生駒山系に連なる金剛・葛城山系の主峰『金剛山』をホームグラウンドに、近場の低山からアルプスまで。

LIGHT MY FIRE 『スポーク』 

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LIGHT MY FIRE 「Spork  ※BPAフリー

山道具をいろいろ買い集めている人ならたいてい持っているはずの「スポーク」。
スプーンとフォークがそれぞれの先端に付いたもので、
フォーク側にはナイフとして使える部分もあるので実質的には1つで3機能のカラトリーである。
スプーンとフォークでパスタを持ち上げてクルクル・・という同時的な使い方をする場合は
それぞれがセパレートになった別のものを使うか、スポークを2つ使う必要がある。
ところがスポークのスプーンはすこぶる使いやすいのにフォークは最悪に使いにくい。
持ち手側がスプーンになるわけで、これがどうにもこうにもしっくりこなくて持ちにくいのだ。
だからスポークはスプーンがメインで、フォーク(とプチナイフ)は非常用のように思ったほうが良いかも。
それでもスポーク一つあるだけでたいていのものは食べることができるわけなので重宝する。
しかしながら困ったことがひとつある。
これをナイロンなどの袋に入れて行こうものならフォークが簡単に突き破ってしまっていることが多々ある。
なにかもっと適当な入れ物が無いか?と思っていたおりに、
スポークのケース入りが登場したのはずいぶん前のことである。
ケースだけが欲しいのにスポーク付きで850円は無いよなぁ、と思っては踏みとどまっていた。
いつもスポークコーナーの前を通るときには在庫状況を無意識にチェックする習性まで身についてしまった。
それというのも、今日こそ買うぞ!と思って行ってみると売り切れていることが多々あるからだ。
在庫が潤沢にあるときに限って「高すぎる。チープだし、べつにいらんか。」となる。
今回はぜったい買うぞ!という強い意志で持ってコージツに行ってみたら、
最悪カラーのピンクがただ一つだけポツーンとぶら下がっていた。
この機会を逃すといつ買う気になるかわからないので、エイやっ!と買った次第であるが、
どうにもこうにもこの色は受け入れがたい。だからこそ売れ残ってたんでしょう。
だいたいピンク色のスプーンに合う食べ物というとヨーグルトぐらいじゃないのか?
数年前に買って持っているスポークはオレンジ色。
これならまだほとんどの食べ物のに合う。
じゃあ、ピンクのスポークを使わずに、ピンクのスポークケースにオレンジをスポークを入れると・・。
カラーコーディネーターじゃなくてもこのカラーの組み合わせは気持ち悪い。
そんなこんなで、つまらぬ散財をして高いチタン製のスポークも買ってしまった。

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チタン製スポーク  煮たん、焼いたん、炊いたん、チタンである。

ちなみに、数年前に買ったスポークには「LIGHT MY FIRE」のロゴだけ。
最新のスポークにはロゴに加えてMADE IN SWEDENと書かれていた。
もしかするとBPAフリーをうたっているのはMADE IN SWEDENと書かれた新しいほうだけではないか?
ま、どっちにしてもこれからはチタンだから関係ないけど。

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スポークケースに付属の同色のスポークを追い出してチタン製スポークを入れてみた。
このケースにはスポークを重ねて2本入れることができる。

<用語解説>

・BPAフリーとは
 BPAは「ビスフェノールA」という化学物質のことで、プラスチック製品などに含まれていて、
 つまり早い話が生殖器など男性女性ホルモンに影響を与えることが指摘されている。
 BPAフリーをうたっている製品であれば、ビスフェノールAが含まれてないですよ、という事になる。
 プラスチック製品、特にポリカーボネートを使用した水筒などは要チェック。(ナルゲンはBPAフリー)

・チタンとは
 チタンはスチールよりもすぐれた強度を持ち、重量はというとスチールの45%程度と軽く、
 アルミニウム比では2倍の強度を持ち錆びない物質。金属臭が無く食品の風味を損なわない。
 欠点になるのか長所になるのか使い方によるが、熱伝導率が悪い。
 熱伝導率が悪いと火の当たっている部分が極端に熱く、そうでない部分は熱くなりにくい。
 ラーメンなどの汁物だと問題は少ないが、ドロっとしたシチュー系であれば
 火力が強い場合は混ぜ続けなければ火の当たっている部分だけが焦げついたりするので
 アルミやスチール製のほうが良いと思うことがある。
 その反面、袋入りラーメンなどを鍋で煮込み、そのまま鍋を直接口に持っていって
 汁なんかをズズズ・・とススったりする場合、アルミやスチール製だと唇がアッチッチ・・ヤケドとなるが
 チタンだとまったく熱くならず快適であるというメリットも。

P.S.
先日、山でカレーを食べるのに、あろうことかこのスポークを忘れてしまい箸で食べるはめに。
味噌汁や鍋物など、たいていの食べ物に箸は万能であるが、
さすがにカレーやシチュー系だけは箸ではつらいかった。
当分スポークの出番は無いかもしれないのに。
ちなみに左利き用のスポークも存在する。

Check [ 2012/05/16 22:19 ] 登山グッズ・本 | TB(0) |   コメント(0)

大峰山系 鉄山−弥山 周回 (2012.5.12) 

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修履山〜弥山の間にて  ※コンデジ撮影

『今日の大峰山』 ハイビジョン(HD)撮影 (3分30秒)

YouTube版はコチラ

鉄山まではひたすら試練。
そこから先に、おとぎの世界と迷える森が待っていた。


<コース>
大川口−鉄山−鉄山平−香精山−修履山−弥山−弁天の森−奥駈道出合−行者環トンネル西口−大川口


※香精山と修履山はピークを確認できず。

展望ゼロ、嵐のような冷たい風、
低体温症も起こりうる寒さに、ダウンジャケット+レインウェアを着っぱなしだった。(> <)
まさか5月にこんなに寒いなんて。。
大峰のスケールは侮れない。
今日は大川口(おおこぐち)を起点に、鉄山(てっせん)を登って、
そのままバリエーションで弥山に向かい、時間と余力があれば関西最高峰の八経ヶ岳、
さらには行者環岳から大川口に下山する大周回を目論んでいたが・・・。

慣れた道をぼけ〜っと運転していたら、無意識に洞川ごろごろ水に着いてしまった。(> <)
気を取り直して天川川合まで戻り、みたらい渓谷から行者環林道(R309)にて大川口へ。
そんなこんなで4時起きしたのに、登山開始は7時50分。
鉄山の取り付き部はいつもロープを張ってあるけど、何も書いてないので乗り越えている。
そこからしか登れないし。。
前に鉄山を登ったのは2010年8月のことである。
なつかしく読み返してみたら、かなりの急登+偽ピークの連続とのこと。
忘れていた延々急登。
大人のジャングルジムよろしく、手も足も使うシーンが多々あった。
最近、朝早くに山を登るのは非常に清々しくて大好きだ。
それにスタミナ十分で、急登で一気に高度を稼ぐのは多いに結構だ。たのしい。
たまに展望も良く、向こうに見える山並みのてっぺんを見るとガスがかかっている。
途中、ややこしいところで小さな山抜けがあって登山道が消失していた。
右から巻こうにも足場が悪く、直登するには直角すぎる。
結局左に回りこんでみたらすんなりクリアできた。(ちょっとした時間のロス)
そんなこなで調子よく登っていると、だんだんとガスのゾーンに入ってきて風も強まってくる。
その風がまた冷たく、いつまでたってもカラダが温まってこない。
鉄山へは東からに西に向かっての尾根歩き。
北側から吹きつける風の冷たさに耐えれなくなって、南側に避難したら風が当たらなかった。
そこではウインドブレーカーの上にレインウェアを着ることにした。
さらに登山を継続していると、空はゴーゴー唸りだしてくる。
この先に展望の良い平なところがあるが、今日のような天候では展望ゼロ。
それどころか、より天候が悪くなって嵐になりそうな様子も伺える。
あと少しで平なところというところで避難して撤退しようかどうしようかと待機。
急に明るくなって視界クリアになったりで悪くなる様子が無いので続行することにした。
平なところは展望もないので素通りし、核心部である鉄山山頂付近のエイリアンゾーン。
樹の枝が怖いほどに張りだしていて、人を飲み込まんばかり。
そんなピークをひとつ越え、二つ越え、鎖ゾーンに差し掛かったところで山抜け。
いちばんの難所?で崩れていたのでどこから通るか、通れるのか思案すると、
右側から登れそうだったのでそこから上がって崩れた部分の上を通って鎖場へ。
なんとかクリアできて鉄山山頂へ。
またまた嵐のように空が唸りだして寒い風が吹き付ける。
当たりは樹氷ができて凍っている。
軽く写真だけ撮ったらすぐにその先へと進む。
ここから未踏の今日の核心部の始まりである。
山と高原地図には破線すらないバリエーションルートなのでGPSと地図をフル活用。
地形図からは読み取れないようなごちゃごちゃしたステージで、
時おり鉄山ルンゼのほうを見下ろすような穏やかな所があったり。
上からはバラバラとエビの尻尾ような樹氷が落ちてくるわ、風は強いはで落ち着けず
先へ先へとどんどん進む。
いつからだろうか、急に穏やかな山肌となって明るく見通しの効く
快適なステージになったと思ったところがかの「鉄山平(てっせんだいら)」だった。
展望があればさぞかし独り占めの昼食スポットだったに違いない。
風はだいぶマシになったものの、あいかわらずのガスと、バラバラ落ちてくる樹氷の下で昼食。
落ちてきた樹氷が鋭利なので指を切った。
カッターナイフが落ちてくるみたいだ。
避難して撤退を検討していたり、山抜け迂回策を考えたりとロスタイムが結構あったので、
鉄山平に着いたのは登りだして2時間50分後の11時40分のことであった。
休憩中、震えが止まらなくなって、インナーにダウンジャケットを着こむ。
低体温症になる状況をプチ体験したような感じとなった。
約45分ほどの休憩の後、登山再開するも、寒くなる一方で、そこから先、下山するまで
ずっと寒く、ダウンジャケットを脱ぐことはなかった。
鉄山平を出てしばらくしてからが良かった。
アルプスか、まるでどこかの庭園を歩いているかのようなおとぎの国のようなステージが続く。
これからがいちばん良いというところで急にカメラが動作しなくなり、そのまま故障してしまった。
以降の写真は動画用のコンデジの画像となる。
とにかくものすごく楽しいステージであった。
弥山まであと2〜300mというところで迷える森ゾーン。
展望が無いので弥山の目標物が見えず、GPSに頼っての歩きとなった。
ここは思いの外、脱出に時間がかかってしまった。
14時50分、ようやく弥山に到着。
小屋前に大きなテントが1張、国見八方覗のほうには2張のテントが確認、
登山客は20人くらいは居た。天河奥宮では護摩焚きが行われていて多くの登山者が居た。
弥山も冬の寒さである。
お茶タイムに暖かいコーヒーを二回も作ってカラダをあたためた。
そんなこんなで15時30分の再スタートなるが、こんな時間からだと八経ヶ岳も行者還岳周回もムリ。
行者還TN西口を目指してハイスピード下山。
16:25弁天の森
16:40奥駈道出合
17:10行者環TN西口
そこからの林道歩きはひたすら下りであるからして、折畳自転車でも持ってきて駐輪しておけば
大川口までの移動が楽チンだった。
でも、歩くことによって車では気付けないいろんなものが見え隠れ。
さらには今日登ってきた山域が見渡せ、大峰のスケールの大きさを改めて気付かされたりした。
18:20大川口着で、弥山を出てから2時間50分、行者環TN西口から70分かかって下山完了。
行動時間の長さと寒さから疲れてヘロヘロになって天ノ川温泉に直行した。
それにしても寒い一日だった。

その他の画像は以下より。
Check [ 2012/05/13 19:38 ] 大峰山系 | TB(0) |   コメント(18)

大峰山脈、信仰の山とその痕跡 

20120508.jpg
大峰山脈 大日岳  ※釈迦ヶ岳から一時間ほどのところにある。破線図部分に鎖がある。

大峰山脈が他の山と決定的に違うのは、未だに女人禁制を守り続けるなど、
太古の昔からの信仰の山であること。
その痕跡がさまざまなところから発掘されているようです。
大日岳(大日山ではない)に行った時の事、その急峻な岩場に、
誰が設置したかわからない鎖がかかってあって、
その鎖に身を任せなければ登れない部分がある。
そんなアヤシイ鎖に頼るわけにいかないと思った怖がりな自分は、
迂回して下山路(といっても苦労するところ)からピークに登ってみると、
その鎖はがっちりと安全な部分に巻きつけられてあったばかりか、
鎖のひとつひとつに名前が彫られていた。
これは歴史由緒あるものに違いないと思うと同時に、
そんなことならありがたく鎖を利用して登ってみるんだったと後悔も。
それ以外にも、たとえば稲村ヶ岳の山中には剣が隠されてあったりとか、
探せば他にもいろんなものが発掘できるかもしれない。
そんな想像を膨らませると、ますます大峰山脈のあちこちを歩いてみたくなった。

大和発掘物語:大峯奥駈道/上 山と人のかかわり追究
2012/04/04 毎日新聞 地方版 20ページより引用

 「大日岳という標高1540メートルの山があって、幕末の安政4(1857)年に鎖が架けられているんです。
それを使ってよじ登ると、山頂に『湖州鏡』という中国の鏡が1面、落ちていました」。
山好きの考古学研究者が集い、1991年から活動を続けている「奈良山岳遺跡研究会」。
会長を務める奈良市埋蔵文化財調査センター所長の森下恵介さん(55)が語るのは、
会の発足当初に訪ねた大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)の様子だ。
 大峯奥駈道は吉野山(吉野町)と紀州熊野を結ぶ約180キロの尾根道。
04年に世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」に含まれるこの道には、
神仏が宿るとされている「靡(なびき)」と呼ばれる行所が点在している。
大日岳はこの「大峯七十五靡」の三十五番。
ここに11〜12世紀ごろに中国で作られた鏡が運ばれていたことが分かった。
森下さんは「こんな遺物が険しい山のてっぺんで見つかったので、俄然(がぜん)、活気が出てきました」と振り返る。
 「山と人とのかかわりを考古学的に明らかにしよう」と、全国から研究者が集まって
「山の考古学研究会」が結成されたのは87年。
奈良山岳遺跡研究会はその中核的な組織で、関西を中心にしたメンバーが集まり、
吉野・大峯、葛城地域を主な対象にしている。この研究会が初めて本格的な調査に取り組んだのが、
上北山村にある第六十二番靡、笙ノ窟(しょうのいわや)。
標高1450メートルにある自然の洞窟で、平安時代以降、名の知れた名僧が訪れ、文献にその名を残している。
 「91年に笙ノ窟の測量をしたんです。その時、この窟に祀(まつ)っていた仏像の研究を続けてきた村の教育長の
富山尚一先生が『発掘調査してくれませんか』と言いに来られた。
私たちは『発掘調査は大変でっせ』と答えたんですが、地元で財団法人を作って山林管理をされている
『天ケ瀬組』の皆さんから費用も含めて協力すると言っていただいたこともあり、調査することになりました」

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大日岳に近づいて上を見上げるとその威圧感に登るのが怖い。山頂にもスゴイものが設置されている。

20120508-1.jpg
鎖は頑丈で銅製である。よく見ると人の名前が彫られていた。歴史を感じた瞬間である。

20120508-2.jpg
稲村ヶ岳の山中にはこんな剣が隠されていた。

Check [ 2012/05/08 21:25 ] 大峰山系 | TB(0) |   コメント(8)

金剛山頂の気温

金剛山頂ライブカメラ

 
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