートも金剛山の最難ルートの1位と2位であることはほぼ間違いなさそうである。
(クソマル谷ルートも厳しいと聞くが、果たしてどうなのだろう)

ここで、ちょっとルートのコンディションをわかりやすく表現してみた。

 R=楽ちん舗装路
 Y=しっかり道の付いた山道
 W=わかりにくいが何とか進むべき方向がわかる楽な道
 K=階段路
 S=歩きにくい沢
 T=沢上の小滝
 X=危険な滝・崖
 N=急激な登り

千早本道・・・・・・RKKKKKK (50分くらい)
石ブテ西谷ルート・・RSTXTXTXTXTXTWWWWWWWNY (3時間)
石ブテ東谷ルート・・RSTXTXTXTXTXTXTXTNNNNY (3時間)

以上、参考になれば幸いです。

金剛山頂の気温

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プロフィール
こんちくわ。
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と申します。
ほぼ毎週金剛山をメインで
登っています。
飽きっぽいのか色々やってきて
自転車→オフロードバイク→
大型バイク→登山へと変化し、
その間、
テニスやスキーにハマった数年間。
キャンプは今でも細々と。
今は山に全力で年中夢中
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