生駒山系に連なる金剛・葛城山系の主峰『金剛山』から始めた山登り。その時々で気になる山へ、気の向くままに・・・

丸滝谷ルートの真実 

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丸滝谷ルートは、公式ルートではおおっぴらには案内されていない。
ウワサでは金剛山随一の難ルートで、命の危険を伴うとさえ言われているからかもしれない。

実際はというと、妙見谷ルートのほうが一歩間違うと危険なシーンは多い。
もっと言うと、カトラやツツジオ、タカハタだって難所だらけ。
それに比べると、丸滝谷ルートの難所と思えるのは一ヶ所だけ。
それ以外はというと、道幅というか沢幅というか言葉足らずでボキャブラリ不足で
うまく表現ができないが、ようするにとても広くて歩きやすい。(妙見谷ルートの比ではない)
沢の中を行くのが基本であるが、水の中を歩くわけでもなく、
通常の登山靴であれば十分クリアできる。

唯一の難所も、トラロープがあるおかげで比較的安全にクリアできる。
他のルートの難所でロープのお世話になるとしても、補助的な、いざというときに
つかめればいいという程度なのに対して、この難所の絶壁はトラロープ無くしては厳しい。
というのも、足をかける部分が小さかったり、不明確だったりするためだ。
トラロープが無かったとしても、運良ければ問題なく登れなくもないが、
一度でもかけた足を滑らすというワンミスをするだけで、岩場を滑落することになり、
直結して命に関わるのは間違いないことだけは確か。
慣れていても、うっかりバランスを崩すということは誰しも必ずある。
安全マージンを十分確保するという意味で、トラロープをしっかり利用することが大事だ。
トラロープを設置してくださった奈良の爺々様の苦労に感謝しつつ登りたい。

ところでルート上、迷うような分岐があるかというと、ほとんど無い。
しいて言うなれば、中尾の背ルートとの合流ポイントで少々悩むが、
山頂方向である右へ行けば良い。
その方向にも2つの分岐があるが、どちらを選んでもすぐに合流するので結果は同じである。

丸滝谷ルートは明るく自然感たっぷりで、金剛山の数あるルートの中でも
とても楽しませてくれる魅力ある随一のルートであると言える。

これを読まれてわれもわれもと登山者が殺到して自然を汚すとか、
ゴミを捨てる、誤って落とすということが無いことを切に願います。

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NHK趣味悠々「山で元気に! 田部井淳子の登山入門」 

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NHKの趣味悠々でやっている、「山で元気に! 田部井淳子の登山入門」を
ご覧になっている方も多い事でしょう。
私の身の回りでも観ている人が驚くほど多いのでびっくりしています。

田部井淳子さんというと、女性で世界初のエベレスト登頂を果たし、
さらに7大陸最高峰登頂を果たした立派な登山家で、登山に関する著書も数多い。
けどテレビを観るかぎり、金剛山を登っている普通のおばさんって感じ。
登山初心者のルー大柴さんをゲスト?に、低山からはじめて、
最終回までの最後の2回は、日本の最高峰「富士山」をめざすというもの。

その一回目が先週放映され、富士山の八合目の山小屋まで登ったところでつづきとなり、
明日はいよいよ最終回で富士山頂へ登頂ということで、
一昨年、富士登山に行ってきた自分にとっても非常に興味深いところです。

ご参考まで。

(過去の放送はNHKオンデマンドでも観れるようです)
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Check [ 2009/09/29 20:16 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(2)

金剛山 第158回  (2009.9.28) 

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9月末までに取得するように推奨されている夏期休暇が
あと一日だけ残っていたので消化するために休んだ。
会社人間になればなるほど、よっぽどの理由が無い限り
有休を使わない事が美徳とされている風潮がうちの会社でも無いとは言えないが、
時代はもう昭和じゃない。そういう時代から20年も経って、
大きく何も変わっていないように見えても、人の心を初めとして
やっぱり昔とは違うということを、サラリーマンをやっていると
否応なしに感じざるを得ない。
せいぜい利用できるものはとことん利用する割り切りも必要。
「気にしたら負け」って言葉を大昔に誰かから聞いてから、
なんでも大して気にしないことにしている。

さて、午前中だけついでがあったので、軽く?金剛山に登ってきた。
自分の場合の「軽く」というのは、山頂でスタンプを貰ったらただちに下山することを言う。
そうなるとルートも必然的に、登り「寺谷ルート」、下山「文珠東尾根ルート」となる。
さすがに今日は動画をやめて、スチルを数枚撮っただけでせっせと登ったら、
所要時間は45分だった。
ハイペースだったので、今日はこれで十分満足できた。
途中、見たこともないヘビがいた。
マムシでもシマヘビでもヤマカガシでもない。
全体は赤くて、黒い襟巻きみたいなのが等間隔に。
日本のヘビじゃないような。
見つけた人たちはかなり怖がっていた。
山頂の気温は18℃。
雨が降ると予報では言っていたのに、少々パラついただけで、
レインウェアやザックカバーを出すほどのこともなく、下山時は晴れ間も出ていた。
文珠尾根にさしかかると風がとても気持ち良く、山の空気と相まって
足止めされるほど最高にすがすがしかった。
下山も終盤にさしかかった頃、前に山頂で声をかけてくださった富田林のNさまと出会い、
途中から一緒に下山した。
リタイヤされてから週に3日ほど登られているのだとか。
早く自分もリタイヤして自分の時間をもっと持って好きなことをしたいなと思いつつ。

その他の画像は以下より。

金剛山 第157回  (2009.9.26) 

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難所の絶壁

『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分3秒)


二週間ぶりの金剛山は「丸滝谷ルート」にて。
金剛山で最大級の危険ルートと聞いていたので
緊張と期待の入り交じった気持ちでのスタート。

水越川公共駐車場を起点に下ったのち、
橋を渡ってしばらく進むと「太尾西尾根ルート」の入り口を発見。
さらに舗装路を計30分ほど行くと、通称「鉄板」と言われている
鉄板そのものの橋で、早くも滑りそうになる。
しばらくは「もみじ谷ルート」になんとなく似てる雰囲気。
さっそくの分岐。
石ブテ東谷ルートのほうを見ると、垂直の滝にトラロープが垂れている。
沢登り派の方は滝を登られるのだろう。
石橋を叩いて渡るような安全を考えると、左にある巻き道を行くのが良さそう。
右側を見ると「中尾の背ルート」とある。
ここから3つのルートに分岐するわけだ。
今日は最初から丸滝谷ルートを行くことにしていたので分岐はスルーして
次回の楽しみに取っておくことにした。

妙見谷ルートと違って沢の中は幅広で歩きやすく、とても快適に進める。
滑りそうなヌルヌルした岩もあるが、特に難所らしきところは無いなぁと思いながら、
まるでハードル走のように、無数にある小さな滝?段差?を越えて行く。

登っているのか、水平移動しているのかわからないまま進んだ突き当たりには
とんでもない絶壁が立ちはだかっていた。
これが最初で最後の最大の難所だったわけで、よじ登ろうと思えば可能そうだったが、
ここでも石橋を叩いて渡るように、最大限に安全に配慮して、
3,4本に束ねられたトラロープに頼って、少し脇から登った。
それでも足場が悪く、トラロープがなければ絶壁側同様に大変危険なことだろう。
トラロープを設置してくださった奈良の爺々さまに感謝して登る。

その後は急に沢が無くなり、V字状にルートを正確に進む。
登り切ったところに垂直の滝のところで見た「中尾の背ルート」が合流してきた。
さらに登り切ると、前に3方向でどちらに行こうかと迷ったあげく、
六道ノ辻から見て左の「石ブテ尾根ルート」のほうへ行ったわけだが、
今日はその分岐の真ん中に出てきた。そして右も真ん中とイコールだということが判明。
あとは六道の辻へ出て、大日岳を経由して山頂へ。
山頂気温は17℃。

捺印が済んだらそのまま香楠荘へ直行。
途中、いつも拝見させていただいているブログの方と久しぶりに再会し、
しばらく立ち話をした。
香楠荘ではいつものメニューを食べたのち、ダイトレルートへ向かって下山。
パノラマ台の眺めは最高。
金剛の水はいつも冷たくておいしい。

丸滝谷ルートはとても気に入ってしまった。

その他の画像は以下より。

金剛山で一番大きな木は?(その2) 

金剛山ネタとは少しはずれてしまいますが、
せっかくなので、これまでに実際に確認した関西のでっかい木を紹介します。
写っている被写体はいずれも私(キバラー)です。

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「松尾寺のくすの木」 <大阪府和泉市>
樹高30m 幹周り10m 樹齢は700年 そんなご神木にうっかりよじ登ってしまった。

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玉置神社の大杉 <奈良県十津川村>

玉置神社は知る人ぞ知る関西の秘境でありパワースポットである神聖な場所。
現代でもいろいろな不思議話が後を絶たないという。
気軽に行こうとしても、受け入れられる気持ち豊かな状態でなければ
決して辿り着けないという場所だそうだ。
かく言う自分も、何度か行こうと試みたが、様々な障害(ガス欠寸前だったり、
途中で時間が無くなったり)でなかなか到達できなかったのだ。
ちなみに十津川村というと谷瀬の吊り橋が有名であるが、
なんのなんの、あそこからどれだけ遠いことか。
十津川村ってどれだけ広いんでしょう。。
Check [ 2009/09/25 21:02 ] その他 | TB(0) |   コメント(4)

金剛山で一番大きな木は? 

金剛山で一番大きな木はどれだろうか?と、ふと気になった。
これかなと思ったけれど、単にいくつかの木が合体して大きいような気がする。
夫婦杉はそれぞれも大きいが、やっぱり樹齢数百年の「仁王杉」だろうか。
日本では、十津川の山奥にある玉置神社にある杉がこれまで見た中ではいちばん大きかった。
世界ではどうだろうか。

ちなみに以下の写真は少々古いものである。
これでも小さいほうで、大人何人で手をつなげるかやってみたところ、11人くらいで一周できた。
この木の名はジャイアントセコイヤ。
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ヨセミテ国立公園にて ※少々古い写真です。笑

#つぶやき
 5連休いかがお過ごしでしたでしょうか。
 用事でバタバタしていて、金剛山すら出かける時間がありませんでした。

バスク『Msイーサテック』 

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トレイルランニングシューズ『Msイーサテック』
重さ:約684g

「バスク」と聞いても、日本であまり馴染みのないメーカー名だ。
しかし、高品質なアウトドアフットウェアメーカーとして世界で広く
知られているそうで、そんなバスクのポリシーは
「最高のフィット感」だそうだ。

そもそも自分もメーカー名からこの靴を買い求めたのではなく、
以前にモンベルの「マリポサブーツ」を購入してからというもの、
マリポサブーツに搭載された「BOAシステム」があまりにも快適すぎて
ひも靴を履く気がまったく無くなってしまった。
今後買う靴は、BOAシステム搭載を絶対条件であると決めてしまった。

そんな折、あのダイトレ縦走でも使った5年ほど前に買った
ナイキのトレッキングシューズ(ウォーターシールド)の底がめくれた。
普段履きしていたある雨の日、靴下が濡れてしまったので、
ウォーターシールドという名のとおり、防水がウリ(ただし蒸れるが)
のはずなのにおかしいなと思っていたらそういうことだった。
靴底のソールはだいたい4、5年で履いても履かなくてもベロ~~ンと
めくれるのだそうだ。
買ったままあまり履かずに大事に温存していても意味が無いというわけだ。

そこでついに買わなきゃいけなくなったので、
そういえば、りんくうプレミアムアウトレットの「ザ・ノースフェース」で
サイズが大きいからか、ずっと売れ残っていた「Arnuva 50 Boa」という
BOAシステムが搭載されたシューズがあったなぁと買いに行ったら売り切れていた。
アウトレットで前にあったからといって、もう一度行ってもあるわけないのが普通だが、
以前、モンベルのアウトレットで、自分サイズの登山靴の旧モデルが、
いつ行っても売れ残っていたということがあったので、
少しは期待していたがダメだった。
しかも29cmだの、30cmなんてサイズは通常は置いていないそうだ。
他にも、モンベル「GORE-TEXマリポサジョガー」という「マリポサブーツ」と違って
丈が足首まで無いシューズもあるが、ちょっと予算的に厳しかった。
仕方なくネットでいろいろ調べてみたら、これまた最近お気に入りの
A&Fカントリー(アウトドアのセレクトショップ)のバスクの『Msイーサテック』
というプロダクトがBOAシステム搭載だということを知って、
さっそく会社帰りになんばパークスのA&Fカントリーに立ち寄ってみたら
たまたま自分サイズのものが、色や種類の選択の余地もなく、これ一足だけが
在庫にあったので買ったというわけだ。
買ってから、この色はどうやって合わそうかと苦労しそうだと思った。

ちなみに『Msイーサテック』は、トレイルランニング用のシューズなので、
通気性抜群で徹底した軽量化が図られている。(防水ではない)
これを履くと、まるで紙でできた靴でも履いているかのような驚くべき軽さを感じた。
普段履きなんてもったいない、登山じゃなくてトレランでもやろうかなと
考えてしまうほど足が勝手に走り出しそうに思うほどの快適さ。
ダイトレ縦走の時にこれがあったらどれだけ良かったことだろうか。。

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BOAシステム
さっと履いて、クルクル回してさっと締められる。
カチッっと引くと、すぐに緩められて脱げる。
登り下りで締め具合を変えたり、休憩時にちょっと脱いでみたりのすべてが片手で完結するのだ。
Check [ 2009/09/19 21:55 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(2)

1人遊びできる趣味を持つということ 

あの「ひとり歩きの金剛山」の著者で、元新聞記者でライターでもあり、
以前、このブログに快く「一本木茶屋」の画像を提供してくださった
富田林市在住の藤田健次郎さんに関する新聞記事の中で、
「1人遊びできる趣味をインドアとアウトドアで持って置くこと」が
とても大事な事だということが共感できたので紹介します。

他人からよく「オマエ、多趣味だなぁ」と言われることがある。
裏を返せば、そんなに自分に自由な時間やゆとりがあって良いねぇというイヤミとも取れる。
実は暇も金もそんなに無い。他人様から見えてるほど隣の畑は青いわけではない。
自分のこれまで知らなかったいろんな事にやたら関わりたくなっては
挑戦したり、試したりと好奇心の旺盛ぶりを発揮しているのは
30代半ばくらいからだろうか。
そうなってきたのにはちょっとした理由がある。
まず、自分の寿命を49歳に設定しているからだろう。
だから今、出来ることをできるだけ楽しもうという焦りからだと思う。
ではなぜ49歳なのか。
実は自分の父親は、なんと49歳という若さで病気で他界してしまった。
たばこも酒も好きで、今で言う完全メタボ体型だった。
そんなこともあって、自分は父親が辿った生活スタイルとはまったく異なった
ものを意識的に選んでいるのかもしれない。
たとえば過去10年ほど新たに始めた趣味として位置づけたものは
どれもこれも先代のだれもやったことのない初な事が多い。
どこか意識の中で、父親が成し得なかった事をやっておこうとか、
49歳という寿命をぜったい超えてやろうというものを目標としてきたのかもしれない。
まだ49歳まではだいぶ?先ではあるが、今の世の中、何があるかわからない。
今出来ること、やりたいことは先延ばしせず、なるべく早く実現していくこと。
もちろん分相応に、慎重かつ丁寧にクリアしていくことかなと。


【シニア新時代 遊ぶ】初めての四〇〇〇メートル 体力の限界と夢の“はざま”
2006/07/28 産経新聞 大阪朝刊 25ページより引用

 人気の中高年登山。退職後の“やりたいこと”として、登山を挙げる団塊の世代も多い。
そして、夢はいつしか、富士山より高い山へ。そんな中高年ビギナー登山者の心をくすぐる
本が出版された。「初めての四〇〇〇メートル」(山と渓谷社刊)。自身も中高年ビギナー
だった登山ライターの藤田健次郎さん(67)=大阪府富田林市=の5冊目の著書。
4000メートルで遊ぶ楽しみと、そのためのルールを説く。
 (服部素子)
 4000メートル級の山と聞いて、まず頭に浮かぶのはヒマラヤ山系やヨーロッパアルプ
スの山々。しかし、藤田さんが中高年の“初めての4000メートル”として選んだのは東
南アジア、マレーシア・ボルネオ島のキナバル山。
 「世界遺産で標高4095メートルの独立峰。行程は1泊2日。しっかり4000メート
ルを超えてるでしょ」とニヤリと笑う。
 4000メートルにこだわるのは、中高年からのビギナー登山者の体力・気力の限界と、
より高い山へという夢との“はざま”がそこにあるとの実感から。同時に、中高年には、雪
と氷と岩の世界に挑むだけの高度な登攀(とうはん)技術や装備などの点で無理がある。そ
うしたマイナス条件をクリアできないかと、藤田さんが目を向けたのがアジアの山々だった。
 台湾の玉山(3952メートル)、エベレスト街道、4000メートル級の無名峰の頂上
に立てる中国の天山山脈。なかでも登山道や宿泊施設、トイレの整備などの面でキナバル山
はイチ押しの存在という。
 「キナバル山は富士山のように遠目に美しく、近目では薄汚れた山ではありません。自然
環境を保護し、安全を確保するためにガイドの同行を義務付け、1日の登山者数を制限する
など、日本の山で放置されている問題について先端的に取り組んでいます」と力を込める。
               △ ▲ △
 藤田さんが山歩きを始めたのは、46歳のとき。腰痛のリハビリが目的だった。それが、
低い山から高い夏山へと足を伸ばすうちに、仕事では味わえない、さわやかな達成感に魅了
された。
 そのころ実兄ががんの宣告を受け、闘病の後、58歳で亡くなった。
 「うちはがんの家系なので、自分も射程圏内に入ったと思うと、自分の時間がほしくなって」
 55歳で、33年勤めた会社を早期退職。いきつけの飲み屋のように、身近な金剛山が
”いきつけの山”に。富士山をはじめ、槍、穂高、剣など日本の3000メートル級の山も
ひと通り登り終えると、思いは海外の、より高い山へ。この12年間で、9カ国15の山の
登頂とトレッキングを果たした。
 しかし一方で、中高年登山には遭難という落とし穴もつきまとう。昨年1年間の日本の
山岳遭難発生状況(警察庁発表)をみると、発生件数は1382件で遭難者は1684人と
過去最高で、全体の81・5%を40歳以上の中高年が占める。
 「山は登り下りでようやく完結するのに、中高年ビギナーは登ることしか考えていない人
が多い。夏山シーズン真っ盛りのいまこそ“安全”を肝に銘じてほしい」
 早期退職で自分の時間を手に入れた先輩シニアとして、藤田さんが団塊の世代にアドバイ
スするのは、現役時代から1人遊びできる趣味を、アウトドアとインドアの両方でつくっておくこと。
 「定年は人生の折り返し。1人遊びができないと、老後が思いのほか長いですよ」
                  ◇
 「初めての四〇〇〇メートル 熟年登山者のキナバル山行記」は、山と渓谷社刊、1575円。

千早のむかし話 

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こんな本があるようです。
香楠荘でも販売されているとか。
本当は怖い「千早のむかし話」かどうかは知りませんが、多少怖い話もあるそうです。
金剛山の昔を知ることができるかもしれません。

「千早のむかし話」発刊 楠公史跡保存会 地区高齢者から聞き取り
2001/02/20 産経新聞 大阪朝刊 27ページより引用

 千早赤阪村千早地区の民話などを集めた「千早のむかし話」=写真=がこのほど、刊行された。
 楠公史跡保存会(岡本勇理事長)の村の歴史研究グループが、同地区で生まれ育った六十五歳
以上の十二人から伝統行事や風俗、習慣などについて聞き取り調査を行い、郷土史家の助言を得て、
一冊にまとめた。
 同地区には千早城跡や金剛山への登山口があり、それにまつわる伝承や伝統行事が多い。
また、大正時代から戦後にかけて製造が盛んだった凍り豆腐など、この地域ならではの話も
盛り込まれている。村立郷土資料館で一冊四百五十円で販売されている。


千早赤阪村の民話、生き生きと 村郷土史友の会が刊行
2001/02/23 朝日新聞 朝刊 27ページより引用

 千早赤阪村の歴史研究グループ、村郷土史友の会(谷準二会長)が、同村千早地区の民話を集めた
「千早のむかし話」=写真=を刊行した。
 六年前に出した「森屋のむかし話」に次ぐ二作目。千早地区に住むお年寄り十二人から聞き取った話を
テープに録音し、原則として話し言葉のまま文章にした。戦前の暮らし、風俗をまとめている。
 金剛山の登山口がある千早地区には、中世の武将、楠木正成ゆかりの史跡も多い。民話集には、
正成の軍資金が山に隠されているという伝承や、戦前は正成の命日に盛大に実施された「大楠公祭」の
様子などが収録されている。
 山あいの寒冷な気候を利用して江戸期から戦前まで盛んだったという凍り豆腐作りの様子も興味深い。
かつては但馬(兵庫県北部)から四百人ほどの職人が集まったことや、冬の夜に子どもたちまでかり出して、
豆腐を野外に並べる「豆腐出し」の作業をした思い出が語られている。
B5判四十八ページ、四百五十円。同村水分の村立郷土資料館(0721・72・1588)で販売する。
Check [ 2009/09/15 20:51 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(2)

金剛山 第156回  (2009.9.13) 

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『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (2分37秒)



雨上がりのじくじく感はあまり好きではない。
木の根っこは滑るし、靴底も泥まみれで、ズボンの裾も汚れる。
登山する以上、そんなことは織り込み済みではあるが。
湿度が高そうで、もしかしてまたブヨに悩まされるのかな~と思っていたら、
ぜんぜん飛んではいなかった。夏が終わったな。
季節が急速に秋に向かっているせいか、
こんなコンディションでも汗は少なめ。

登りはタカハタ谷ルートから。
撮影していると、金剛山のキムタクが追い抜いて行った。
手にはスーパーのビニール袋。
小さなゴミを広いながら清掃登山をされていた。
さすがだ。
山頂で舌を鳴らして歌を唄っているだけの人ではなかったのだ。

いつもどおりバナナとトースト一枚の朝食で来たけれど
なぜか登る足にチカラが入らない。
気分的にも登山な日じゃなかったのかな。
山頂11時すぎの気温は16℃。
いつもの格好で山頂にいると、だんだん寒くなってきた。
今の季節に山頂で鍋物するのがちょうど良いかもしれないと思った。
午後からまた用事があったので、山頂で弁当を食べて、
ゆっくり休憩する間もなく千早本道で下山。
途中、平野次男さんが丸太を担いで整備をされていた。
いつもお疲れさまです。
特に特筆すべきこともない消化試合な登山だったかな。

その他の画像は以下より。
Check [ 2009/09/13 19:01 ] 金剛山(動画) | TB(0) |   コメント(6)

キャンドル・ランタン 

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キャンドル・ランタン  ※A&Fカントリーにて購入
※写真の真鍮製がおすすめ カラフルなカラーモデルはアルミ製。

このブログで取り上げるべきかどうか悩んだ。(他にネタがないので仕方なくというウワサも)
これが金剛山とか、登山グッズとかとどう関係があるのか?と問われると正直、ちと苦しいからだ。
どちらかと言うとキャンプや野宿旅グッズかもしれない。
あえてシーンを作るとすれば、金剛山で、一人用のテントとシェラフでもって
一夜を明かす、そんな夜のお供に役立つ。(ただし山は火気厳禁

以前に紹介した「実戦主義道具学」に取り上げられていて、
解説を読んだとたん、買うしかない!と、いきなり即効性があったのか、乗せられたのか、
物欲がふつふつと盛り上がってきて、さっそく買いに走ったグッズのうちのひとつだ。
使いもせんのに、ほんとしょうがないやつだなぁと自分の事をそう思う。
買ってからかれこれ一ヶ月以上、出番なし。笑
非常時にぜったい役に立つ!というようなサバイバルなグッズにはめっぽう弱い自分。

著者はこれでもって世界を旅したとき、
電池よりも、ろうそくのほうが調達しやすかったとか、
池か川に落としたときでも、ろうそくなので濡れたままでもすぐに火がついたとか、
コーヒーの入ったマグを温め直すには、ランタンの熱で十分だったとか、
漆黒の闇の中で使うと、まるで灯台のように頼もしく思えたなどなど。
災害非常時に使えるし、キャンプでもガスランタンなんかより経済的で
楽しい夜が過ごせそうに思った。
いつかこれで、金剛山ちはや園地キャンプ場でお泊まりをキャンプしてみたい。
香楠荘にも泊まってみたいけれど、近場すぎてなかなか実現に至らない。

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収納するとこんな小いささ。 ちなみにロウソクは減ってきても、沈まないように自動で繰り出される。

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青いのは虫除けロウソク。 他にも蜂の蜜蝋ロウソクもあるが、メンテ面で難ありだそうだ。
一本で連続9時間照らし続けてくれる。
Check [ 2009/09/11 22:07 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(6)

上赤阪城址(本丸)とは 

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上赤阪城址 ※2009.8.30撮影

坊領ルートに「上赤阪城址(本丸)」という唯一の展望場所がある。
こんな誰も来そうにない所に河内平野が眺望できる所があるのだ。
きっとPL花火がばっちり見れることだろうが、
果たしてわざわざここまで来る人が居るだろうか。
虫やヘビにも悩まされるだろう。

そんな「上赤阪城址(本丸)」に関する記事が掲載されました。


(ゆかりを訪ねて:1)楠木正成 地の利得た倒幕の名将 【大阪】
2009/09/04 朝日新聞 夕刊 4ページ

 山中の尾根筋を走る道を汗だくになって上がっていくと、登り切ったところに「本丸」の
標識が見えた。国史跡・楠木(くすのき)城跡(大阪府千早赤阪村)を示す石碑の向こうに
広がる河内平野の眺望。かなたに大阪の高層ビル街がぼんやりと浮かぶ。
 ここに城を築いた鎌倉末期の武将、楠木正成(まさしげ)は、どんな思いでこの景色を見
つめたのか。上赤阪城とも呼ばれる城は、さらに山深い地に築かれた千早城とともに、幕府
軍に対する「防衛ライン」を形成していた。
 正成をめぐっては戦前、「七生報国」の決意で後醍醐天皇への忠義を貫いたとする「忠臣
伝説」が広まった。戦後は、あまりにも軍国主義と強く結びついたイメージのために、その
実像の研究は敬遠されてきた。
 実は、その生い立ちもよく分かっていない。初めて史料に登場するのは1331年。「楠
兵衛尉(くすのきひょうえのじょう)」という悪党(既成権力への反抗者)が和泉国で略奪
を働いた、との記録が残る。この年、後醍醐天皇側について幕府に反旗を翻すが、歴史の表
舞台で活躍したのは、湊川の戦いで自刃するまでのわずか6年だ。
 それでも正成の名は天下に鳴り響く。千早城に立てこもり、大石や油とたいまつを浴びせ
る奇策で大軍を100日余も足止めさせて、幕府滅亡に貢献した。千早城は楠木城の南東約
4キロ。城跡に至るには500段以上の急な石段を登らねばならない。こんな急斜面から石
を落とされたら、下の敵はひとたまりもない、と実感した。
 幕府軍と渡り合う名将の姿は、当時の人々に強烈な印象を与えた。籠城(ろうじょう)戦
が2カ月に及ぶころ、九州・博多の僧侶は「金剛山は未(いま)だ破れず」と驚きを込めて
日記につづっている。幕府側もメンツにかけて、この小さな山城に兵力の大半を投入せねば
ならなくなったのだろう。
 ふと思う。正成を死に追いやったのは、天皇への忠義というより、肥大化した自分自身の
イメージだったのでは、と。
 3年後、摂津国で足利軍を迎え撃つよう天皇に命じられた正成は、敵の戦力が優位とみて、
京都に誘い込む作戦を提案したが、却下され、やむなく戦場に赴く。英雄視する周囲の期待
に、彼は逆らえなくなっていたのかもしれない。
 城跡に立つ千早神社の前で夕暮れの涼風を感じながら、そんな空想にとらわれた。
 (文・今井邦彦 写真・荒元忠彦)

もんちっち3(奈良側) 

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週替わりプレート(1,260円) 飲み物+フルーツ盛り付き

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旬のフルーツ盛り ※この日は、パイン・すいか・メロン・ピオーネ・キーウイ・リンゴ・ザクロ

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ドリンク付き ※写真はパインジュース

店の名前だけを聞くと、何の店?と思ってしまうが、
正式名称は、
『旬のフルーツcafe もんちっち3』と言う。
つまりカフェ。
そんな店に、11時頃、ランチを食べに行ったら、ほぼ満席で、
周りのお客さんが注文しているのは、ほとんどがモーニングだった。
そして、こちらがランチを食べている間にすっかり居なくなった。
ランチを食べに来るお客さんは??
カフェなのだから、モーニングやサンドイッチが適当だったかなぁと思いつつも、
ハンパの無いフルーツの量には満足。
どちらかというと、女性向けの、お腹にやさしい楽膳メニューと言ったところか。
カレーやパスタメニューもあるようだ。
また行く機会があれば、サンドイッチやスィーツでカフェとして利用したい。

住所:奈良県葛城市染野166-1
位置情報マップコード:36669042

だんご庄(奈良側) 

20090907-1.jpg

知る人ぞ知る、創業明治十一年の「だんご庄」のだんご。
奈良側からよく登られている方にとっては、中将堂なみに有名のことと思います。
「だんご庄」のだんごを初めて食べたのは、まだ最近のことで、
実は近くの泉北高島屋に、月曜日だけ売りに来られるのです。
それを買ってきた誰かに貰ったことがあり、ずっと前から買いに行きたいなと思っていたので、
昨日、旬のフルーツで有名な「もんちっち3」に行ったついでに買いに行った次第です。
坊城は、会社の、仕事ではかかわらない(ツーリングだけでかかわる)同僚の家の近くで、
よく待ち合わせとかしていた場所のすぐ近くなのでした。
教えてよ~>同僚。

「だんご庄」のだんごは、串に「きな粉餅だんご」が5つ刺してあるもの。
一個のだんごそのものは小さい。ビー玉よりは大きい。
ばら売りもしていて1本は63円だ。10本では単純計算で630円。
本数のバリエーションはなぜかやたら多い。
ちなみに「だんご庄」の商品はこれ一種類のみだ。
近年では、きな粉餅と呼ぶより、安倍川餅と呼ぶほうが馴染みがあるのかもしれない。
そんな「きな粉餅」は子供の頃によく家で食べた。
今ではなかなか食べる機会がなくなっているが大好物だ。
手軽に買って食べれられる「だんご庄」のだんごは、そんな欲求を満たしてくれるものだ。
今回は20本も買って帰ったのに、大勢で取り分けをしたら一人2本しか割り当てがなかった。
いつかはこれを10本くらいは独り占めして食べたい。

わりとたくさん止めれる駐車場がありました。
位置情報マップコード:36557607

■坊城本店■
営業時間 8:30~17:00(売り切れ次第)
定 休 日 火曜日・第一水曜日

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金剛山 第155回  (2009.9.5) 

20090905-6.jpg

『今日の金剛山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分2秒)


月が変わって9月最初の登山は夜登山。
このブログを通じて知り合いになったTAKESHIさんと寺谷ルートから。
午後、といっても夕方からの登山は、
いつもなぜか気力、スタミナ共に減退ぎみ。
そういえばブログを始めるより前に攻略したことのある五條林道ルートが
とんでもなく長くてしんどいと思ったのは、午後から夕方にかけて登ったからかも。
長距離登山ならなおさら早朝にスタートすべきだ。
朝早ければ早いほど距離を伸ばせる。
寺谷ルート程度にしておいてよかった。
今日はTAKESHIさんと一緒だったので、しゃべくっているうちにすぐに水場に着いた。
夜登山が目当てなので、撮影しながら時間を消費するも、
山頂には少々早く着いてしまった。
18時の気温は20℃。
山頂では登山者が2,3人いた程度だ。
ところが他に、パトカーが来ていて警官が2人いた。
何かあったのかと尋ねてみたら、
行方不明者発生かもしれないという通報があったそうだ。
詳細は、青崩ルートで老夫婦を見たという登山者からの通報で
陽が暮れるまであまり時間の無いという状況で、
とても完歩できそうもない足取りで歩いていたので保護してほしい
というようなもの。
しかし、その後、そのような老夫婦が確認できなかったそうだ。
警官から、青崩ルートから下山するのなら確認してもらえたらありがたいと
いう主旨の事を打診されたが、あいにく、念仏坂のほうに車があるので
後ろ髪引かれる思いの中、断らざるを得なかった。
先週末、自分も、道が不慣れそうな年配の女性が
ひとりで水分道を目指しているのでどっちへ行けばいいのか相談されたが、
下山に使うには困難なルートと知りつつも案内してしまった。
ちょっと後悔の念。
山頂の国見城趾広場で陽が暮れるのを待っていたら、
だんだん寒くなってきた。
非常用に持ってきていたレインウェアを羽織ろうかと迷った。
その時の山頂の気温は19℃へ。
日がとっぷりと暮れてから夜景を眺めて、ちはや園地経由で伏見峠の念仏坂から下山。
途中、香楠荘に泊まっている宿泊客と思われるカップル一組と、
まっくら闇のちはや園地で遊ぶ子供たちと遭遇。
夜道を明かりを灯して歩くのは、サバイバル体験のようでいつもながらなかなか楽しい。

その他の盛りだくさん画像は以下より。
Check [ 2009/09/05 23:19 ] 金剛山(動画) | TB(0) |   コメント(4)

山ラジオ 

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SONY 『ICF-RN930』 TV(1ch-12ch)/FM/AM/NSB1・NSB2

※SONYから山ラジオとして出ているのは『ICF-R100MT』のほう。

金剛山を登っていると、よくラジオの音を垂れ流しながら歩いている人がいる。
ぜんぜん迷惑じゃないけど、なんだか便利そうだなぁと思って
自分も装備の一つに加えることにしたのが二年ほど前。
それ以来ずっとザックに入れっぱなしなのが上のもの。
しかし、実際はほとんど聞いている暇などなくて、まったく出番がないので新品同様。
一度だけつけっぱなしにしておく必要があった日があった。
某国からミサイルが発射されて、日本のどこに着弾するかわからないという
緊急事態のその日にちょうど金剛山に登っていた。
もしかして近くに着弾することもありえるかもとずっと気になって聞いていたのだ。
そして、それ以来、また聞くのをご無沙汰したままだ。
ひと気の無い山道をとぼとぼ歩いたり、千早園地でキャンプでもしたりすることでも無い限り、
ラジオを聞く気持ちのゆとりがないのか。
それよりも、風のざわめきや、鳥の鳴き声、などなどの自然に聞こえる音に耳をかたむける
ほうが良いと思うからか。
常日頃、一人での夜登山が怖いと言っているが、もしかしてラジオを鳴しておけば、
ずいぶん恐怖感が和らぐのではないかと今、気がついた。
今度、夜登山で実践してみよう。

先日、新聞を見ていたら、「山ラジオ」なるものが紹介されていた。
SONYのウェブサイトを見てみると、たしかに
「山の名前から周辺の放送局を簡単選局。登山やハイキングに便利な山ラジオ」
という商品「ICF-R100MT」が載っていた。
ふむふむ。
自分のコレは、この商品が出るすこし前に買ったのでソニーの言う「山ラジオ」ではない。
おおむね機能は似ているが、自分のは「ICF-RN930」という型番のもので、
この大きさで受信できるものは何でも対応したものが良いとこだわったので、
AM/FMはもちろん、TV放送地上波の全チャンネル、さらにラジオNIKKEI放送など
短波放送にも対応したものなので、山ラジオのスペックを超えているのがうれしい。笑
もちろんスピーカー内蔵なのでイヤホンで聴く必要はない。

以下は山ラジオの「ICF-R100MT」と共通の機能である。
デジタル時計,アラーム,タイマー,オートオフ,スーパーエリアコール,AMワイドなどなど。
いじっていて、よくわからないメニューが「サテライト」。
これは何だろうか??
Check [ 2009/09/04 20:52 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(0)

奈良側「郵便道」に思うこと 

奈良側の郵便道は、太陽がお昼には大阪側に移ってしまうことから、
早朝に登って、お昼までには下山するというスタイルを取らないと、
午後からは陰になることに加え、元から植林に覆われていて、
日差したっぷりの明るいイメージとは正反対の印象を受けることがある。
しかし、高天彦神社はいつも明るく、すがすがしい印象を受け、気持ちがスーっとする。
まるで伊勢神宮で感じるすがすがしさと同じような感じ。
きっとパワースポットに違いない。
せっかちな登山者の多いイメージのある大阪側にはない良さだ。
ちなみに大阪側だと千早城趾がゆったりした印象を覚える。
それにしても金剛山はほんとに「城趾」だらけだ。
かつて楠木正成の時代の金剛山って、どんな状態だったのだろうか。

さて、そんな郵便道に関するこんな記事がありました。

(隠れ古社寺 気まま旅)高天彦神社 天皇も歩いた郵便道 /奈良県
2006/10/24 朝日新聞 朝刊 25ページより引用

 高天彦(たかまひこ)神社
 澄み切った秋空に誘われ、大阪・奈良府県境の金剛山(1125メートル)に登ろうと思
い立った。市街地に近い山だけに、登山ルートは多様だ。この日は、御所市高天の高天彦神
社を経由して、山頂を目指すことにした。以前から「少し気にかかることがあった」からだ。
 高天の集落は標高640メートルの場所にある。近鉄御所駅から12キロ。まず、タクシー
で山麓(さんろく)を走る県道を南下、西北窪の集落はずれで下車した。「神話の里 高天
の原」と書いた案内板が目に留まった。
 急勾配(こうばい)の道を登る。歩くこと10分余り。「葛城の道」の標柱があり、山道
が枝分かれしていた。杉林の中を十数分行くと、視界が急に開け、棚田の上に集落が見えた。
高天である。目指す高天彦神社は目の前にあった。赤瓦が葺(ふ)かれた間口3間ほどの本
殿が、山際に鎮座していた。
 20台ほど収容できる駐車場はいっぱい。参道をふさいでいる車もある。「ここから山頂
まで慣れた人では1時間半ほど。私の子どものころは、郵便屋さんが荷物を担いで登った道
で、郵便道と呼んでいました」。畑にいた古老は「登山のため、車で来るのは仕方のないこ
とだ」と、それほど迷惑そうでもなかった。
 神社の前に「神話の高天原はこの地である」と、由緒を書いた説明板があった。日本神話
では高天原から「日向国の高千穂」に天下った天孫が、国をつくったことになっている。
 だが、その高天原がこの地だという伝承のあることを知る人は少ない。貞観元(859)
年に、従二位が与えられた延喜式内大社だけに、伝承にも重みがある。
 境内の横から山頂に向かう。幅も広く登りやすい道だ。だれがかけたのだろうか、「高天
道(郵便道)」と、ペンキで記した真新しい板切れがあった。登るにつれて「この道こそ雄
略天皇のたどったルートでないだろうか」と思われてきた。
 『記紀』によると、雄略天皇は、葛城山(現在の金剛山)に登ったとき、神に出会い問答
を交わしている。その意味するところについては、研究者間でさまざまな論議があるが、高
天彦神は雄略天皇によって没落させられた葛城氏の祖先神ではないかという説がある。
 それはともかく、雄略天皇が山に登ったことは間違いない。だが、その道は果たしてどこ
だったのだろうか。気にかかっていたのは、そのことだった。
 郵便道を登りきると、尾根に出た。そこが「一の鳥居」である。山頂へ尾根道をさらに
10分ほど西に歩くと、雄略天皇が出会った神をまつる葛木社がある。そこに至る途中に矢
刺神社という小さな社があり、「雄略天皇の御狩場跡」と書いた立て札があった。
 現在の桜井市を住まいにしていた雄略天皇は、大勢のお供をつれていただろう。多分、最
短距離で登ったはずである。郵便道こそが天皇の登った道であるという推測は、山頂に着い
たときには確信に変わっていた。(高橋徹)

 《メモ》 住所は御所市高天。祭神は天孫降臨を命じた高皇産霊尊(たかみむすびのみこ
と)のほか市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、菅原道真。御所駅から五条バスセンター
行きバスで「鳥井戸」下車。2.4キロ。

金剛山頂の気温

金剛山の一日  
自分とのたたかい
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第43回チャレンジ登山大会
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プロフィール

こんちくわ。
キバラー
と申します。
ほぼ毎週金剛山をメインで
登っています。
飽きっぽいのか色々やってきて
自転車→オフロードバイク→
大型バイク→登山へと変化し、
その間、
テニスやスキーにハマった数年間。
キャンプは今でも細々と。
今は山に全力で年中夢中

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